monologue
夜明けに向けて
 



米国英語教育プログラムでのクラスメイトだったイラン人たちはみんな大声で意見を述べ合うのだがその中にも思慮深げな人物はいて、みんなが騒いだあと静かに締めのようなことをいう。そして他民族の代表のようにわたしにも意見を訊く。わたしは部外者としての意見を述べた。かれらはチェスが好きで昼休みも休み時間も集まって楽しんでいた。チャンピオンらしいヒゲの男が脇を通ろうとするわたしを見とがめてチェスをしようと誘う。他民族代表としてわたしをチェスという知的競技に誘っているようだった。わたしは日本将棋は好きだったので松下電器で働いていた頃、将棋部で将棋職域団体戦京都滋賀大会で松下電器の選手の一員として出場して優勝したことがあったけれどチェスはあまりやったことがなくどうせ歯が立たないから断った。勝負するのなら勝てないにしてもいい勝負ぐらいにはしたかった。
 そしてある日「ボビー・フィッシャーのチェス必勝法」という本を図書館で借りて帰った。何日か真剣に勉強してチェックメイト(詰み)のテクニックや基本定跡を覚えて、昼休みに集まって騒いでいるチェス好きのそばに素知らぬ顔で近づいた。やはり一通り対戦相手に勝ったクラスのチャンピオンが手持ち無沙汰になってわたしを誘うので仕方なさそうに受けて立った。油断していたらしく局面は覚えた定跡通り進み、チャンピオンは不思議そうに自分のキングを倒した。かれはボビー・フィッシャーに負けたようなものだった。申し訳ないような気がした。いくら強くても自信過剰で定跡にはまってしまってはいけないのだ。
fumio

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