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けっしてあきらめない

昨日参加した肝臓病フォーラム、テーマは「肝移植からみた肝臓病」。

移植の担当医であるH大病院のF医師の講演がメインだったので、夫婦
二人で参加してきた。

いつもF先生に言われている事もあれば、初めて耳にする話しもあり、
興味深く聞かせて頂いた。


慢性肝炎から肝がんへの移行や、インターフェロン療法の効果やその副
作用による大変さなどが、専門医師の説明や患者さんの体験談として伝
えられた。

その中でF先生は、肝ガン・肝不全等の最新治療として「移植」の選択
肢がある事と、それがまだ患者のみならず、医師達にも周知されていな
い事、そして広くその移植医療を広める為、講演活動を行っている事な
どを話して下さった。


そこで改めて知らされた、というか気付かされたのが、肝臓病で亡くな
る方で、移植をすれば助かった可能性がある人がたくさんいる事。

それは、逆に言えば移植によって助けられた自分が本当に運が良かった
という事。


H大での移植までの道のりを考えてみても、どこかでほんの少し違う方
向に向かっていたなら、今の自分は無いと思う。

実際、H大病院で移植当時のコーディネーターさんに言われたのは

「ドナーが見つかって、ドナーを引き受けてくれて、移植ができるって
いう事だけで幸せな事なのよ」



移植医療の現場では今では「移植」はおそらく当たり前の医療、でも
一患者とすれば、日本ではまだ「移植」なんて別世界のお話し。

この両者の意識が少しずつ埋まっていけば、更に移植医療が発展し、
「助からない命」が「救われる命」に変わっていくのだろう。




生体移植、脳死移植共に、その倫理観が各所で語られている。

生体移植は、ドナーの健康体にメスを入れるという、決定的な事実があ
る。

この事は今も今後も自分自身、ずっと気持ちの中から消えることはない。


片や脳死移植は、すなわち人の死を待つという事。

昨日の講演でもF先生は、募金による海外渡航移植に触れ、これがすな
わち外国人一人の死を意味するということで、美談として語られるのは
どうか、と言われていた。


賛否両論、色んな意見が渦巻くのが「移植医療」の宿命でもある。



こんな状況下で一つだけ言えるのは、自分もそうだったが、患者は誰で
も助かりたいと思うこと。

その為に辛い検査を受け、痛みに耐え手術をする。

そこにあるのは昨日の講演のテーマでもあり、実体験でも語られていた、

「けっしてあきらめない」

ということ。


ずっと病気と闘って、既に充分「頑張って」いる患者にとって大切なの
はやはり、

「頑張らずあきらめない」

ということだと思う。
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