龍の尾亭<survivalではなくlive>版

いわきFCのファンです。
いわきFCの応援とキャンプ、それに読書の日々をメモしています。

コペンがやってきた(5)

2025年01月26日 00時58分23秒 | クルマ

年末、コロナを罹患してしまい、せっかくクルマが来たのに乗れないまま新年を迎えた。
ようやくクルマを動かせるようになったが、急の寒波で日本中雪が降った。
さいわい太平洋側はさほどの雪ではなかったら、気温はさすがに低くなる。

気温は低くても晴れていれば、冬こそオープン日和。
さっそく入手したコペンを走らせようとしたが…………。

屋根が開かない!

何度か開閉ボタンを連打すると、しぶい動きながらなんとか開いてくれた。
しかし、今度閉めようとすると、今度は屋根の部分が全く上に動いてくれないのである。

既視感(デジャヴ)!

そういえば、かつて所有していたNCロードスターのRHT(リトラクタブルハードトップ)の時の不具合と同様の動きなのだ。

オープンカーの電動ハードトップは、宿命的に複雑な機構にならざるをえない。アクチュエーターというか、モーター、油圧機構を用いてトランク・後部窓・屋根の大きな3つのパネルを大きく動かす必要があるため、10年以上たてば不具合が出ても全くおかしくない。
事実2台所持して2台とも、ですから(苦笑)。

ちょっと学習すべきですねえ。
ちなみに、この電動ハードトップはダイハツもマツダも、20年ほどまえのドイツの会社の技術を導入して実現していたはず(そしてコペンの方が導入は早かったですね)。

まあ、起こるべくして起こるトラブル、といったところでしょうか。

こうなって改めてネット検索をしてみると、屋根が動かなくなるトラブルは結構あるようです。

購入した工場の人も、そういえば
「ここは根本的に直すのはちょっと難しいかも」
と呟いていた記憶。
油圧系を観てみますけど……
こりゃやばいことになってきた(笑)。

ただ、現状、電動では動かないが手を添えて押してあげるとなんとか動くので、完全に開閉不能というわけではない。

根本的に直そうとすると機構全体をアッセンブリ交換で約40万!

手を添える介護付きならとりあえずはゼロ円である。

しばらくは様子を見ながら乗ることになりそうだ。
でも、毎日走るときには屋根を開けて走っています。
家の駐車場なら屋根を閉めるのもそんなに困ることはありませんしね。



コペンがやってきた(4)

2025年01月08日 21時45分56秒 | クルマ

コペンが来た4

契約が済めば早く乗りたいのが心情。年末納車が可能ということになり、28日に土浦へ。

 

遠いところでクルマを買うと、受取の移動が大変なのは、頭では分かっていたが、実際面倒。気がつくと常磐線は仙台→品川直通の電車は少なく、しかも水戸以降は首都圏まで停車しない。逆に上野→高萩の特急はふんだんに走っている。

水戸からが関東、あるいは高萩までが関東ということなのだろうが、東北地方に住む者にとってはいささか残念な現状だ。

まあ、利用者が少ないのだから仕方がない。私もクルマが使えるなら常磐線、あまり乗らないもんなあ。

 

というわけで、その他細かいところを注文して(ターボフィンリビルド品、念のためのラジエーター交換など)約100万円の買い物になった。

 

引き渡しを受けたのはいいが、引っ越しトラックを除けばほぼ30年ぶりのMT車。クラッチの繋ぎ方をすっかり忘れている。半クラッチというものがあることさえ忘れてエンストの嵐。
なれないと交差点一時停止が恐怖になるという免許取り立ての頃を思い出した(笑)。

 

だが、高速の合流は軽量ターボでエンジンの吹け上がりもよく、極めてスムーズ。
60km~80km前後の加速も十分すぎる機敏さだ。

 

こりゃいい買い物だと思っていたら、高速走行中にサイドブレーキランプ警告灯が点灯。段差ギャップごとに明滅する。

無論サイドブレーキは落としてあるので、第一トラブル発生。

お店のお兄ちゃんに問い合わせたら、スイッチの接触でしょうという。
暇なときに乗ってきて、それまではオッケーというのでとりあえず自宅まで。確かに、センターコンソールの開口部を開けて配線を棒でつつくと警告灯が点滅。しかるべきときに直してもらおうと思う。とにかくめっちゃかわいい。


コペンがやってきた(その3)

2025年01月07日 21時15分20秒 | クルマ

土浦まで1.5h。

たどり着くと工場前の空き地に黄色のコペンがチョコンと座っていた。

説明も聞かないうちに「これだ」と思った。

12年前から20年前の低年式のクルマである。

どんな地雷が潜んでいるかもわからないわけだから、それに惚れるなんていうのは沙汰の限りである(笑)。

そんなことは分かっている。そして現行発売中の新型のほうが性能がいいのも分かっている。

でもね、かわいい軽のオープンカーであるコペンが乗りたいのだ。

色は白か赤か黄色、と決めていた。

黄色は免許を取ってから生まれて初めて彼女(なんだかんだ紆余曲折あっても、結局結婚した亡妻でした<笑>)とドライブデートをしたときの色だ。そのクルマは53年排ガス規制になる前の2代目スターレット1300だった。
軽くてFRで、こういうクルマが欲しいと思った。
しかしもちろん、2020年代になっては、そのクルマを探すのは難しいし、下手をすると相当の覚悟が必要になる。

コペンならまだ部品のリビルド品も期待できるだろう。

半年ほどネットを渉猟している間に、だんだんある程度の覚悟が決まってきていた。

そんなところで出会っのがこのイエローコペンだった。

①塗装はかなり傷んでいたとのことで、それなりの全塗装。

まただめになってきたそのとき考えればよいということで、とりあえずきれいになっているのでok。

②エンジン音はなんかいい感じ。
③内装は換装してくれていてとてもきれい。
④シートのやれもなく、カバーしていたものかと思われる。シフトレバーも交換済みの握りやすいもの。
⑤ハンドルも思ったほどひどくなかった。
⑥せっかくだから5速MTと思っていたのでそれもクリア。
ということで、保証はなし。なにか起こったらそのときに対応、という。まあまあそういう感じだろう。


車検付きで90万円を切るというのは、この塗装つきならリーズナブル。
ただし、そのごどんな地雷が爆発するかは神のみぞ知る、である。

手におえなくなれば手放すしかないが、まあ車検期間2年乗れれば御の字。
唯一気になったのはハードトップ開閉のアクチュエーターの動きが渋いこと。
あとでこれが大きな問題になるのだが、作動していればいい(先のことを心配しすぎていては入手できない。予算との都合もあるしね)ということで即決。車検証が来るのを待つことになった。


コペンがやってきた(2)

2025年01月03日 20時49分43秒 | クルマ

2024年の夏過ぎから、ダイハツの軽オープンカーのコペン初期型(L880K)が欲しいと思うようになった。

しばらく前までNCロードスターVSHRT(AT電動ハードトップ型)に乗っていたのだが、普通車2台持ちはさすがに厳しく、加えて12年15万キロを超えた車体はいろいろと不都合も出てきたため、止むなく手放すことにした。
類は友を呼ぶというか、ありがたい友人が、預かるつもりで乗ってやるよ、と2人ほど手を挙げてくれて、NCロードスターは所有者を転々としながら今も現役で走っている。

私は長距離のいわきFCアウェイ応援をクルマで行っているので、長距離用にディーゼルの燃費&4駆の安心度&車中泊可能のCX-8は手放せない。

諸事情でオープンカーを手放してから1年ちょっと。
でもやはり、オープンエアークルージングの魅力には抗えず、ぼちぼち低年式の初期型コペンをネットで探し、業者の人にもお願いしてオークションを当たってもらっていた。

しかし、かわいい初期型丸目のコペン(L880K)は、年式が一番あたらしくても12年落ち、である。
下回りのサビも、色によっては塗装も問題含み。もちろん内装だってかなりの状態である。
エンジンとシャシーがなんとかなればめっけもん、といった状況らしい。
塗装を全部やり直せばそれなりにかかるし、今日び低年式のクルマを塗装してくれるような業者さんも、見つけるのだって簡単ではないだろう。

値段は超ジャンクなら5,60万からネットには上がっているが、購入してからじっくり面倒をみることは覚悟する必要がありそうだ。
加えて、MTとなると更にお値段もぐっと高くなる。程度の良い百数十万円の初期型を買うなら、よほど高年式の現行型を買った方が、いわゆる乗るクルマとしては賢い選択に違いない。

でも、あの初期型コペンがかわいいのである(笑)。

そうはいっても自分で修理をして楽しむようなガチなくるまマニアとはほどとおく、
①やっぱりオープンカーが乗りたい
②軽自動車なら維持費もかからない
③MT乗れるうちに乗って遊びたい
という程度の安易な気持ちではどの個体を選べば良いのか正直わからないというのが現状だった。

そんなとき、11月末に、茨城県の土浦に、コペン専門に扱っている工場があるという情報をネットから拾い、電話1本かけたところ、一台売れるものがあるという。
色は黄色。MT。年式は2004年。
20年落ちとなれば、購入してからどれだけ面倒をみなければならないのか想像も付かない。もう少し年式が新しいもの、とも思ったが、よく考えると最も新しいものでも2012年式である。
もうこの辺になってくると、個体をみてどんな感じか、惚れるかどうか、しかない。

まずは現物を見て、どんなものがどのぐらいの値段で流通しているのか見てみようと軽い気持ちで現車確認に赴くことにした。



(この項つづく)



コペンがやってきた。

2024年12月29日 19時56分24秒 | クルマ

2024/12/28(土)コペンがやってきた。

ロードスターを手放してからしばらくの間、オープンカーのない生活を続けていた。
妻がいた頃は彼女にロードスターを乗ってもらい、ときどき交換しながらオープンスポーツを味わっていたが、彼女の病気もあってロードスターを手放して軽にすることにした。
手放すときに友人が声をかけてくれて
「奥さんが乗ってたクルマですし好きなんですから預かりますよ。乗りたくなったら言ってください」
持つべきものは友人である。

その彼に三年ほどロードスターの面倒を見てもらっていただろうか。
だが、家族構成が変わって彼も二台持ちは出来ないと言うことになって一度手放したロードスターをまた自分で持つことになった。
なんだかんだいって長い付き合いになったロードスターVSRHT。
このクルマで妻と出雲にもドライブしたし、阿蘇山も走った。お伊勢参りにもいったし、富士山ドライブも。弘前の桜を観にいったのもこのクルマだった。思い出多いクルマである。

まあだが、とはいえ、老後の無職に二台持ちは正直ツラい。

今度はまた別の友人が乗りたいというので
「じゃあ廃車にするか手放すかするときには声をかけてね」
といって乗ってもらうことにした。
二度目のロードスターとの別れだった(笑)

そんなこんなで、ライトウェイトオープンスポーツとの付き合いは終わりかと思われた……のだが、ひょんなことから今回コペンに乗ることになった。
しばらくはそのことを書いておこうと思う。
(この項つづく)

 


2024年いわきFCの応援を終えて

2024年12月29日 19時37分35秒 | いわきFC

いわきFC応援のことを書くのは久しぶりだ。
というか、この1年ほぼブログをお休みしていたようなものだった。
外の活動ができるうちは、正直、家でブログを書く気にならない。
たまた12月中旬からコロナに罹患して「謹慎状態」になったので、少し一年を振り返ってメモ代わりに書いておこうと思う。

J2昇格初年度、22チーム中18位に終わった2023年末は、主力スタメンの半数以上が移籍し、いわきFCファンはてんやわんや状態だった。

本当に大丈夫なのか?わがいわきFC。

だが、DFの照山選手、生駒選手、MFの西川選手、大西選手、五十嵐選手、大迫塁選手といった新たな戦力を迎えて、終わってみればプレーオフ進出を争える終盤戦となり、結果9位と前年比で躍進を遂げた。

もちろん課題もあるのだろうが(終盤勝ち点を取り切れない試合が続いた、ホームで勝ちきれないことが多かったなど)、いわきFCサポーターとしては(予想外にも)充実の1年になった。

ことしの年末は、充実した補強の移籍にも恵まれ、来年がまた楽しみである。去年のような心配とは無縁の穏やかな年末を迎えることができた。

ただ一つ心配があるとすれば、今季まで在籍し、いわきFCのゴールを守り続けてきたGK、田中・立川・鹿野の3選手が一度に抜けてしまうという点だ。
GKは1チームに1ポジションしかないから、経験を積むことも簡単ではない。
新たなGK陣の活躍を期待したい。

それにしても、今年は谷村海那、山下優人、山口大輝というチームと共に成長し、長く支えてくれた核となる中心選手が次々に残留してくれたことがうれしかった。
ワンクラブマンとなって欲しい山下選手。選手のコミュニケーションの中心にあってしかも7ゴールを決めている山口選手。当然幾つもの高額オファーがあったであろうこと想像に難くない19ゴールの谷村選手。
この3人が来季もチームを牽引してくれるとしたら、プレーオフ進出も現実味を帯びてくると思う。

正直びっくりだったのは有馬選手の大分移籍だった。
順位の低い同カテゴリー移籍は、意外に思った人も多かったのではないか。
有馬選手も思うところがあった覚悟の移籍になったのでは、と素人ながら想像する。
大分トリニータ付きの記者もYouTubeで「なぜ大分に?」とつぶやいていた。
もちろん活躍してほしい。そして「うちの有馬選手」を大事にしてね、といってみたい気持ちにもなる。

CBの補強も十分のようだし、有馬のあとのトップを誰が務めるのか?谷村はFWであっても飛び出しからのゴールが主戦場になるとすれば、もう一人の(もしくは二人の)トップの役割を誰が演じるのか?
期待しつつ待ちたいものだ。


牛腸茂雄展を観てきた。

2024年12月16日 15時12分54秒 | 評論

いわき市美術館で開催されていた(現在は終了)

写真家牛腸茂雄展

を観てきた。

写真展なんて、酒田市の土門拳記念館を一度、恵比寿の写真美術館の企画展を一度見たぐらいで、ほぼ経験がない。

絵画ならばどんなにわけの分からないことが描いてあろうが、それはとにかく作者の表現なのだ、という「約束」が予め共有されているから、難解そうたったり、抽象的だったりしても驚きはしない。

 

ちょっと警戒するのはむしろ「あたかも写真であるかのようにいやそれを超えてしまったかのように」描かれているスーパーリアリズムの絵画を観た場合だ(ホキ美術館など)。この人はいったい何をしたいのだ?と危険信号が点滅する。

 

写真はむしろその逆だ。ついつい見たまま、を観てしまった気になる。だって被写体はリアル世界の出来事に決まっているわけだから。

だがむろん、一度でもカメラを購入して写真を撮ろうなどと生意気なことを考えたことがある人なら、その「見たまま」がどんなに困難かをすぐに知らされることになる。

写真を撮っても、見たままになんか撮れないのだ。

 

そしてそこには幾つかの要素がある、と次第に分かってくる。

一つは技術が瞳の見たままに追いつかないという問題。

もう一つは同じことの別の言い方なのかもしれないけれど、写真は別に見た通り撮っているわけではないという側面だ。

どんなフレームでどんな角度でどんな倍率でどんな対象との距離で、どんなエフェクトをかけて撮るのか、は「みたまま」などといった素朴な話を受け付けない。

 

3つ目は、こちらの脳みその問題にもなるのだが、何かを私たちが見つめたとき、その実感、リアリティ、つまりはクオリアとでも言うべきものは、もともと印画紙に定着したり、液晶画面のドットにあらわれているものとは根本的にことなる、、という側面だ。

 

たから写真家は、素人であっても、シャッタースピードを変え、露出を変え!感度を変え、倍率を変え、そのいわゆる見たものの質感クオリアに迫りたいと願うだろう。

 

いわゆる写真をゲージツ的なキャンバスにしようとする「前衛」なら話は簡単だ。

絵画のように扱えばとりあえずはそれで済む。

字ではない書道、見たままではない写真、音階を保たない音楽……。

 

そうではなく、見ているのに観ているママではない写真。そういう領域があるとしたらそれほどーユーことなのか?

 

牛腸茂雄の写真をみていると、そんなことを考えさせられるようになった。

 

写真展覧会体験の乏しい素人の言だから話半分以下に聴いてもらってよいのだが、牛腸茂雄の、写真は何か文学的な音色がするのだ。

 

どういうことか。

 

(この項続く)

 

 


マッカラーズ短編集を読んだ。

2023年10月26日 12時45分51秒 | 本を読む
『マッカラーズ短編集』を読んだ。
カーソン・マッカラーズは20世紀前半のアメリカ南部のジョージア州で、20才代で小説において圧倒的な才能を開花させた女性だった。
書かれたものは、一見すると互いに理解し合えないまま閉じた生を生きるしかない登場人物たちで満ちあふれていて、当時の時代を考えると非常に奇妙な感じの小説だ。
今で言えばそれはqueer(クィア)な、ということになるのだろう。
今回読んでみて、こんな小説を書いてみたい、という欲望が内側からせり上がってくるのを止めることができなかった。
無論、マッカラーズのような小説が書けるはずもない。
言いたいのは、これは「私のものだ」というその感触だ。
自分の中でその奇妙な(queer)感じを抱かせる、孤独で他者とすれ違い閉じていくしかない登場人物たちが、にもかかわらずこちら側に寄り添ってくるようにすら感じられる感触がある。
読書会のメンバーの一人は、これは「境界線上を描いているんだ」と言っていた。
たしかに、「天才少女」などはまちがいなく、少女から大人へと移ろっていかずにはいられないその境界線の上に立つ極めて微妙で不安定な場所、まるで天使が針の上に立ち得るのかどうかを試しているような危うい描写が、短い作品の中に凝縮している。
もちろんその境界線は、先生と生徒だけではない。子どもと大人、アル中の妻と「正常」な夫、男と男、男と女、女と女、主人公の別れた妻が今の夫との間に倦んだ子と今の恋人が以前に生まれた子どもとの関係(短編だが実に面倒くさい)、境界線はこの作品の至る所に引かれている。
その無数の境界線を描く描写は徹底的に繊細で細部に渡っていて、それが世界の今の閉塞性とその先崩壊を予感させる……。
控え目にいっても、めちゃくちゃ惹かれた短編群だった。
巷では、村上春樹が訳した『心は孤独な狩人』と『結婚式のメンバー』が有名なのだろう。
どれであってもよい、21世紀の空気を吸う私たちは、一度マッカラーズの不自由な描写の中に身を浸してみてよいのではないか。
それは境界線を巡る苦悩の描写であると同時に、境界線が崩壊していく予感や事実の描写でもある。
間違っても、ここにあるのは、村上春樹が描くような物語ではない。物語だけ読めば、不可解な話になる。
村上春樹の本当の才能は、カーバーやティム・オブライエン、マッカラーズを目利きした事実と訳業(誤訳はあるにしても)にあんじゃない?という話も読書会のメンバーから出ていた。なるほどね、という感じ。

(かつて村上春樹の「物語」をむさぼるように読んだ80年代の記憶を持つ自分にとっては、その村上春樹以前を発見する「旅」でもあったのかもしれない……が、それはまあどうでもいい話だ)
文句なく、お勧めです(極めて乏しい外国文学体験の中で、の話ですけど)。

いわきFCがんばれ!(3)

2023年10月26日 11時45分14秒 | いわきFC

ここまできたら、せっかくだからなんとしてでも来季J2でいわきFCを応援したいものです。
これはわれわれいわき市民(風呂敷が大きすぎるのは重々承知で)の課題である、と思うんですよねえ。
少なくてもいわきFCファンの使命でもある。

でも、結局のところ、選手にプライドをもって、いわきらしく、頭を垂れずに胸を張って、闘い続けて欲しい。そこに尽きるのかな。
選手が怖れるような期待や叱咤は不要だろう。
彼らが前を向いて試合に臨み、その背中を押せるような応援を、のこり3戦していきたい。


私の推しである嵯峨理久選手(No.8)は怪我で今季は出場がかないませんが、足が治って、来季J2の舞台で嵯峨選手がまた活躍できることを夢見つつ、そのためにも、千葉にいって応援してきます!


いわきFC頑張れ!(2)

2023年10月26日 10時31分32秒 | 本を読む

BEHIND THE SCENES】いわきFC vs 清水エスパルス|明治安田生命J2リーグ第39節

で試合終了後、田村監督が闘いを終えた選手たちに語っていた言葉が印象的だった。
(実際の動画は上記を参照)

「本当にこんだけ来てくれたお客さんがどう思ったか分かんないけど、

(そして)今おれがそういう風に言ってその言葉(みんなの心に)入んないかも知れないけれども(オレは、全然)誇らしく思う。

最後までファイティングポーズを取ってやったということ。それは監督のオレがそういう風に(舵を)切ったから、それをやってくれたということに感謝している。」

この言葉に深く共感した。そして、ファンの中の多くの人はこの監督の言葉と共にあって、応援を続けてきたし、これからも応援をしていくと思う(
少なくても私はそうだ)。

思えば、田村監督は「勝ちいく」「点を取りに行く」と、今節だけでなくずっとそう言い続けてきた。

90分走り続け、諦めない、倒れない。
「魂の息吹くサッカー」

①選手の平均年齢も23才ちょっとの若さにふさわしい言葉だし、

②できたてのいわきという地域に根ざして成長しようとするチームだし、

③私たちいわき市民にとって一緒に成長していく身近な地元のJチームだ。

④加えて、年配の方(パートナーとご一緒だったり)でスタジアムに足を運ぶ方の多くは、子どもや孫のような気持ちで、選手たちの成長を応援しているという雰囲気があるのではないか?友人のサポーターが言っていた。

⑤また、横浜FC主催の親善マッチでは、いつもの応援団がいない代わりに、子どもたちの声のリードでスタジアムが応援チャントを唱和する一幕もあった。キッズたちもその親の世代と一緒にスタジアムに来る習慣ができはじめている。

いわきFCは、本当の意味で私たちいわき市、浜通りのチームになりつつある。

そんな風に感じた。

 


いわきFCがんばれ!

2023年10月26日 08時50分02秒 | いわきFC


(写真は清水戦翌日のサイン会於: ラトブ)

久しぶりにいわきFCのことを書きます。
第11節アウェイ戦で宇都宮にいった記事以来ですから、大分間が空きました。

39節終了の現時点(2023年10月26日現在)で観戦は

ホーム18回、アウェイ12回

まあまあスタジアムでの観戦・応援は続けてきました。

ちなみに現状の成績は11勝11分17敗。

そのうちブログ子が観戦した試合で16敗しています。負け試合のフォロー率高っ(苦笑)!

サッカーの中身については素人なので技術的な話はあまりできず、負けウォッチャーがブログを書くとつい愚痴っぽくなりかねず、むしろ黙って応援に専心すればよいと思いつつ書き込みから遠ざかっていました。


しかし!

このホームの清水戦を終えて、

「ここは黙ってはいられない」

という気持ちに!

ここで声を上げなければいつ声を上げるのか!?

そんな気持ちになったのです。

唯一、清水エスパルスにシーズン2敗を喫し、しかも1ー9、1-7の大差で敗れてしまったわけですから、応援する者としてはここでこそ、応援の声を上げねばなりません。

「いわきFCの選手=若者たちはガッチリいわきFCらしい戦いを続けている」

と。


監督の言うとおり、

「私たちはこの戦いぶりを誇りに思っている」

と。

監督のコメントは以下のyoutubeで閲覧できます。

https://youtu.be/ndxr85y2qW4?si=iL1oPWioZlS-D7UD


シーズンを振り返ってから書くつもりだったことを、これからいくつか書き留めて、最後の応援の力に変えていこうと思います。

よろしかったらしばらくお付き合いください。


第17回エチカ福島「水俣の漁師たちと出会う夜」(2023年11月27日(月)

2023年10月26日 08時34分25秒 | 大震災の中で
今回は、第12回に続いて、水俣の方を招いてお話をいただき、その後参加者との討論をします。
詳細は以下の通りです。
平日、しかも福島市での開催になります。前日にはいわき市で別団体でのイベントも開催されるはず。
よろしかったら連絡先までご予約を。


イベントの詳しい趣旨・内容は、下記(エチカ福島を共同でやっているメンバーのブログです)まで。



J2第11節 栃木SC×いわきFC戦もしくは中年男子ファンの、モノローグの醜さについて

2023年04月25日 14時01分54秒 | いわきFC
J2第11節のいわきFCは、栃木SC45アウェー戦だった。
開始わすか2分、フリーキックで福島隼斗決にめられたゴールが決勝点。

まあ、応援する側としても正直ストレスの溜まる試合だった。その後何度かゴールに迫り、栃木の攻撃もギリギリのところで防ぎ、いい展開は見せてくれたものの、勝ち点1は欲しかったなあ、と……(^_^;)

有田が途中出血で交代。
石田も負傷交代となった。
嵯峨選手が左SBで復帰したが、この状況このポジションで本領を発揮するにはいたっていない印象。
なかなか厳しい状況が続いている。

まあでも、まだJ3から昇格して一年目の最初だ。苦しむのは当然ともいえる。
いわきFCラシイサッカーを組み立ててそれを見せてくれる夏以降の「成長」に期待しよう。

まあこの試合はさておき、今日は応援しているサポーターのことについて少し書いておきたい。

今年はホーム、アウェー問わずに都合のつく限りスタジアムで応援すると決めている。
だから、アウェーの岡山戦とホームの群馬戦以外は9試合生で応援してきた。
ピョンピョン飛び続け、声を出して旗を降り続けるガチ応援団の方には及びもつかないが、まあまあ追っかけている方だとおもう。

せっかくアウェーまでくるのだから一生懸命応援してサポートしたい、と思うのがファンの人情だ。
とくに4/12 (水)のアウェー対金沢戦は、寒くて応援の数も約40人程度で、3-0で負けて悲しかったけど、アウェー席の前で挨拶シテル選手を見ていると、ちょっと涙が出そうになって
「おうえんしてるぞ!」
と思わず大声をだしてしまった。
人生をかけて戦ってるプロの若者たちに同情は無用だが、応援する気持ちは伝えたいじゃないですか。特にいわきFCは元来とびきりの高給取りの選手をならべて勝ちをもぎ取るチームじゃない。
若手の選手を育てながら哲学を浸透させていき、組織的に「哲学」のあるサッカーをするチームだ。
だからこそ応援したくなるし、その走りつづけるサッカー倒れないサッカーに共感もしている。

周りを見ると、ぴょんぴょん跳ねつつ旗を振る若者(&大人)のガチファンはもちろんステキ。

そして、子ども連れのご夫婦、年配のご夫婦も、女性が熱心に応援していて旦那さんが黙って見ていると、それをつついて手拍子をうながしたりしている。それはそれは微笑ましい光景だ。

ところが、一つ気になるファン層が。
男の人が独りで応援にやってきて、手拍子もピョンピョン飛びもせずに(もちろんそりゃそんなこと別にしなくていいんですが)、きまったように腕組みをしながら、のべつまくなし試合の批評(と言えば聞こえは良いけど、実質はほぽ悪態)をつきつづけている……
そういう方が散見される。

「コーチかっ」
ってぐらい声出してる。

もしくはそんなふうに「文句たれ」をしないまでも、じっとたって腕組みをしたまま戦況を見つめる……

「監督かっ?!」

と思わず突っ込みたくなる方も。

確かに私も、物好きにも独りでアウェー戦に乗り込み、単身棒を叩いて応援してるわけだから、まあサッカー友だちや一緒にいってくれる友達がいないという意味では境遇に似たようなものを感じないでもない。

でも、わざわざ2h以上かけて(おそらくクルマで)やってきて、ビールも飲まずにぶつぶつとヤジにもならない「つぶやき戦術」でストレスを発散している腕組みおじさんたちは、これで本当に楽しいのかなあ、と思うし、正直その悪態を隣でズッ友聞かされていたらしんどいなあ、と思ってしまう。

そのためいちど席を変えたのだけれど、また同様の方がいて、席があいてるのはそういうことだったか、と後から気づきました。

ホームなら、席ももう少し余裕があるし、熱い人と温度の低い人のゾーンも分かれているから気にしなかったけど、ガチンコファンの横での、「独居中年たちのしらふ腕組み批評」
は、やっぱりしょうしょいいただけない光景ではあったとおもう。

もって他山の石とせねば(苦笑)

彼らを見分けるのは
①しらふ
②腕組み
③仲間なし
④悪態撒き散らし
が特徴なんですが、もう一つありました。
⑤応援アイテム持参なし!

⑤に気づいたとき、わたしは8嵯峨理久選手のユニフォームを着てて良かったーと心から思いました。

ちなみに、応援の仕方はもちろん自由。
文句たれも熱心さの証し、と言ってあげられないこともない。
しかし、悪態は家でDAZNでもみて言ってほしい。
アウェーのスタジアム応援は、もう少し愛に満ちたモノであってほしいな、とおもった次第。

おじさんたち!
批評するなら、突っ込みを入れてくれる友人と楽しく評論しながら見てほしいな。
そういう深い造詣のある批評のやりとりは、勉強になるから隣で聞いていても(蘊蓄も含めて)愉しいし、勉強にもなる。

独りで正しさを主張するごとき、頑固な「哲学者」にならないようにしなくちゃ(笑)

ものろーぐって、地下室でやるもんだよねり




『レヴィナス 移ろいゆくものへの視線』熊野純彦

2023年04月25日 12時40分40秒 | 本を読む
熊野純彦の『レヴィナス -移ろいゆくものへの視線』(岩波現代文庫)

を読み始めた。

なんだか、長年の疑問が「溶けて」きそうな気がしている。

『レヴィナス・コレクション』
の文庫を手にしてから、折に触れて何度もページを開いて読もうとはするのだが、とにかく読めなかった。

もちろん、難しい哲学者の、とくに主著と呼ばれるようなものは素人には全く歯が立たないことの方が多い。

解説書を読んで、本人がさほど力を入れていない小著を読んで、書簡を参照して、(自分が幾分か理解でき始めたと思われる)別の哲学者の言葉をヒントにして、ジワジワと理解していくしかない。

お気に入りのはずのスピノザの『エチカ』でさえ、いろいろな先生の講座を受講し、論文を読み、解説本を並べ、たくさんのスピノザ批判を後追いしながら、ようやく面白さを感じてきたのだ。

だが、数あるスピノザ批判の多くは(当然ながら)近代以降の文脈からのもので、腑に落ちるにせよ、突っ込みどころはそこじゃねえだろうと思うにせよ、あるいはそうだね、そこはスピノザの弱いところかもね(17世紀だし)みたいなこともあるにせよ、まあ理解しやすい。

一つのものの見方をある程度体得して、自分のものの見方が「変換」される体験をくぐると、三つ目以降のものの見方についての理解のしやすさが「変化」する。そういうことを学んだような気がする。

たとえていえば、全く別のOSについて勉強することによって、自分が今まで思考してきたその思考を走らせている自分のOSについても認識できるようになるというようなことだろうか。

ところが、レヴィナスについてはそれがうまく行かなかった。

たとえばフーコーはあの大著が読めない、デリダの考え方の大枠は理解できても、テキストが本当に読めない、ということはある。カントの3批判、解説を読んで分かった気になっているとか、ホッブズのリバイアサン、途中で挫折したままだ、とか、そういうことは素人の自分にとっては当たり前のことだ(残念!)。

文学作品なら、ある程度商売だから無理にでも読み切るということはある。
大江のだらだらながい小説でも、100ページまで乗りきれば面白くなる、と思って読めたし、その経験は(順序はぎゃくなのだろうが)ガルシア・マルケスの読破にも役に立った。苦手なドストエフスキーでも、大人になってから(遅い!)修行だと思って読んだりもしている。そして、文学作品はどんなに読むのが難しくても、読んでみればそれはそれで面白い。

ところが、レヴィナスは全く違う。
根本的に、何がなんだか分からないままなのだ。

「顔」とか「他者」とか、何かに取り憑かれたようなこだわりが尋常でないものを感じさせられるキーワードがそこにあるのに、何か今ひとつつかめない、もどかしさを覚える。

スピノザと「OS」が違う、というのは分かる。

そして、よく分からないけれどスピノザ批判の論調はきわめて厳しい。
ここを理解できるようになりたい、と思いつつ何年もそのままにしてきた。

この熊野純彦さんのレヴィナス論は、それ(読めなさあ・分からなさ)を「手触り」から説き起こしてくれるような気がしている。

レヴィナスは、弟子に対して

「問題はこうです。<自分が存在していることで、ひとはだれかを抑圧しているのではないか>このようにして、まさにそのとき、じぶん自身のうえに安らい、<私>は存在するという同一性のもとにとどまりつづけていた、自己同一的な存在者が、じぶんには存在する理由があるのだろうか、と自問することになるのです。」

と語っているという。

なんと受動的というか強迫的というか、とにかく自己と他者の関係を極限まで突き詰めようとする身振りが見えてくる。
熊野純彦さんは、それを丁寧に丁寧に解きほぐしながら説明していく姿勢を止めない。
ありがたいことだ。

ホッブズが発明した「コナトゥス(自己保存の傾向性)」という概念を根本的に問い直すのがレヴィナスだという説明も、腑に落ちる。
そうか、そりゃホッブズを継承しつつある面で書き換えながら思考していったスピノザにもこの「コナトゥス」を称揚する姿勢は間違いなく顕著に存在する。
合わないわけだ。

スピノザは、世界=自然=神を唯一の実体と捉え、その外部を断固拒否する。神=自然、以上、である。
レヴィナスは、徹底的に世界と自己の隔たりにこだわり続ける。
もちろん、意識以前の欲求の享受レベルでは、そんな隔たりを動物と同様生まれたての子供は感じてはいない。
しかし、動物ならぬ人間が「生きる」ということは、その世界と自己の隔たりおよびその結節点となる身体の関係について、向き合い直し、捉えなおしてこそ、初めて成立することに違いない。

自分として納得のいく結論はまだまださきだが、いろいろ考えるきっかけにはなりそうだ。




2023年J2 第10節まで終えての感想。

2023年04月21日 14時26分49秒 | いわきFC
いわきFCは第10節までを終えて、
3勝2分け5敗で現在16位。

各カテゴリーを昇竜の如くに駆け上がってきたいわきFCとしては、始めて迎える最大の試練の一つ、かもしれない。

J3の洗礼を受けたということでもあるだろう。

ここまで、アウェー岡山戦と、ホーム群馬戦はDAZNで、それ以外の8試合をスタジアムで応援してきた。
J2での9試合を終えての感想を、まとめて書いておきたい。

 今年度になってから、日高選手の抜けたところをどうするのか、というのは課題だったし、海那選手、有田選手がレギュラー出場になったときに、前線に有馬選手・岩淵選手ではない誰を途中投入していくのかも興味深いところだった。

 第1節の藤枝戦は、そういう意味で今シーズンを占う重要な試合になったと思う。
 J3ではいわきFCの早い攻撃と早い戻り&ねばり強い守備で勝利した対藤枝だったが、立ち上がりから3点連続で取られるという状況。
後半いわきらしい攻撃で2点を返したが、立ち上がりから前半終了までの守備が十分に機能していないように見受けられた。
3点を取られたこともショックだったが、前から強く守備をし、ボールを奪ったら全員でゴールに向かって走るあの試合運びが前半戦みられなかったのが正直ショックだった。
いわきFCの守備は、極めてラインが高い。
抜かれて攻められた場合は素早く駆け戻ってゴールを固めるけれど、基本は敵の前線でパスコースを消しながら範囲を狭めて厳しくプレスをかけつつセカンドボールを競り勝ったら、全員でダッシュするという極めて攻撃的な守備基本だ。
だから中盤ガチンコでぶつかる肉弾戦が見物だし、奪ったらみんなで走り出すその速度と迫力が爽快だ。

裏をとられたら、という心配はもちろんあるが、中盤で出たボールを回収すればよし。それができない場合はダッシュで戻る。

だから、分かりやすいサッカーで楽しいのだが、それが成立するためには攻撃と守備がいったいとなって真ん中から向こう側、センターから敵陣にかけてで守備をしなければ良さがでない。
その連携が十分でないうちに立ち上がり速度を持って抜けられると、自分たちのサッカーができないうちに失点を繰り返すということにもなる。藤枝にはそれをやられてしまった感じだった。

対して第2節、第3節は前半0ー0で落ち着いた試合展開になった。

第2節の水戸戦は取られたら取り返す形で、粘る力も見せられるようになる。

第3節山口戦は、0-1だったものの、失点は3,2,1と少なくなり、前半失点もなくなって、しだいにJ3に対応してこれてようにも見えた。

第4節仙台戦は、念願の初勝利!しかもベガルタ仙台のファンがスタジアム全体を黄色で染めているなかでのあぅえーでの格上に勝利、ということで、ファンとしては幸せいっぱいになった。
失点も3、2,1,0と着実に進歩しているのがうれしい。

 右側の守備と攻撃は、加瀬と嵯峨の動き(最初嵯峨が前に配置されたこともあったが、やはり嵯峨は後ろからオーバーラップするのがよいと思う!実際そうなっていったし)もしだいによくなり、これからが楽しみというイメージができてきた。

第5節徳島戦も1ー0で勝利。これでペースがつかめてきた、と思ったのだが。左SBに入っていた山口がこの試合途中退場。以降、出場できていない。
やはり左側の守備と攻撃は、難しい側面が残った。

第6節は、町田に0-1で惜敗。いわきらしいサッカーはできていたと思う。前半は無理をせず、後半1チャンスをものにする町田のサッカーとの差はあると思うが、攻めがどこかで結実すれば戦える、そんな印象を持った。
第7節は対岡山戦。これは本当に惜しかった。最後の最後、アディショナルタイムでの失点は残念だが、J2で戦えている手応えは積み重ねられてきた。後は勝ち点3が手にできれば、というところまでは来ていると感じられた。
第8節は、また厳しい試合に戻る。
先発していた山口に続いて江川、そして嵯峨、復帰した有馬もメンバーからはずれ、レギュラーが左右ともに盤石とはとても言えない状況が続く中、中盤でも競り合いになかなか勝てない。反転してボールを保持する大分に、少し手をやいている印象があった。また、大分がサイドチェンジして斜めに入るパスも的確で、サイド圧縮してコンパクトにボールを取りに行く攻撃的守備がなかなかうまくいかない。
何より、立ち上がり7分、そして後半にも早い時間に2点と取られてしまったのは、じぶんたちのサッカーができていないということだろう。
けが人も多く、苦しいところだが、前半、前のプレスを抜かれたときに中盤でボールがとれないまま押し込まれるシーンが多くみられた。
(山下キャプテンも試合後にそのあたりをコメント)

加瀬が定着し、後半FWの近藤投入は定番化してきた(得点もゲット)。
石田、辻本、もがんばってくれているが、嵯峨の欠場はどうにも痛い。復帰した有馬のけがもつらい。

夏に戦力が整うまでに経験を積んで、厚みのあるメンバーで90分前からの強い守備→と、当たって奪ったらみんなでダッシュ!というあのいわきらしいサッカーの再来を望みたいという感想を持った。

そして第9節。金沢まで応援に来た平日のファンは約40名。寒いけどがんばって応援!
結果は金沢が熊本戦から全員メンバーを変えてきた(ために?にもかかわらず?)、FW杉浦のハットトリック。
特に最初の2点は立ち上がりのふわっとした時間帯、手間をかけずにいわきの左側を持ち上がり、前にはいってきた選手にボールを縦に出すと、ペナルティエリア中央に待ちかまえていた杉浦にきれいなパスを出してゴール。
6分、14分、と立て続けにやられてはしょうがないところでした。
37分に3点目を入れられた後、後半は立て直せたかな、と思うけれど、連続3失点はしんどいところです。特に立ち上がりに注目。
前からの守備は特に、相手の動きをよくみて合わせる必要があるだろうから、なんとかそこを無事に切り抜ければ自分たちのサッカーができてくるはず。今後に期待したいところ。
ちなみに、金沢は美味しい!これで勝ち点が入ればいうことなかったんだけどねー。

収穫はルーキー坂元の先発。近藤に続いて定着してくれれば楽しみがふえる。

この時期は、主力選手の故障もあり、夏にめがけてチームを作っていく期間と捉えて応援しよう!

さて、直近の第10節。中央の早い遠藤からの縦パス→海那→有田のフィニッシュは、久々にいわきらしい速度のある、しかも中央からの突破によるゴールを2つ見せてもらった。
流れるようなアクションからのゴールは、これぞいわきFCって感じ。

以上、とりあえず10節までの振り返りでした!