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+ 筑後川・・・ ある企業家の試練と成功  ライフサイエンスの発展と倫理  人間機械論の倫理問題

2016年04月21日 17時20分23秒 | ◆ 日本国独立運動

   


 筑後川  春の嵐も  押し流し 

   梅士 Baishi

 

  

 

 

 

 昨日は久しぶりに久留米を訪れた。

 10年もの長いトンネルに入って苦しんできた企業が、

今ようやく報いられようとしていた。

 徘徊する痴呆性老人を見守る動画とメール自動配信

システムを完成し、介護福祉商品の認定を受けて、多く

の引き合いが来ている。

 その間の苦労は、報いられない屈辱的な徒労の10年

だった。


 経営者というのはすごいと思う。

 子供のころから弁当もまともに持ってこられない貧乏

母子家庭の子として、教員から屈辱的な差別と暴力を

受けてきたという。

 木刀で殴られて血だらけで帰宅したこともあるという。


 学校にもゆけず、「私は学がないから」というのが口癖

だが、情報通であり、脳ある鷹は爪を隠すというタイプで

ある。

 神国日本への誇りをもって事業家にチャレンジし、

アメリカで会社を起こして一定の成功を見ている。


 ところが、ITベンチャーに手を出してからの試練は、

それまでの資金を吐き出させ、大借金を抱えながらの

辛抱の日々が続いていたのだった。

 だからこそ、貧乏な子供や教育を受けられない子供

を支援したという気持ちが強い。

 成功したら、損得抜きの教育事業に専念して余生を

楽しみたいという。

 

 JR久留米から1万8千発の花火で有名な筑後川花

火大会の拠点の一つ、水天宮を通って、筑後川沿い

に渡って行った。

 所要時間は徒歩50分ほど。

 春の筑後川、およそ6km位をジョグウォークで尋

たのだった。


 浜大根の薄紫の花の群生が美しかった。

 さびれた商店街より、よほど活気があった。

 さて、自分も自分の足で人生最後のベンチャーに

挑みたいものだ。

 もう一度練り直しである。




 

 ライフサイエンスの発展と倫理と言う問題は、今まさ

に神の逆鱗に触れようとしている。

 もちろん、官庁も医学のお偉方も、人権の観点から

そのガイドラインを引いてはいるのだが、その倫理観

自体が倫理に反しているから始末が悪いのである。

 そもそも、個人の尊厳なり人権なりの倫理的意味な

りが分かっていないのだから。


 生命科学の倫理問題は、STAP細胞研究の小保方

晴子潰しそのものにも表れているが、現実には、小保

方晴子の倫理問題だと取り違えられているのを見ても、

生命科学そのものの倫理性が問われているのである。


 ヒトゲノムの塩基配列研究が始まったころは、到底

解析は無理だと思われるほど複雑で膨大な生命情報

だったのだが、人工知能の発達のおかげで、いつの間

にか解析が終わっている。

 その成果は、ついに人類の知性が神の領域に到達

し、神の存在に振り回されなくてもよいのだと言わんば

かりの傲慢に至ったのだといえる。





 しかし、人は生命創造をしたことはなく、その起源に

ついての科学的見解は、偶然に生命が誕生したという

結論なのである。

 偶然で説明がつくのなら、科学はいらない。

 そのこと自体がそもそも生命科学の倫理に反して

いるのである。


 神の創造した生命のほんの一部の仕掛けに過ぎな

い遺伝子解読ができたからと言って、その組み換えや、

生命のコピー実験などをするということは、いわば、偽

造変造にほかならない。

 神の意思を忖度することなくして許されるべきことで

はないのである。


 文科省などの官僚が考えている倫理とは、神の手

つ医師や研究者のルールとして、個人情報を漏らし

てはいけないとか、差別の原因を作ってはいけないと

か、命をおもちゃのようにもて遊ぶ実験や、ましてチャイ

ナで行われているような人体実験などもってのほかだ

というレベルであろう。





 しかし、なぜ、もっての他なのかということについて

の倫理的根拠については説明できないであろう。

 現代医学が暗黙の前提としている「人間機械論」自

体が、生命の尊厳を見失ているからである。

 遺伝子も、0.1%の神のノウハウというべき逆鱗に

触れたとき、恐るべきことが起こるであろう。


 神の創造を畏れ、神の許しを希って遺伝子を扱わ

せていただくという謙虚と畏敬の念こそは、生命科学

の倫理と言うべきである。

 ライフサイエンスの可能性は、信仰の世界にこそ、

その本拠があることを忘れてはならない。


 因みに、グレイなどで知られるサイボーグの製造も

生命科学の成果であるが、工場生産であって、生命の

創造は魂の招来と言う別の工程がある。

 また、人間をアブダクションして遺伝子を取り出し、

コピー人間を作るということをしている宇宙人がいるが、

人類に対する差別であり、神の倫理に反する行為で

ある。

 その反作用は受けることになるであろう。

 

 宇宙人もまた、ライフサイエンスの倫理を地球で学

ぶべく、遊学に来ているのではないのか。

 人間の向上心は神の領域を目指すものではあるが、

そこに未熟者の謙虚を忘れてはならない。

 神に近づけば近づくほど、その信仰心が問われる

というのが修行なのである。


 医者を志す者は、幸福の科学に学ぶべきであろう。

 道を踏み外した医師の罪は、恐るべきものである。

 医師の落ちる地獄の恐ろしさは、殺人者の地獄の

方がまだ楽だろうと思う。

 恐るべし。


 

日本独立宣言・神聖九州やまとの国

  幸福実現党応援隊・中村梅士党  

          

 

 

  

  

 

 

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