眠り猫 落ち葉の舞うも 取り合わず
中村 梅士 Baishi
猫は動く物を見ると追いかけて遊ぶものだが、公園の猫は
落ち葉が目の前に舞っていても取り合おうとはしない。
人が遊んでくれるからじゃれるのだろう。
野良猫は可哀そうだと思う。
猫は寒がりだから、これからの冬の季節は大変だ。
公園の猫は猫好きに可愛がられて餌をもらっている。
病気をすると、動物病院に連れて行ってくれる人までいる
らしい。
家で飼えない事情があるのだろう。
近所の猫と目が合ったが、間合いをとりながらすれ違った。
さわらぬ猫に祟りなしである。
今日は通勤の上下線ともジョギングでつないだ。
寒くなると、走るのが楽になる。
通勤帰り、山川みかんを買った。
ミカンを買っても食べるのが面倒で売れ残るのだが、さす
がに山川ミカンはおいしくて、三個も食べてしまった。
さて、明日は撮影を兼ねて、秋山に入ろうと思う。
まだ少し、紅葉が残っているかもしれない。
12月08日Tue.は『エル・カンターレ聖夜祭』である。
もう、10年以上参加していない。
演題は、ウィズ・セイビアということらしい。
救世主と共にという意味である。
信仰者にとっては、当然のことであろう。
最近、信者を含めて、アメリカ大統領選の動向にやきもき
して、救世主への信仰が薄らいでいるということなのだろう
か。
しかし、トランプ大統領は勝利しなければならない。
これは、人類の責任であり、けじめだからである。
そのことと、ウィズ・セイビアの信仰とは矛盾しない。
もちろん、トランプ大統領が勝利したとしても、安泰では
ない。
クーデターが起こったのだからである。
これによる内乱状態や軍事紛争は、宇宙の悪魔アーリマン
の思うつぼだというが、不正をのさばらせて良いということ
にはならない。
救世主と共に戦う。
それが、トランプ革命であり、香港民主化の戦いであり、
中共壊滅への戦いである。
悪魔が好むのは憎悪であって、正義ではない。
正義のために信仰心をもって戦うことは、そこで血が流れ
たとしても、悪魔の喜ぶことではあるまい。
今年は、いずれかの精舎でエル・カンターレ聖夜祭を拝聴
したいと思う。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party