■30■
なんだか落ち込んできた僕は、友人『えひめ福嶋』の所に向かいました。
福嶋の仕事が終わるのを待って、一晩泊めてもらうことにしました。
「牛丼でも食いに行くか!?奢ったるワ!」
仕事を終えた「福嶋」が少し疲れた顔でいいました。
近くの吉野家に入りました。
福嶋「え~~っと、特盛りと大盛りをちょうだい!」
カウンターでお茶をすすりました。
店員「ハイお待ちぃー、特盛りに大盛り・・」
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
福嶋「・・お前ェ、何にも食わんのか?」
上田「ええーッ!?それ1個オレのじゃないんか!?」
「お前・・2個も食うんか!?」
「あ、え~っと、大盛りください!」
大食漢の福嶋は徐々に太りはじめていました。
福嶋「オレのアパートは凄ぇぞ、驚くなよ」
「あそこや!」
福嶋が指差したのは中津のオンボロアパートの3階でした。
玄関は下駄箱の多さに比べ、靴はほんの少ししかありませんでした。
とりあえず靴を脱いでいると、
その横を福嶋は土足で上がりました・・
上田「オイッ!」
福嶋「アホゥ、ここは脱がんでええんや」
先に「ダンダン」と靴音をたてて室内の階段を上っていきます。
(なるほど、玄関に靴が少ないハズや・・)
僕も少しイケない気持ちで「ダンダン」と続きました。
3階に着く頃には早くも土足の罪悪感は消えていました。
廊下の突き当たりが福嶋の部屋でした。
ドアを開けてビックリ、
4畳半の部屋は足の踏み場もなく散らかっていました。
上田「きったないな~」
部屋に入ろうとすると止められました。
福嶋「アホゥ、靴脱がんかい!」
どうみても部屋の中の方が汚かったのだが、仕方なく靴を脱いで入りました。
上田「これは人間の住むところじゃないぞ~」
福嶋「まあその辺に適当に座れや」
正直何処にも座れそうなところもなく、一番被害の少なそうなところに腰を下ろしました。
「バリバリバリ」
上田「おい、何か潰れたぞ、ええんか?」
福嶋「お前ェ、何てことするんや!ラーメン粉々やないか!」
上田「スマン、スマン、ゴミ箱何処や?」
福嶋が指差したのはゴミ箱ではなく、ゴミが満タンに入ったゴミ袋でした。
青い半透明のゴミ袋には丸められたティッシュが大量に入っていて、
異様な「男の臭い」を放っていました。
上田「・・・お前な・・」
福嶋「長ェ~こと風邪引ぃとってのう・・」
近くにあったエロ本を開くと、ページをめくる度にバリバリと音を立てました。
しばらくすると福嶋の友達がやってきました。
「まいどぉ~~!!」
福嶋「おう!健ちゃん!」
『健ちゃん』は同じ年の山口県出身のかけだしの漫才師でした。
『ショウショウ』という名前の二人組、羽田昇二・昇平の『羽田昇平』のほうでした。
「健ちゃん」はきちんとドア付近で靴を脱いで部屋に入りました。
漫才修行中の健ちゃんはまだまだ売れないらしく、
「家賃なんかかなり滞納してるでェ~」と言いながら僕のタバコを当たり前のようにふかしました。
また、
「健ちゃん」はいかにも『ヨシモトの芸人』らしく何処でも脱いでチンチンを出します。
その出したチンチンを懐中電灯でチカチカ照らすのは僕の役目でした。
「健ちゃん」は練習中のモノマネを一生懸命披露するのですが、
たいして似てないものが多く、笑えるのは「一休さん」に出てくる「シン衛門さん」だけでした。
福嶋「バッティングセンターでもいくか?」
3人で近所にあるバッティングセンターに行きました。
元男子ソフトボール部の僕はいいところを見せようと頑張りましたが、
速球を「カンカン」と弾き返したのは「健ちゃん」でした。
「健ちゃん」は南陽工業出身で、以前に野球の経験もあるようでした。
健「もう疲れたから帰るワ!」
「一休さああああんっ!!」
若手芸人らしく仮想の馬の手綱をひきながら帰っていきました。
福嶋「何か物足りんのう」
「上田!気晴らしに俺の【必殺の車】で攻めに行くか?」
上田「バイクじゃなくて車!?買うたんか?」
福嶋「15万や、必殺やぞ!待っとけや」
アパートの前で待っていると、『必殺の車』に乗って福嶋がやって来ました。
中古の軽自動車、「スズキ・セルボ」でした。
その車はいかにも必殺らしく
「ナイトライダー」と呼ばれる電飾が車の側面に付いていて、
ブレーキを踏む度に「ピカピカッ、ピカピカッ」と光ります。
上田「・・・、ホンマにコレに乗らんといかんのか?」
仕方なく助手席のドアを開けて乗り込みました。
車高も随分落としているらしく、予想以上に腰が低く落ちました。
福嶋「アホゥ、靴脱がんかい!」
上田「ウソやろ!?土禁!?地面のほうがきれいやぞ!」
車内は下世話なコロンの臭いが充満していました。
上田「ちょっと窓開けるぞ!」
福嶋「アカン!エアコンつけるから閉めろ」
仕方なく小さなハンドルをグルグル回して窓を閉めました。
福嶋「・・・・んんッ」
「プ~~~ッ、プスプス~」
上田「お前な・・、ウワッ!くっさー!何食っとんねん日頃」
急いでグルグル回して窓を開けました。
福嶋「ハハハ!ようし行くぞー!」
アクセルを踏むと「バリバリバリ」と異様な爆音がしました。
行き先は生駒ドライブウェイでした。
生駒山は深夜にもかかわらず、「走り屋」と呼ばれる連中が運転技術を競っていました。
特にヘアピンカーブは腕の見せ所らしく、物凄いタイヤ音を残して曲がっていきます。
それを見たり応援している「期待族」と呼ばれる連中もたくさんいて、
車が通過するたびにワーワーギャーギャーと騒ぐのでした。
福嶋「よしいくぞ!!」
福嶋の声と同時ぐらいに後ろから白いフェアレディZに物凄いスピードで抜かれ、
物凄くカッコよくカーブを切って去っていきました。
ギャラリーも大変興奮していました。
運悪く、その後に続く僕らの『必殺の車』は、
「ぼぼぼぼぼ、ばりばりばり」と音だけは頑張るのですが、
超低速でカーブを切り、なおかつ福嶋が何度もブレーキを踏んだ為、
魔の「ナイトライダー」がひっきりなしに「チカチカ」してしまいました。
振り返り「期待族」の反応を見ましたが、案の定ゲラゲラ笑われてしまいました。
生駒山を下りきった所で夜中のラーメンを食べました。
何だかとてもすっきりして「明日から頑張ろう」と思いました。
帰りの車に乗り込む時はちゃんと靴を脱ぎました。
小雨が降ってきました。
福嶋が突然ブレーキを踏みました。
ナイトライダーがチカチカしました。
その先にはエロ本の自販機がありました。
福嶋「買うか?」
上田「買おか・・」
先に車を出ました。
福嶋「ああっ!」
「靴がねえ!(無い)」
自分で「土禁」にしているくせに忘れるとは・・
おそらくラーメン屋の駐車場に一足だけポツンとあるのでしょう。
上田「どうする、生駒まで取りに帰るか?」
福嶋「わざわざ取りに帰って無かったら嫌やしのぉ、もうええワ」
「あ~~しもぅたのぉ、あの靴『いぶさんろーらん』やぞぉ!」
「そーとー悔しいワ」
福嶋「おい上田、片方だけ靴貸せ・・」
上田「は?・・・お前まさか・・」
小雨の降る中、
僕らはそれぞれ片方だけ靴を履き、肩を組んでケンケンでエロ本を買ったのでした。
アパートに着いた福嶋は、さっそく玄関に置かれた少ない靴の中から一つ盗みました。
福嶋「盗む?失礼な、借りるんや!」
汚い部屋に帰りエロ本を読んでいましたが、さすがに眠くなってきました。
上田「もう見たからこれお前にやるワ」
福嶋「ホンマにエエんか?・・おまえ・・すげえな!」
福嶋は目を輝かし、大袈裟に喜びました。
上田「それよりオレもう寝るワ」
「シャツ濡れたから何か着替え無いか?」
福嶋「オシャレやのう、ちょっと待てよ・・」
押入れの中の3段ケースを開けてシャツの臭いを嗅ぎはじめました。
福嶋「これアカン」(ポイッ)
「これもアカン」(ポイッ)
上田「あ~~、もうええワ福嶋、このまま寝るワ」
福嶋「あった!あった上田!あったぞ!」
「これぜってェ(絶対)キレイや!・・ホンマぜってェやて!」
仕方なくそれを着ました。
ゴミを除けてスペースを作り、バタンと横になりました。
少しモヤモヤが吹っ切れた感じがしました。
「よし、明日学校へ行って就職決めるぞ!」
「・・・ありがとうな福嶋」と思いながら寝ました。
朝になり、流し台で顔を洗いました。
上田「タオルくれ!」
福嶋「・・それで拭け!」
福嶋が指差したのはタオルではなく
『カーテン』でした・・・
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