少し前に何気なくつけていたTVを見ていたら雪が降っているロシアの国道を自転車を漕いでいる日本の青年の姿が眼に入った。
その番組は途中からだったので、あまり気にも留めていなかったのだが、先日再放送を番組欄で見つけ予約録画しておいた。
今時のこのような行動的な青年がいるのかと興味を持って見ました。
冒険家、角幡佑介さん36歳。 自転車には荷物が何も見えない(空荷)のでNHKが面白がって自転車を漕がせたのであろう。
彼自身の旅なら荷物も持っているべきなのだが・・・。
老婆心はさておき番組の内容はなかなか好感が持てたし、彼の物怖じしないインタビューなどから少し気にいった。
ネットで調べると『空白の五マイル』というノンフィクション作品で、2010年開高健ノンフィクション賞、2011年大宅壮一ノンフィクション賞、新田次郎賞などノンフィクションの賞を総なめにしている。
『空白の五マイル』ネットで注文し購入、読んで見た。
一気に読ませる面白さもあり、また私の若い時を思い出させ久しぶりに血がたぎりました。
私も早稲田あたりに行って探検部にでも入っていたら同じようなことをしたかもしれない・・・。
しかし決定的に違うことは、私には彼ほどお金が無かった。山岳部にいても毎回山へ行くお金がなく半分もいけなかった。
まあ私らの世代の学生はたいてい貧しかった、卒業しても食うや食わずで山どころではなかった。
彼の実家は起業家で、そのへんの心配をせず探検に没頭できたのではとやっかんでしまう。
その彼の著作の中のツアンポー峡谷の奥地にでてくる洞窟(下)
を彼は、シャングリラの一つではなかったかと書いている。
(チベットの古い聖典、「Nghe-Beyul Khimpalung」にはシャングリラのような聖地が7つ登場するが)
彼の一回目の探検の最終到達地でもある。
全く人が入れないような場所にそれはあるが、そんな場所であるからこそ聖者が住む「シャングリラ」ではなかったかと描かせるような夢がある。
ナムチャバルワ
※シャングリラとはイギリスの作家ジェームズ・ヒルトンが1933年に出版した小説『失われた地平線』に登場する理想郷(ユートピア)の名称。ここから転じて、一般的に理想郷と同義として扱われている(ウィキペディアより)
『空白の五マイル』にでてくるツアンポー川よりは北にある長江の源流域が出てくるNHK-BSの番組を昨日早送りで見ているとチベット東部のシャングリラ と呼ばれる場所が出てきた。
中国政府がヒルトンのシャングリラは中国にあるとばかりに長江流域のチベット東部をシャングリラ県と改名してしまった。
豊かな緑があれば畑も耕されるだろう。
長江流域のシャングリラ県は綺麗に耕作され、笑顔のチベット族が手を振っていたけれど、なぜかしっくりこない。
チベットの民はもともと放牧を生業にしていて定住地は持たなかったのでは?
だとするとこの地はチベット人にとってはシャングリラ ではないではないか。
民族衣装を着て観光客と一緒に写真を撮ることで収入を得ている少女が出てきたけれども・・・悲しそうな表情が印象的でした。
最後に角幡佑介氏の『空白の五マイル』にも出てきた滑車でワイヤーを伝って渡河する昔の映像も長江の番組に出てきた。
まさにサーカスだ。
ナムチャバルワも凄い、マッターホルンに似てるような。
しかしこちらは7782mと、マッターホルンを遥かに凌駕します。
ワイヤーでの渡河は馬もですか、高所恐怖症の馬だったら困るでしょうね。
厳しい表情です。この番組、見たかったです。
ロシアは中国と違って左側通行なんですね。最初の画像は、昔通った中国の
ウルムチに似ています。マイナス20℃の世界は寒すぎて雪も積らず、そこらじゅうが
凍結していました。ホテルの従業員の女の子は、休暇で実家に帰るために
何時間も歩いて行くというので、空港に向かうタクシーに同乗させてあげた
ことがありました。
シャングリラは、もしかしたら時間空間を超えた人のそれぞれ心の中に存在するものかもしれませんね。
ところで最後の画像をみていたら、馬も空を飛ぶ時代、大変だなと思ってしまいました
20年ほど前でしたか・・・当時未踏峰であったナムチャバルワを日中合同隊が登頂したときのビデオ映像(NHK)持っています。
Chifu山へ:峡谷の写真は『空白の5マイル』からスキャンしました。「ロシアルート1の旅」はまたいつかやるでしょう。4月ころの旅だっとようです。
一番下2枚は2日ほど前の『長江』からキャぷしました。
昔ウルムチまで通ったのですか?行くだけでたいへんだったでしょう?私の知らない未知の場所です。
ぱぺっとさんへ :関野さんなんかは有名ですね。私の友人でも結構冒険や長旅をした人がいます。
なかなか普通の生活に戻るのが大変なようです。
最後の画像は最近放映の『長江』の中で昔はこういう風にわたっていましたという過去の画像です。現在は同じようワイヤーでもゴンドラ風になっていてサーカスのようなことはありません。
角幡氏が行っていたツアンポー川はいまでもこの一本滑車のワイヤー渡河らしいです。