先日とりあげた『線路を楽しむ鉄道学』で紹介されていたので早速購入。
著者は地理学の研究者で、鉄道忌避伝説が資料のない俗説だという研究は1980年代から学会誌などに発表されていましたが、その第一人者である(らしい)著者が一般人向けの本にしたものです。
とはいっても「吉川弘文館 歴史文化ライブラリー」のシリーズなので、普通の書店ではまず置いていなそうです。
本書では各地に残る「鉄道忌避伝説」が事実かどうかを検証するとともに、その俗説が出た背景を探っています。
一言でいえば、鉄道事業が始まった1872年以降、1880年代までは鉄道敷設に伴う築堤による農業水利の変化や洪水時の被害拡大を恐れた反対や、軍部の反対(新橋駅のところに海軍施設を作りたい、とか予算配分の問題)などはあったものの、そもそも鉄道自体は嫌悪施設として嫌われてきたことはなかった。
既成市街地の外に鉄道線路ができたのは住民の反対運動などによるものではなく、
・急勾配や長い橋を避けるために路線を決めた
・既存市街地だと用地買収が難しかった
・鉄道の延伸計画が相次いだため駅舎を終端駅でなく通過駅として設計する必要があったので、市街地を分断するのは困難だった。
などが主な理由であるとしています。
終端駅というのは大都市では上野と新橋くらいしかなく、大阪駅も神戸-大阪間が開通した時点で京都延伸計画があったので通過駅になったそうです。ちなみに山手線の上野~新橋間は既成市街地のため計画が難航し、環状運転になったのは大正14年になってから(関東大震災のおかげ?)です。
要するに「忌避」されたのでなく、もっぱら鉄道側の都合であり、中心市街地を避けるのが合理的だった、ということです。
語り口は学者風に堅いのですが、史料をもとに論理立てて語っていて説得力があります。
本書で多く引用されている史料の中でも初代鉄道局長井上勝の発言は、明治初期の閣僚の心意気を感じさせます。
井上は、国防のため鉄道は海岸線を避けるべきで、東京大阪間は中山道ルートを通すべしという山県有朋ら陸軍に対して、その不合理性について真っ向から反論したうえで、鉄道を語るならもっと勉強してから来いなどと啖呵を切ってみたり、地元からの反対に対して
此ノ如キ苦情ハ鉄道到ル所ニ必ズ之レアリ。皆自ラ道理ニ屈シテ言ハザルノミ。・・・而シテ此請願ノ挙タルヤ別ニ事情目的ノ存スルアリテ、実際ハ必ズシモ請願者ノ謂フ所ノ如クナラズト伝聞スルモ、民情ヲ考察スルハ別ニ其ノ当局者アルベシ。
と地元のいざこざを持ち込むんじゃねー、と切って捨てているあたりは清々しさを感じます。
今の役人は大津波警報で津波は実際に来たのに被害が出なかったからといって謝罪をしてしまうという状態にあるようですが、理屈が通ってない要求は「○○先生の依頼」とかマスコミを味方につけた地元の反対運動などにいちいち配慮せずに切って捨てるのが健全というくらいの世の中にならないと、行政コストは上がるわ、なり手はいないわ、と言うことになってしまうのではないかとそんなことが心配になりました(既にそうなっている?)。