海自潜水艦「そうりゅう」の、接触事故が報じられた。
防衛省の発表では、接触事故は足摺岬南東50Kmの海域で、訓練中の潜水艦の潜望鏡部分と航行中の中国船籍の船底が接触し潜水艦乗員の3人が打撲等の軽傷を負ったものの商船に被害はないというものである。
潜水艦勤務の経験がないので、以下は伝聞や一般的知識に依る記述であることをお断りしておくが、船の浮力は船が押しのける水の反作用であるために、水上艦は自身の重量よりも浮力が大きい「正浮力」の状態で浮かんでいる。一方、潜水艦は空気タンク内の空気量を調整することで「正浮力」「負浮力(浮力よりも重量が大きい潜航開始状態)」「中正浮力(重量と浮力が等しい水中運動状態)」を人為的に作り出しているために、空気タンクや空気制御システムの損傷は艦に致命的な結果をもたらすことになる。
全てのシステムにおいては動作環境を切り替える際に異常は起き易く、航空機では離着陸を魔の数分と呼ぶように、潜水艦でも潜航開始と浮上時には特段の緊張感を強いられると聞く。
今回の接触事故では空気システムに被害が無かったことで重大な結果から免れ得たものと安堵しているが、訓練海域の選定や浮上時の安全確認にいくつかの教訓を示しているように思える。
事故の起きた海域は内航商船の航路帯に位置しており、防衛省が発表した訓練であれば、訓練海域としては一考の余地があるように思う。
また、数十年前の教育課程で席を並べた同僚(潜水艦ソナー員)からきいたところでは、浮上前の海面安全確認は相当に難しく、聴音と潜望鏡で確認し浮上した場合でも、驚くほど近くに船舶がいることがあるらしいので、今後とも十分な教育訓練に努めて欲しいものである。
海の忍者と呼ばれ、潜水艦は潜航状態であれば水上戦闘艦を凌駕する戦闘力を発揮するが、海中での運動性能を重視しているために浮上航走時の運動・索敵・攻撃力は水上艦に比べて格段に脆弱であるため、浮上した潜水艦は水上艦に抗すべきも無い。さらに、前述したように潜水艦は浮力維持という宿命を背負っているために、内殻以外の船体強度については商船をダンプとすれば潜水艦は小型車並みの強度しか持っていない。今回の接触事故でも潜水艦は軽傷者を出し潜望鏡部分に損傷(潜航不能?)を受けているが、商船は衝撃すら感じていないと報じられている。
2018年05月25日『潜水艦「そうりゅう」のデコイ亡失』にも書いたことであるが、防衛省が艦名まで公表したことに限りない違和感を感じる。事故の速報は潜水艦から電波で報告されたと思うが、軍用電波は中国をはじめとする各国が聞き耳を立てているので、電文と発信者・内容を容易に対比できる艦名情報を公表することに何の利益があるのか疑問であり、最大の受益者は空母による東南シナ海の覇権に大きな制約である海自潜水艦の情報を得る中国であるのは明らかである。官僚の不祥事に際して公開された「海苔弁」資料は個人情報保護を盾にするが、軍の詳細を公表して損なわれるであろう事態は考え及ばないのだろうか。若し防衛出動が発動した場合にも、出動部隊の詳細や行動予定まで敵に教える発表を続けるのだろうか。
自衛隊の事故の全てを隠蔽すべきと云っているのではなく、正面兵力の能力や脆弱性を露わにしかねない利敵行為を止めようと云っているのである。「〇ンナ賢しゅうして牛売り損なう」と云うが、「情報公開を重視し、自衛力損なう」ことにならないことを望むものである。