■29■
歴代のなかでも優秀だった理容科の生徒達。
卒業間近には全員の就職先が決まりました。
本来は僕もこの生徒達と共に再び羽ばたこうと思っていましたが、
インターン日数の関係で5月まで学校に居なければなりませんでした。
・・まさかこれが悪夢の始まりとは・・・
卒業生が例年より多かった為、「いい募集」は4月に出払ってしまいました。
堺東の『カットハウス〇座』に面接に行きました。
小さいけれどきれいなお店でした。
でも、何か心の中で釈然としないものがありました。
「今度の就職は納得できるものでないと、全部無駄にしてしまう」
・・・3日間考えた上で丁寧にお断りしました。
瀬戸大橋が開通しました。
宇高連絡船のうどんはもう食べられなくなりました。
5月になり、
ある月曜日に同期の「和歌山の水落君」が訪れました。
柳沢シンゴ似に変わりありませんでした。
就職先の和歌山のお店でかなりしんどい思いをしているらしく、
「辞めたい」という相談でした。
みんな就職してちょうど1年が過ぎた頃が一番辛いらしくて、
次々に同期の連中が愚痴をこぼしに来たり、新しいお店を紹介してもらいに来たりしました。
そんな中、
女の子の「ぷっつん富長」は皆と違った理由でお店を辞めていました。
「手荒れ」がひどかったのです。
「手荒れがひどく美容師を辞める」とはよく聞くフレーズですが、
富長の手の皮はボロボロにはがれて、パンパンに膨れ上がり
ドクターストップがかかるほどのかわいそうな手でした。
富長はカバンから大事そうに『鋏』を取り出し、
「私もう理容師せえへんから上田君これ使って・・」と言いました。
勿論そんな大事な物は貰うわけにいかず、
一度は断りましたが、富長の『無念な思い』と一緒に受け取ることにしました。
富長「ええ鋏やで~、大事に使ってよ」
まだ修行に入ってない僕にはその鋏は重たくて立派なものでした。
5月の終わり、
僕は長澤先生・古野先生に、僕の助教師の後釜に「和歌山の水落君」を推薦しました。
水落君も快く了解し、めでたく「水落先生」が誕生しました。
間もなくして僕は関美職員を退職しました。
それからすぐに諏訪ノ森のアパートの契約が切れました。
次のお店が決まるまでは
泉南の親戚、美容師オバサンの所にお世話になることになりました。
引越しは「水落君」と「武田先生」に手伝ってもらいました。
泉南の親戚は、
美容師オバサン、オッチャン、おばあさんの3人暮らしでした。
オバサンは美容師で商店街にお店を出していました。
オッチャンは大阪府警の警察官でした。
夫婦は子供に恵まれなかった為、随分可愛がってくれました。
しかし毎日の様なオッチャンの説教はたまりませんでした。
口癖は「なっとらん!」でした。
オバサンの美容院がある「男里駅」周辺をフラフラしていると、軽自動車から声がしました。
「上田先生ちゃう!?」
竹中先生でした。
(・・そうか、この人も泉南やったか)
ヒマだったんで助手席に乗り込みました。
竹中先生は相変わらずミニスカートを履いていました。
上田「うわーっ、キッツイな~、目の毒や~」
竹中「いきなり失礼やな!ホホホホ!」
「どっか行くケ?」
上田「あんましお金持ってないからな~」
竹中「ウチ来るケ?」
「今日はお祭りやからな、ぎょうさん御馳走あんで~」
「由美も楽しいしナ、ホホホホ!」
上田「ユミいうなよ、遠慮しとくワ、車降ろして!」
監禁状態で15分も車に乗せられ家に連れて行かれました。
竹中「父ちゃん、紹介するワ、上田先生や」
竹中父はスターウォーズに出てくる小さな戦士のようでした。
しかもパンチパーマと太い腕には迫力がありました。
竹中父「由美の彼氏か!?」
上田「いえッ、違います!!」(即答)
竹中父「そうやろうな~、あの子あの顔にあの体やろ?」
「彼氏なんかそうそう出来ひんワ」
上田「・・・」
竹中父「でもな、やさしいんよ、由美は・・」
上田「僕もそう思います」
竹中父「まあ飲め!」
何とコップに「日本酒」が注がれました。
上田「ええーッ!?」
竹中父「今日は祭りやからええやろ、これも食べ!」
大皿で出てきたのは何と「フグの刺身」でした。
上田「ええーッ?」
竹中父「ちょっと待て、時計はずせ!」
「酒飲むときに時計見るんは失礼や!」
「預かるぞ!」
腕時計を人質にとられました。
「お父ちゃん、困ってハルやんか~、もう」
台所から綺麗な女性が入ってきました。
竹中「紹介するワ、妹やねん」
上田「ええーッ!?」(全然ちゃうやん!!)
お祭りだけあって、たくさんの大人が出入りしました。
竹中父は土建屋の社長さんでした。
竹中父「ウィーッ、おい上田!ちょっと来い!!」
大勢の前で紹介されました。
竹中父「由美の彼氏の上田君やー!」
上田「・・・」(コラ!)
竹中が台所で手招きしています。
竹中「ゴメンな上田君、送るワ、車乗り!」
竹中が女神に見えました。
竹中「早う職見つけなアカンで~、由美も応援するワ」
上田「ユミいうな、んん~、何とかせんとな~」
翌日から就職活動に励みました。
吹田千里丘の『サロン・〇キ』に面接に行きました。
・・長島先生に適当に理由をつけて断ってもらいました。
長島先生に
「本来面接というのはお店側がやるもの」
「このまま行かしてどんどん断ってたら学校に募集が来なくなる」と叱られ、
『紹介所』というのを紹介されました。
『難波理美容師紹介所』は難波高島屋裏の家電屋の並びにありました。
「紹介所」というのは、
紹介所から紹介されるさまざまなお店に最高3日以内働いて、
店側と働く側が双方納得した上で契約されるという
『理想の店探し』をしている僕には願ってもないシステムでした。
しかも働いたお店からは日当が出ました。
石田というメガネの初老がこちらのある程度の要望を聞いた上で、
「これ行っといでェ」と地図が書かれた紙を渡してきます。
茨木『理容〇の』、高槻『理容〇ち』、
千林『理容〇ら』、吹田『カットスタジオ〇』、
忠岡『理容〇ダ』、
と毎日のように廻りました。
石田のオッサンに
「あんたイイカゲンにしなはれや」とよく言われました。
『梅田紹介所』にも行きました。
西岡というオッサンはエラそうでとても感じが悪かったです。
長島先生から電話があり、
「堺東の理容〇み行くか?」と言われました。
『理容〇み』は
これまでのところとは違い、喫茶店での面接でした。
名刺には「代表」などと書かれていて、高級そうなスーツを着た人と面談しました。
『紹介所面接』に慣れてしまっていた僕はアッサリと断りの畝を申し出ました。
・・・大失敗でした。
『代表大激怒!』
すぐに学校に電話があり、
「オタクの方から面接に来といて断るとはどういうことだ!」
「こっちは忙しい時間を割いて会ってるのに!ひやかしか?!」
「・・・今後オタクとのお付き合いは一切しません!」
学校に大変な迷惑をかけ、親戚の家ではタダ飯食い・・
なんだかとても落ち込んできました・・
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