龍の尾亭<survivalではなくlive>版

いわきFCのファンです。
いわきFCの応援とキャンプ、それに読書の日々をメモしています。

いわき市民と双葉からの避難者との軋轢

2013年04月27日 22時19分05秒 | インポート
いわき市民と、避難している双葉郡の方々との摩擦が昨日NHKの朝のニュースで報じられたと聞く。

大震災、そして原発事故から二年。
分割線はむしろ至る所、無数に生起しているように思われる。
スピノザが主著『エチカ』の第3部で最も分量を裂いて論じていた感情の一つが、「ねたみ」だった。

ねたみは他人の不幸を喜び、他人の幸せを悲しむことであり、そしてこれは自分と同等のものにしか感じない、とスピノザはいう。

別にスピノザじゃなくてもそのぐらいは分かるよね。
でも、繰り返し言及しているという意味で、スピノザにとって「ねたみ」は大きな課題だったに違いない。

東日本大震災以後の、そして東京電力福島第一原子力発電所事故以後の私たちにとって、この分割線が無数に生起し、それが露わになっている現象は、非常に重要なことだと私には思われてならない。

つまり、「自分と同等のもの」「自分と近しいもの」という感覚が、単に「想像力」によって広げられていくと、至る所にその分断線が、自分と他者との間に繰り返し巻き返し引かれてしまうのではないか。

私たちはすでにもう十分に傷ついている。むしろ「裂け目」は内側にこそある。どうしてそれを外側にまで保持して、異なるものたちとつながることができようか……。

「傷は一つでたくさんだ」

そう直感して自分たちを「守ろう」とすれば、私たちは「ねたみ」のために分割線を無数に引いていくことになるだろう。

無論だからと言って私は、私たちはそれをスピノザのように

「永遠の相の下に」考えればすべては自然の秩序そのものであり、個人の意志が入り込む余地がない

というハードな結論にたどり着くわけにはいかない。

分割線は分断線となり、無数の差異を自分の周りに煽り立てて境界線のバリアを張り、なんとか自分を保持しようとしてしまうだろう。それはある意味で自己保存のために必須の振る舞いでさえあるのかもしれない。

私はニュースを見ていないからそれこそ憶測でものをいってしまうが、「よそ者は出て行け」という信号はたやすく人の心をとらえるであろうことは、想像に難くない。
私たちはむしろ「想像力」がもたらす偏見の発動を、いやというほど見続けてきた。

こういう分断を「想像力の欠如」と捉え、「もっと想像力があれば」と考えてしまうと、たぶん問題を解決する方向には向かわないのではないか。

「理性」を伴わない「想像力」はむしろ人を隔てさえする。

むしろ、身近なことをリアルに感じるのは、理性を働かせつつ具体的なことの手触りを共有することの方が重要ではないか。

そして、私たちはその「理性」をきちんと育ててきただろうか、と自省せずにはいられない。

さてでは、その分割線を引かずに「絆」とかとぼけたかけ声をかけて済ませられるか、といえば、そうもいくまい。
擬似制度的な「共同体」の再編という物語につきあっていくことはもはや中期的には不可能だろう。

それは分割線の隠蔽と忘却を招くばかりだ。


分割線を無数に自分の周りに生起させようとする力を隠蔽するのではなく、そこから「間」にある人間の力、自然の膂力に触れる方法はないのか?

私たちはようやく、「近代」という舞台装置をその機能不全まで含めて生きるという体験をし始めたところである。
理性(1)の限界を嘆くのではなく、その分割線の生起する大きな一つの世界の動きと秩序に反応できる瞳を鍛えていこうではないか。
それが理性(2)を目指すことだし、その努力を重ねていく意味はあるだろう。

スピノザならそれを「直観」と呼ぶのだろうか。
よく分からない。
しかし、理性(1)のロジックの限界を自分の世界の限界としない、というメッセージだけは、確かにスピノザから受け取ったような気がしている。

「私の言葉の限界が世界の限界だ」(たぶんヴィトゲンシュタイン、かな)

という言葉は、逆説的に、ということは手のひらではなく手の甲で、世界の輪郭に触れていることの報告だろう。
それは、決して、「外部」との接点ではないのだ、とスピノザなら語るかもしれない。
いや、そんな「想像力」に頼るのではなく、身近なところから始めよう。

この連休は、とりあえず、その分割線が単なる分断に終わらないために、どんな言葉を組織しえるのかをもがいてみる時間にしたい。

もちろんそれはそう簡単なことではあるまい。
自分にできることだとも思わない。

しかし、それをせずに福島以後を生きる意味は、全くない、と私は、私たちは考えている。
何をどうすればいいのかさえ分からないけれど、始めてみる。そういうことだ。


國分・中沢『哲学の自然』を読む(2)

2013年03月16日 13時38分18秒 | インポート
まず印象に残ったのは、第2章。

その一つ目。
國分氏がフランスでデリダの講義を直に聴いていたとき、脱構築の可能性と不可能性を論じていた講義の中で、

「これは自然ですから脱構築できません」

って話をした、というエピソードだ。

これは中沢氏の

「『自然』に触れている人間は常に不完全性を抱えています。そのたびに反復を強いられる。と同時にそれが構築の原動力にもなっていく。後期のハイデッガーもやはりそうで……」

という部分に対応して語られたものだが、國分氏は、このデリダの言を「思ったほど簡単なことじゃない」と受け止める。

ハイデッガーの自然論・技術論の中での話だ。


二つ目は、その少し後に國分氏が書いている箇所

「ハイデッガーが言っていたことですが、『人為と自然』という意味で対比された『自然』というのは新しい自然概念であって、もともとはそういう対立自体を包含するものが『自然(フュシス)』だった。」P130

というところに反応した。

私(Foxydog)が大震災&原発事故を指さして繰り返し

「人為の裂け目から立ち現れる自然」

というのは、そういう『自然(フュシス)』は、

「人為の裂け壊れた隙間から、痕跡として顔を覗かせる自然」<人為=≠自然>

である、と考えているからだけれど、そこにもにも通じる。

中沢氏はだいたい、最近はとくにどれもこれも「贈与」に回収して論じてしまうから、わかりやすいというかわかりにくいというか、単純にみえてややこしいことになるのだが、その中沢的高速な「独楽の回転」をときどき浅くタッチして中速まで速度を落とし、「キュイン」というかるい音とともにポイントを見せてくれる國分的「教育」の手捌きがこのあたりでも効いている、といえるだろう。

ハイデッガーの技術論は、心ある(きちんと読んでる周りの)人に聞くと、だいたい評判が悪い。
あれは現代には対応できない限界があるとか、さほど深く考えているものじゃないとか。

まあ、國分氏も繰り返し指摘するように、結局「農民=風車」が到着点かよ!?と突っ込むことは簡単だ。

でも、私はハイデッガーの短い講演原稿『放下』を読んだとき、鳥肌が立ち、まるでこれはハイデッガーが原発事故後の福島に来て講演したかのような話じゃないか、と感じたことを忘れることができない。

去年の暮れごろ、ハイデッガーの技術論二本

「原子力時代と『人間喪失』」(河出「道の手帖『ハイデッガー』所収)
「技術にへの問い」平凡社

を読んでいたところ、Twitterで國分センセが「今、『放下』を読んでいます」と書いてあったのをみて、急いで入手して読んでみたのだが、これが「すげえ」って感じだった。

後半アンビバレントな技術に対する態度を「放下」「密旨への開け」とか言い出したとたんに「密教的」な感じでよく分からなくなったのだが(それはそんなに難しく考えなくていいよ、と國分センセにあとで助言をもらいました)、前半は特に、びびびびっくりするほど私たちの今とシンクロしていた。

ざっくり言えば、技術はもともと自然の中にあったものを押し広げるものだ、というのです。
で、農業とか風車とかぐらいだったらいいのだけれど、技術は石炭とか石油とか、自然からエネルギーを徴発して利用しようとし、結果人間はそこに立たされ坊主のようになって、「計算可能性」の枠内でだけ物事を考えるようになってしまった。
しかし、自分たちで制御できる以上のエネルギーすなわち原子力を技術開発していくことは、原子爆弾によって直接人の命を奪うことよりも大変なことを招く。

それは人間の究極の思考停止だ、というのです。

すごいでしょう。1950年代に、原子力の平和利用について、これだけのことを言っていた人はいない。

「エチカ福島」の第1回でも引用(というよりは垂れ流し配布)しましたが、

だから、「熟慮」しろ、技術をぜんぜん使わないわけにはもういかないのだから、距離を取り、熟慮し、いつでも手をはなせるようにしながら行為しろ、さもないと「計算可能性」のあることばかり考えて実質的思考停止に陥り、その技術によるエネルギー調達の自己目的的ループにとらわれてしまうぞ!

という警告になっている。

結論部分は、「新たな土着性」は芸術によって承認されている、みたいな例によって意味の分からないレトリックで終了するんですがね(苦笑)。

この、技術に「とりさらわれている」っていうハイデッガーのこの指摘は、60年経っても重要。

中沢・國分両氏がここから「自然哲学」についての論を展開していることに、私は共鳴しつつ、意を強くしました。

ある意味、安富歩さんの「東大話法」(なんで「東大」?というのは未だに疑問ですが、まあ、安富さんは「やっちまう系」の中でも「凄腕」だからね)とも、「計算可能性」の枠内に取り攫(さら)われてしまった思考に対する批判と言う意味では通底している。

そこから「エチカ」にたどり着くためには、スピノザの話にいかねばならないのですが、それはまた今日のスピノザ講座のあとで。




國分×中沢『哲学の自然』を読む(1)

2013年03月15日 13時03分02秒 | インポート
『哲学の自然』を読む(1)

これから、じっくりとこの本を読んでいくつもりなのだが、これは本当におもしろい対談だ。

中沢新一という希有な「才能」が、國分功一郎という「読み手」を得て、より広い場所に通じるよう「変換」されていく様子が見て取れる。

できれば、中沢新一の近著『日本の大転換』を併せて読まれたい。

そうすると國分功一郎という読み手の持つ「力能」が遺憾なく発揮されている様子がよりよく分かるのではないかと思う。

(興味のある方は、國分功一郎氏と東浩紀氏がニコ生で対談している動画も併せて見るとさらにおもしろさが倍増する、と思う)

中沢新一は、大震災と原発事故以後、積極的に発信している人類学者・哲学者である。

その受け取るべき最良の部分を、國分功一郎は極めて的確に指し示してくれている。

序文に「用心深く」書いてあるように、國分功一郎氏は中沢新一氏の空中の戦のような「議論」をそのまま鵜呑みにはしないよ、と信号を出してもいる。

それを、「処世術」か「社交」としてだけ(そういう面もあるかもしれないけれど)読んでしまうと、この本の魅力を半減させてしまうのではないか。

國分功一郎の玉の拾い方は、かなりの芸域に到達していると思う。

(嘘だと思う方は、柄谷行人との対談、あるいは前述の東浩紀との対談を併せて参照されたし)

それは兼ねてからここで書いているように、國分功一郎氏の「教育的」なスタンスとでもいうべき姿勢に関わっていると思われる。

哲学や歴史の専門家が見ると飛び上がるようなことを平気で「ゴロン」と提出する柄谷行人や中沢新一の「芸風」は、確信犯的であり、一見ある種の「イデア」をまず提示する空中戦の身振り、とも見える。

だが、國分功一郎氏はそのボールの拾い方を指し示してくれるのだ。

確信犯と、専門家のすれ違いなら、見慣れた光景だ。

他方、逆に確信犯だからこそファンもつくというのも分かりやすい。

だが、そういう素人めいたファンとプロパーの間に飛んだボールを、今までだれも拾ってこなかった。
哲学の専門家で、そのボールを拾えるのは、今、國分功一郎氏を措いてほかにあるまいって感じすらある。

対談本は読み流して終わるのが普通だけど、この本はゆっくりアイディアの卵を暖めながら読み直す価値がありそうだ。

とりあえず一読後の印象でした。詳細は後刻。


卒業式はなぜ素晴らしいのか?(その1)

2013年03月03日 14時26分36秒 | インポート
卒業式はなぜ素晴らしいのか?

そんなことは言われんでも分かる、と言われてしまうでしょうか。
あるいは、そんなもん今時「要らん」と言われてしまうでしょうか。

なんにせよ、昔から卒業式はたくさん歌にも歌われ、高校生の涙、教師の涙、保護者の涙に満ちた素晴らしい式典として日本人に共有されています。

そうですよねえ。
別に改めて「卒業式の魅力」なんて考えるにも及ばない、のかもしれません。

さて、私は高校教師生活32年(長っ!)を迎え、一昨日何度目かの卒業生を送り出しました。

さしたる能がなくても長くやっていれば、それだけの場数を踏む、ということです。

より正確に言えば、部活動をさほど熱心にやる技能も持たず、管理職になるほどの才覚もなく、部長や主任という責任ある立場にも立てず、かといって「あいつには担任を持たせられない」というほどの排除フラグも立っていない「凡庸さ」を備えた私は、担任でもやらせておくのが最適解だった、ということかもしれません。

いますよね、どこの職場にも。

「なんだかあいつは好きなことばかりやっていてオールラウンドにはほど遠く、むしろ扱いにくいところもあるけれど、好きな仕事をやらせておけばそれほど文句もいわないから、まあ7、8人のチームにはら一人ぐらいあんなのが入っていてもいいか」

って人。

とりあえずは、それです(笑)。

さて、今日書きたいのは、

「卒業式はなぜ、素晴らしいのか?」

でした。

まず第一に、教師として担任業務、学年運営業務は、もっとも主たる仕事です。
毎日欠かさず朝と帰りのガイダンスにいって、出席を取り、連絡をし、さまざまなことを決め、生徒たちの話を聞き、悩みの相談に乗り、喧嘩やいじめの対応をします。行事となれば、球技大会のチーム編成や、修学旅行の班分けがけっこうな山場だったりします。下手をすると、仲間はずれが起こってしまったりしかねないからです。
沖縄の海に入るとなれば、何種類もある希望の選択、ウェットスーツのサイズや、めがねの度数、既往症(丸秘データ)のデータやりとりをしなければなりませんし、海外に行くとなれば全員のパスポートの世話もせねばなりません。
何種類もある模擬試験の希望をとったり、選択に応じて科目ごとに何冊もの問題集の購入を斡旋し、諸費用の集金をし、またその会計ごとに管理
決算・返金がついてまわります。
学校にこれない生徒がいれば、電話で様子を聞き、保護者と連携をとりながら、家庭訪問をしたり、面談をしたり、カウンセリングを斡旋したり、管理職を相談しながら、対応をします。

一つ一つはどうということのない「生活」の一齣だし、そういうものだと思ってやっていますが、教師になる前を想像してみると、これらは全て「雑務」に過ぎません。

私は、授業をして、生徒を「学ぶ」ことにおいて成長させる責任をもって教師になりました。

私が教師になった当時は、教育理論も心理学も教育法規も採用試験には存在せず、ただ指導要領と、専門知識だけが問われていました。30年も前の牧歌的な時代です。

私の教師の歴史は、増加する「雑務」との戦いだったといってもいいでしょう。
もちろん、それらはいまや、雑務どころか業務の中心を占めています。

「いそがしくて授業なんてやっている暇がない」

という冗談も、10年以上前に冗談としての有効性を失っています。

今日の主題からははずれますが、「学校教育」はむしろ今、コンパクトになるほうがいいと思います。

教師の非正規雇用がどんどん増え続けていて、福島県の場合、10年以上勤務している講師であっても、全員が1年の期限付き採用しかありません。

他方で正規採用は高齢化し、にもかかわらず業務はどんどん多岐に渡るようになり、対応できない40代後半から50代の教師の早期退職や心身の病を誘発しています。

最近職場では、心の病を持って休職する同僚が絶えたことがありません。

退職金の切り下げによって高齢者が早期退職するのは、「聖職者」として糾弾すべき事柄ではなく、どう考えても労働力と雇用コストの調整をする上でもっと頭の良い政策として積極的に奨励すべき事柄です。

世間とのギャップの大きさに、呆然とします。

さてそれはさておき、卒業式のすばらしさについてでした。

なにやらグチめいたこと連綿と書きましたが、ことほどさように、今日(こんにち)家族を除いて生徒たちに全人格的に関わるのシステムとして保障されているのは、学校教育を以外に考えられません。

それが一つの区切りを迎えるとき、私たち教師は、単に「お荷物」を肩からおろした開放感に浸るだけではありません。
一人一人の人生の成長と選択に立ち会ってきた大人として、果たしてどれだけの「サービス」ができたか、を問い直すことが迫られます。

希望した大学に入れたか?いい就職ができたか?友人関係は充実していたか?部活動は三年間熱心に活動できたか?深くつき合える友達はできたか?学ぶ喜びを内面化することができたか?社会性は身についたか?

ほぼ、達成できなかったことばかりが頭をよぎります。

髪の毛の色なんて、個人的には黄色だろうが紫色だろうが、勝手にすればいいと思っています。耳だけじゃなく、好みなら舌でもへそでもピアスの穴をあければいい、と個人的には思います(笑)
でも、擬似的な制度としての共同体を構成するためには、要らぬ権力だってふるわねばならないことも少なくありません。

「髪を染めたかったら卒業してからにしろ」

自分で指導していて意味が分かりません(笑)。
いったん疑問を持ってしまった生徒にとっては、ますます意味不明の迷路が待っています。

でも学校はまあとりあえず、そういう場所です。

意味が分からない、とは書きましたが、それは個人的に意味が分からない
という意味です。

共同体が運営される以上、規範に基づく権力行使は、教育空間の保障のために必要不可欠な仕組みではあるのです。
その結界に立てられる「榊」「幣」の意味を、論理的に説明しているヒマはありません。結界は瞬時に張られねばなりませんから。

ただ、そんな結界の張り方はもう無理だろう、という側面も多々あります。それは変えていけばいい。まあ、変わってはいくでしょう。
でも、1000人ちかくの人間の「生活全部」を、50人程度の教師によって、安全を確保した上であまつさえ勉強までさせるには、そういうシステムの駆動が不可欠だということでもありましょう。

生徒たちは、積極的にその「擬制的共同体」としての学校に適合していきます。
それが近代以降、日本人にとっての「範型」でありつづけてきたことも確かなのです。


さて、だからこそ、卒業式は素晴らしい、のですね。

自らが身を投じて、その中で「生きる」という営為を重ねてきた生活世界から身を引きはがし、一つのフィクションとして「ふと」眺める瞬間を持ったとき、人はその「抜け殻」としての歴史を、その瞬間、哀惜せずにはいられないのでしょう

「教師」も「生徒」も、結界の中のロールプレイです。
生活資源の過半を投入して、複数年に渡って積み上げてきたかけがえのない、一度きりのフィクションだからこそ、卒業式は「泣ける」のでしょう。

抑圧からの解放といっただけではたりない、素晴らしい過去への哀惜といっただけでもたりない。

だいたい仕事をしていていちいち生徒の卒業に泣いている大の大人の教師って、「キモい」といえば「キモい」でしょう。

感情労働もほどほどにしておけ、ってはなしです。

でも、保護者や生徒ばかりではなく、教師もほろっとくることがあるのも事実です。


ある同業の先輩が
「卒業のとき、生徒たちは教師を許す」
という「名言」を言ってました。

私たちが他者に権力を振るいつつ擬似的な(おままごとのような)社会=共同体を立ち上げ、その中で自らもプレーヤーとして演じきり、かつその「終了」を宣言する、などというシステムは、そうそうあるものではないのです。

そのあたりの機微を、先輩は「許す」という言葉で言ったものでしょう。
これは「許す」というより「赦す」という言葉の方がふさわしいかもしれません。

明日にだって会おうと思えば会える「別れの儀式」は、おそらく他者との別れ自体に涙を流しているわけではないのです。

上記のようなことどもの「終わり」に立ち合っていることが、集まった人たち老若男女を問わず、泣かせるのです。

泣けば素晴らしいのか、みんなが泣くのか、といえば、もちろんそんなことはありません。
でも、象徴的です。

「卒業式」という儀式はだから、教師を惑わせます。

「また担任を持ってもいいかな」

という気の迷いを起こさせる程度には、間違いなく魅力を持っているのです。

だって、どんなにしんどくても、「人と出会う場所」としての教室という「結界」の魅力は、いまだ完全に色あせてはいないのですから。

もちろん、かなりガタがきているのも事実。

もうそろそろ、十把一絡げの教育は止めた方がいいんじゃないか?
という疑問にはいろいろ留保を持ちつつも、私はイエスと答えておきます。

たぶん、「教師」としては異端でしょう。

教室でさまざまな個性が出会い、せめぎ合い、人格を陶冶することの意味は、古今東西色あせることはないでしょうけれど、今の形の学校教育が、ずっと続くとは思われないのです。

むろん制度疲労が極限近くになっていると思うのは、私自身が「制度疲労」を引き起こしているから、なのかもしれません。

でも学校を「人間形成」の魔法の箱のように考えるのは、そろそろ止めた方がいい、としみじみ思います。

何ができて、何ができないのか、誰に何を、誰が求めるシステムなのか、立ち止まって考えた方がいいんじゃないかな。

卒業式は、そういうことのための一つのきっかけにもなりえるかもしれません。

「学校ってよかった」

という感慨にだけその「すばらしさ」を閉じこめてしまうのは、もったいない限りですから。

もう一言だけ書くとすれば、学校で擬似的に経験した「公共性」は、卒業式で終わる程度の「私的」なものだ、ということでもあります。

ということは、彼らが旅立っていく「社会」もまた、「私的」なものである、という側面を持つということでもあります。
逆にいえば、「私的」なものは、「社会」につながっている、ということもでもあるのですが。

私は3.11以後、「公共的なるもの」について、ずっと考えています。

そういう意味で、学校の営みの中で、生徒たち、そして教師たちが、どうやったら、擬似制度的な共同性を「超えて」公共的なるものにアクセスできるのか、が私の唯一の主題で有り続けています。

卒業式のすばらしさを、それだけで終わらせないために、そこをもう一歩、考え続けていきたいと思っています。


メディア日記に「atプラス15『哲学の起源』を読む」を読む」をアップしました。

2013年03月03日 12時56分01秒 | インポート
メディア日記に「atプラス15『哲学の起源』を読む」を読む」をアップしました。

間違えて「エチカ福島」のサイトにもアップしちまいましたが、関連がないわけでもないのでそのままに(笑)


http://blog.foxydog.pepper.jp/?eid=980420

です。

柄谷行人の主張する、「プレソクラティック」な哲学におけるイオニアのイソノミアという概念は、けっこう学問的には「トンデモ」だよ、っていう指摘を丁寧にしてくれてる論文が入っていて、素人にはありがたいです。

でも、冒頭対談で國分功一郎氏が

「確かに(「プレソクラティック」に対する)ハイデッガーの読みには強引なところがあります。ただそこには圧倒的な魅力があることも確かではないでしょうか。」

と述べ、ハイデッガーの持つ「魅力」と、柄谷行人のいう「イソノミア」に込められた「視点」の魅力とを重ねて解説しているのがとても腑に落ちた。

その魅力は、「試行」の魅力(小野原さん<福島大学の倫理学の先生>)であり、
「時代精神」(國分功一郎氏)に共鳴する魅力でもありましょう。

本編と特集雑誌、セットでお勧めです。

あ、ちなみに、深瀬氏(「エチカ福島」)に教えていただいた、

「世界史の扉を開けると」
というサイトに、

柄谷行人『哲学の起源』について1,2
1はこちら
http://d.hatena.ne.jp/whomoro/20130217/1361065937
2はこちら
http://d.hatena.ne.jp/whomoro/20130222/1361537378

すてきな『哲学の起源』批評が載っています。
よろしかったらぜひ、参照してみてください。

私はこのブログ子のように柄谷は自分の求めるユートピアの幻想をイオニアに重ねてしまった、という批評には、ただちには同意しません。

このサイトの極めて知的な文体は、強い魅力を感じます。併せて参照あれ。





『驚きの中国ーそもそも「国家」なのか』を読んで。

2013年02月23日 11時09分21秒 | インポート
『驚きの中国ーそもそも「国家」なのか』を読んで。
を、メディア日記に書きました。

http://blog.foxydog.pepper.jp/?eid=980418

最近メディア日記をメモ&インデックス的に使っていますが、まあそれもいいでしょう。

こっちの個人日記は埋もれていくものですから。

さて、この本は、中国通の社会学者橋爪大三郎に、宮台真司と大澤真幸が質問するという形で進んでいきます。

一冊で歴史的に中国とい社会を通見するには最適の一冊かと。

もちろん、今の中国に対して、決定的な輪郭を与えられる人なんているわけない、と思う。
だから、結論とか示唆はそれぞれ取捨選択するべきだろう。

けれど、まずはこのぐらい知っておけ、という意味で必読。
ぜひ。



裁断&スキャンした本のPDF化が1000冊を超えた。

2013年01月13日 13時30分14秒 | インポート
といっても、本の冊数を数えるほど暇ではないし、きちんとした個人データベースをつくるほどの根気もない。

裁断した本の画像データを一冊の本としてまとめ直すソフトから、

「検索指定の準備書籍件数が1000件を超えました」

と警告されたのだ。

ちょっとした一区切りである。
当初と比較して考えが少し変わってきたので、それをメモしておきたい。


そもそもの始まりは、段ボール箱の塊と化した本をどうするか、だった。
本というモノは、いつまた読み返したくなるか分からない。
改めて読みたい本、味わいたい作品の一部、引用しなければならない論文の一部など、場所があればおいておきたいものである。

そして本好きなら(本ではなくても何か好きなモノを手に入れて手元に多数おいている人なら)共感してもらえるだろうけれど、生まれてからこの方読んだ本は、全部手元においておきたいものである。

目的と手段が転倒する、いわゆるフェチ、ですね(笑)

最初から住む場所にも不自由する手狭な生活なのに、本を全部とっておくなんていう欲望はもとより贅沢というか妄想に近い。

それでもまだ本は、収集癖を根源とするあの「ガラクタ」よばわりとは一線を画す。
書画骨董のような価値ではないが(古本の中には目玉の飛び出るような本がないでばありませんが、それは別席で)、本は何か知識や、光をもたらしてくれるものとして、なにがしかの尊敬を払われてきた。

かつてはね。

「こんなもの、置いておいたってどうせ死ぬまでには読めっこないでしょ」

などと言われるようになるまでは。

いわれてみればその通り。
すでにして死ぬまでには到底読めっこない分量だ。


そこであえて「本は読めばいいってモノじゃないんだ!」と強弁してみてもよいが、まあ止めておいた方が無難だ。

というわけで「なんとかしてよ」攻撃を「そのうちな」防御でかわす日々が続いていた。

そこに福音として登場したのが

書籍の裁断&スキャン取り込みによる電子化のシステムである。
だから、そもそも「断捨離」系の強いられた動機からはじまったわけです。

従って最初は当然古い本から裁断を始めました。
ダンボール箱が一つ一つ消えて、裁断されたゴミとして出されていくのはある種快感でもありました。

「こういう趣味なら歓迎だ」
と大家族からも好評。

ところが、500冊を超えたあたりから様相がかわってきました。
古い本を裁断していても、実際には読まない。
もちろん死ぬまでに読みきれないほどの量があるんだから、読んでもいいわけだし、当然中には読みたい本もある。
でも、最初は比較的どうでも良い本を中心に裁断する傾向があった。
全集本とか、未読の高価本、古書で入手したものはどうしても切るに忍びない。

「おまえだけは次世代に生き延びてくれ」

みたいなことになっていくわけですよ。

そしてまた気がつくと本末転倒の始まりである。

捨ててもいいものなら最初からなにも裁断するには及ばなかった。

とはいえ、裁断せずに捨てられるぐらいなら、苦労はしない。

むう。

これでは本の鎮魂儀式としての「自炊」(裁断して本をデータ化することをそういいます。あんまりいい響きじゃないね)ではないか!

といういうわけで、それをもう一度ひっくり返すことになります。
(続く)

『デザインド・リアリティ 半径300㍍の文化心理学』を読んでいたら

2013年01月07日 00時15分11秒 | インポート
『デザインド・リアリティ 半径300㍍の文化心理学』有元典文・岡部大介(北樹出版)

を読んでいたら、とつぜんユクスキュルの「環世界」概念と、スピノザの表象知(イマギナチオ)についての言及があって、ビックリした。

私たちは現実で(物自体)ではなく、デザインされた文化=環境を受け止め、その中で生きている、

という考え方から人間の心理を捉え直そうとする「文化心理学」の本です。
面白い。

ちょっと皮肉に聞こえてしまうかもしれないけれど、福島県は大震災と原発事故によって外部から「デザイン」された「現実」を生き始めています。

今までは精神が物質や肉体をコントロールするというデカルト的二元論の、この本でいう
「中枢コントロール」
の考え方が支配的でした。

けれど、今はスピノザ的な
「世界コントロール」
の考え方で、つまりは社会的文化的にデザインされた「環世界」において、私たちは欲望したり悲しんだり喜んだりしているのであり、私たちが世界を認識するということは、自分が自由かつ主体的に全てをコントロールしているという「夢」をみるのではなく、むしろどのような「可能性条件」の中で「主体」は必然を生きているのか、から考えていかねばならない……。

そういう視点で書かれたこの本は、非常に示唆的に感じられます。

スピノザの「エチカ」=哲学を参照しつつ、福島に住みながら「共に生きる理(ことわり)」を考えて行きたい、ということの意味の大きな側面の一つも、ここにあります。

なぜって、「世界」を知ることはいつだって、人間の知性にとってかけがえのない大きな喜び、であるはずですもの。



『放下』土着性の喪失の件(くだり)は、今ここの福島に通じると実感しちゃうなあ。

2013年01月02日 21時49分23秒 | インポート
ハイデッガー『放下』ハイデッガー選集15巻について(3)

メディア日記「龍の尾亭」に書きました
http://blog.foxydog.pepper.jp/?eid=980406

土着性の喪失が現代人の課題だっていうのは、その通りで、別に驚きはないとも言える。
でも、この件(くだり)、沁みるんだよねえ、今。

ハイデッガーの『放下』について書きました(1)

2013年01月02日 20時11分47秒 | インポート
メディア日記「龍の尾亭」に、
ハイデッガーの『放下』について書きました(1)

http://blog.foxydog.pepper.jp/?eid=980404

1950年代、人口4000人足らずの街の記念祭に招かれて講演をした時の記録です。
短い(30ページほど)の文章ですが、私はこれを読んだ時、まるで福島の自分の住むところにハイデッガーが来て目の前で講演しているかのような錯覚を覚えました。

それほど、私の「今」に突き刺さる文章だったのです。
以下、続けて書きますね。参照いただければ。

結局、どうして面白いのか―「水曜どうでしょう」のしくみ [著]佐々木玲仁

2012年12月10日 21時45分00秒 | インポート
結局、どうして面白いのか―「水曜どうでしょう」のしくみ 
著 者:佐々木玲仁
出版社:フィルムアート社

などという本が出ているらしい。
なんと1890円もするという。

こんな勉強してるんだったら、どうでしょうのDVD一本買った方がいいですって、絶対(笑)。

でも、この九州大学大学院の教授の気持ちは分かるなあ。つい分析したくなるもんね、この番組。
だって、いったいどこが面白いんだ?!っていうツッコミどころ満載で、それが既にして視聴者を罠にはめていく仕組みになっていたりするわけだし。

私は16巻まで大人買いしましたが、その後予約とかしてないような気がする。いかん、サイトチェックしなくちゃ!


リバティというソニーの商品のCM曲。

2012年12月01日 08時44分06秒 | インポート
これなんですが、

http://m.youtube.com/#/watch?v=Ax9ID4Hvj3A&desktop_uri=%2Fwatch%3Fv%3DAx9ID4Hvj3A&gl=JP

http://m.youtube.com/#/watch?v=yTqI7aQLPOQ&desktop_uri=%2Fwatch%3Fv%3DyTqI7aQLPOQ&gl=JP

CMはこちら。

http://m.youtube.com/watch?feature=related&v=UIyqwWgTgLo

http://jp.youtube.com/watch?v=XxxKOV-nFpE&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=p90nx88T76s

作ったのが吉田美奈子という人だったことを初めて知りました。

私の愛唱歌(笑)

鈴木雅之が歌っているのをいつも聴いていました。

吉田美奈子のセルフカバーも購入してみようっと。

福島は黄昏れるだけか。

2012年12月01日 08時29分43秒 | インポート
技術の問題、経済的エネルギーの問題、復興事業という政治の問題、という種類の問題設定は、今もなお傾きかけ、冷却しつづけなければならない事故現場を抱えたこの場所で思考を続けるためには決定的に不足です。

おそらくそういったいままでの考え方、生き方、基準をそのままあてはめるだけなら、福島は黄昏れていきます。

そして、もしそれだけでよいなら、老人の「人間的」覚悟と処世術、若者の「動物性」でことは足りる。

でも。

寝言を言って済ませるわけにはいかない。

では「私」はどうしたいか。

そのとき、

「どうすればうまくいくか」

はやめておく。

それじゃあ原発でうまいことをしようとした人と同じ発想の「人間的」スタイルだから。

けれど
「どうせこの中で生きていくんだ」

という諦めにも頼るまい。

確かに、絶望的な状況を生きる処世術としてはある時そういう諦念だって大切かも知れない。

けれど、それでは与えられた環境の中だけで、擬似的に「動物」を生きることになってしまう。

それじゃ人間として「生きる」楽しみの切り下げだ。

「オレはどうしたい?」

心の中に聞いてみる。
答えがなければ別の人間に聞いてみる。

対話から始まる広がりを、共同体という私的な輪の中に閉じ込めず、公共的なるモノにアクセス出来るような道に「乗せてあげること」を始めたいのだ。

それはきっと、「人間的」という意味、「動物的」という意味を読み替える作業でもある。

またもしかするとそれは「社会」という次元を「自然」=「世界」という次元で読み直すことなのかも知れない。

それは決して技術や経済やら政治、社会の「外部」にアクセスして答えを探す、ってことではない。

人の中へ。
人の中の「自然」へ。
私たちがこの場所で生きるための可能性条件という「地面」の問い直しへ。

考え続けているのは、おそらくそういうことだ。



LTE こそがスマホの性能だ。

2012年11月22日 22時23分05秒 | インポート

我が家が今日、LTE圏内に入った。

速い。
圧倒的に速い。

繋がったら、下りの瞬間速度はWi-Fiより出てるんじゃないか、という感じだ。

手元のソフトで計測したら、下りは各4回の平均で

3Gが.4Mbits/sec
LTE が8.2Mbits/sec.
Wi-Fiが10.4Mbits/sec.

体感ほどではなかった。

だが、最初の繋がりの時の立ち上がり速度が違う。
最大速度はLTEは最初が速い。
LTEの最大速度は17.2Mbits/sec.

これは、体感的な速さと一致している。

まだ使っている近所の人が少ない、ということもあるかな(^-^)

そして改めて感じたのは、このiPhone5は、LTE接続があって初めてふさわしい性能を発揮できるのだ、ということ。

この接続速度あってのスマホですね。
こうなると贅沢なものでテザリングを試せないのが残念。

12/15が楽しみです。



神子田朝市(盛岡)のこと 市場の魅力(2)

2012年11月02日 19時30分33秒 | インポート
もう一つ、印象的な朝市がある。
それは岩手県盛岡の

神子田朝市

だ。ここは毎日開催されているから、本当の意味で地元の市場。

八戸の岸壁埠頭と違って、限られたスペースに、びっしりとお店が並んでいる。
月曜を除く毎日開いているから、地元の密着度もちがっている。

どちらも観光客をうけいれているが、観光産品中心ではないところも共通している。

ただ、市場のタイトさ、は神子田の方が上だ。
八戸の方が週一だからイベント性が高い。

それに対して神子田は、毎日の台所の感じがある。
それは、売っているもののちがいというより、売っている人たちの、そして買って行く人たちのスタンスの違いだろう。

たしかに買い物が手軽なのは、スーパーマーケットかもしれない。

でも、スーパーのそれは、売り手と買い手の関係性が一旦断ち切られた上で再編制された流通の便利さに過ぎない。
そして、それでいいじゃないか、と思って僕らはずっとやって来た。

今更「市場」かよ、と言われてしまうかな?

でも、大震災以後、原発事故以後の、私たちの近代的かつ文明的なシステムが通用しないこの人間の営みの薄皮が剥がれてしまった「ナマ」
の様子をずっと見続けていると、人と人とが出会って、作った人の手から手渡してもらうことがどんなに大切か、がよく分かってくる。そういうことだと思う。

福島米を売るためにはセシウムの全袋検査もしなきゃならない。それはやり続けなきゃならない。忘却装置の作動を待ってはいけない。

と同時に、人が人と直接出会う場所を、例えば市場のような場所を、用意し続けねばならない、そう思うのだ。

それは、面倒、だろうか。

うん。
「スイッチをひねれば電気を使える生活」に対する依存を解かなければ、この便利というベクトルは容易には回避できない。それはそう。

でもね。

面倒な方がいいこともある。度合いというか程度というか、バランスというか、中間領域の手渡し感覚を失った便利さが、それだけで一元的にどこまでも伸びて行くというのは理性(1)の描く幻想だろう。
少なくても、私は、私の目覚めた理性(2)は、そう呟いている。

理性(1)だけに任せておくはなしではなくなった、と。

朝市は、その理性(2)が大きく反応するシステムだったということだ。

郊外型ショッピングモールの楽しみ方と、どう比べたらいいのか、はたまたアウトレットのワクワクと、どうちがうのか。
モノを売り買いするということひとつとってもいろいろ考えされる。
ここから先はまた宿題だ。