■48■
「出張散髪をお願いしてもいいでしょうか~?」
電話の向こうの若い女性看護師の声に思わず顔がほころびます。
お店の近くに大きな病院があり、ときどき出張理容に行きました。
「電話を受けた人が行く」きまりになっていて、
紙袋に散髪道具を入れて出発します。
「大阪〇生病院」は7階建の大きな病院でした。
3階から上にはたくさんの入院患者がいました。
半日かけて病院中を廻ります。
「3階」は整形外科のお客さんでした。
整形外科は「骨折」などしばらくの安静が必要な人達が退屈していて、
「待ってました」と言わんばかりに喋ります。
散髪は「処置室」と呼ばれる物置のようなところでやりました。
精神的には元気な人達で、散髪中も多くの笑いに包まれます。
「4階」は皮膚科のお客さんでした。
アトピーの重症患者の個室の前で、
看護師が専用エプロン・手袋・マスクと重装備で病室に入ります。
看護師「どうぞ」
上田「え?僕に手袋とかは無いんですか?」
看護師「素手で大丈夫ですよ」
上田「・・・」(じゃあお前は何や)
部屋に入るといきなり強い刺激臭に襲われ、体中がチクチクと反応しました。
患者さんは髪の毛も薬でネチョネチョとしていて、クシが全く通りません。
髪があると薬が塗れないそうで、仕方なく指で挟んで切る作業で出来るだけ頑張りました。
「5階」は婦人科のオバサンがお客さんでした。
オバ「ん~~ブルーアイ」
「あなた神経質ね」
上田「・・・」(ただの寝不足や)
オバ「ん~~ウェーブヘアー」
「あなたひとクセあるわね」
上田「・・・」(ただの天パーや)
「6階」は内科のお客さんでした。
前回来た時に糖尿の壊疽により片足を切断されたオジサンは、
既にもう片方を切断され、車椅子に乗っていました。
リュウマチがひどく、手がグニャグニャに曲がったお婆さんは、
自分で顔も洗うことができません。
ガン宣告されたオジサンは終始うつむき加減です。
「寝たきり」になったおじいさんは、
ベッドに乗り、上にまたがって散髪しました。
どの患者さんも長い入院生活の中、「散髪」は気休めになるようで、
「また来てよ」と寂しそうにいいました。
「7階」は特別病棟の個室でした。
会社の社長さん、ヤクザの組長、どこかの令嬢、
広~い部屋はワンルームマンションのようです。
若い綺麗な女性がお客さんでした。
長い黒髪をバッサリと肩くらいに切るのだそうです。
パジャマ姿の若い女性と2人きりの個室・・・、
イカン、イカン、雑念を消さねば・・
上田「では切りますね」
女性「お願いします」
「もう長い髪に飽き飽きしてたんです」
「思い切ってバッサリやっちゃってください!」
上田「僕は床屋ですけど、一気に30cmも切るのは初めてです」
女性「ふふふ、いいのよ、やっちゃって~」
順序通りの作業をたんたんと進めていました。
しだいに綺麗な女性は無口になり、背中を丸め、揺れはじめました。
女性「帰って・・」
上田「え?まだ途中ですけど・・」
女性「いいから帰って・・」
上田「・・・」(どうしたものか)
女性「早く帰りなさい!あなたの顔なんかもう二度と見たく無いわ!!」
立ち上がり、鬼の形相になりました。
道具を素早く紙袋に入れながらベッドのプレートに目をやりました。
「精神科」
お金ももらわず立ち去りました。(後日もらいました)
「大阪〇生病院」にはその後も何回も行きました。
「病院」というところは「いろんな病」の人達がいるのは当然で、
とてもいい経験・勉強になりました。
『理容ラッキー』での修行は、当初の予定の2年を過ぎようとしていました。
年の暮れ、
店のテレビの夕方のニュースで学校同期の『恐竜辻神』が逮捕されたのを知りました。
容疑は「売春斡旋」でした。
たいして驚きもしませんでした。
「理容ラッシー」での最後の冬を迎えていました。
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