蝉しぐれ 残暑厳しき 夢の後
中村 梅士 Baishi
南方の二連台風の影響で博多は今日も猛暑らしい。
寝苦しい夜の気温は31℃、しかし、炎熱地獄に堕ち
ていたわけでもなかった。
蝉しぐれは絶えたが、殿の蝉が旧暦の盆まではと、こ
だまのように鳴いている。
真夏以上に厳しい残暑だが、大勢は三途の川を越えて
往ったのだ。
さて、ほっとするのは、ひとときのことでよい。
長くほ~っとしていると、歳を取る。
ほ~っとロコモティブではため息になる。
今日も氷を抱いて、読書と思索に集中したい。
新たな創造への仕込みである。
幸福実現党の江夏氏が「外国人参政権問題」に関連し
て言うように、今の日本の統治には求心力がない。
ここに求心力とは、国家としての大義である。
日本国家として存続すべき、誇りある存在理由がない。
国民の自己保身を人権として守りますというのか、公
務員の既得特権を守りますというのだろう。
国民にとって、それは利権であって誇りではない。
官庁人事は、退官後の天下り確保のために税金を使い、
企業に顎をしゃくって御殿を作る。
年金御殿、福祉御殿、協会御殿・・・。
そりゃあ、在日朝鮮人たちが公務員になりたがるはず
である。
左翼政治家の大半は在日ではないのか。
しかし、公務員は権力者である。
外国人に公務員資格はない。
もし、これに違反していたら大問題である。
当然、参政権もない。
国家に忠誠を誓ってこその政治参加である。
在日朝鮮人が帰化しないなら、半島に帰還するよう、
整理すべきではないのか。
なにしろ、朝鮮は反日の敵国なのだから。
国家国民を侮辱する外国人を永住させること自体許さ
れないことである。
ましてや、「敵国人参政権」などもってのほかである。
しかし、求心力のない国家が敵国人に侵食されるのは
当然のことであろう。
自己保身利権はあっても、誇りなく、実体なき国家な
のだから。
その結果としての不都合を並べても枝葉末節になって
しまう。
求心力がないのは幸福実現党も同じなのだ。
北朝鮮の核ミサイル脅威があったからこそ、独自性を
出してきたが、それが遠のくとどうなのか。
些末な政策論争に首を突っ込んでもなんのインパクト
も感じられない。
せいぜい、硬派の週刊誌というところだろう。
何のために幸福実現党はあるのか。
江夏氏はどう答えるのだろうか。
政党の一角を照らす存在とでもいうのだろうか。
釈党首はどうなのか。
安倍政府にアドバイスするための政党というなら、傀
儡である。
核武装をすべきだと言っても、誰がするの話なのか。
政治学では、政権を目指さなければ政党ではない。
その要件を満たすほどの気概が感じられないのはなぜ
なのか。
教団追放の覚悟で正義を貫いてはいかがか。
エル・カンターレの逆鱗に触れることはあるまい。
むしろ、飛び越えて見ろと申されているのではないの
か。
「板垣死すとも自由は死せず」である。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party