どこやらの外国で、自動小銃で武装した兵士達に混じって
東洋人風のサングラスを掛けたシビリアンの男、
一体何者でしょうか?
とっても、怪しいお兄さんですね。
実は、1986年コロンビアの火力発電所建設工事現場へ
海洋土木建設会社の通訳兼事務長として赴任して
いた時(当時31歳)の私です。
ゲリラや麻薬マフィアなどが頻繁に出没していた地域でしたので、
発電所へ出張警備をしていた兵士達との記念撮影です。
3千人以上が働く工事現場ですから、殺傷事件も多かった上に、
毒蛇、毒蜘蛛、サソリなども居ました。その上に、
最寄りの都市までは車で100kmで飛ばしても1時間半は
かかる僻地。途中には軍隊やら、警察やらの検問だらけ、
街に出ても、誘拐やら強盗の心配もあるような所でした。
まあ、普通の日本人には暮らし易い土地ではなかった事は
間違いありません。
とはいえ、途中ココ椰子の生ジュースを飲んで
休憩できるガルシア=マルケスの小説に出てきそうな
巨大な椰子蟹を見かけるビーチもありました。
まあ、当時は独身でしたから行けた赴任地でしたが、
今だったら、ちょっとパスですね(^_-)。
とても過酷な環境のようにお見受けします。そのような環境でお仕事をなさっていたら、少々のことはたいしたことはないと感じられるのではないですか(笑)。
私にはとても真似できそうにありません。
私自身はともかく、他の日本人スタッフ達に安心して仕事をして貰い、無事に日本へ送り返すまでが仕事でしたから、やはり心が安まる事は一時もありませんでした。
ここに到底書けないような事故や事件もありましたが、とにかく工事を完成させ、所長と私を最後に海洋工事関係の日本人全員が帰国の途につけた時は、本当にホッとしました。
このような経験は、只々若かったからできたとしか言いようがありません。