マーベラスS

King Of Western-Swing!!
歌と食と酒、それに声のページ。

うれしいね。復活、銘酒屋

2011-04-16 01:54:14 | 

いま、大阪の玄関口、梅田が「うめきた」を中心に大きく変わろうとしているが、
南の玄関口、天王寺だって黙ってはいない。阪急に対して近鉄が対抗するというか…。
お互いかつてのパシフィックリーグで闘った間柄である。

天王寺駅と近鉄百貨店を結ぶ阿倍野陸橋がもはや通行止めになり、
飛田遊郭へ通じる旭通り商店街が姿を消し、阿倍野筋西側はガラリと姿を変えた。
でも、向かいのちん電沿いは相変わらずですよ・・・。



三井住友BKのあった辺りですかね、Hotel Trustyという高層ホテルがほぼ出来上がっている。
しかし、スイスホテルより南にそんな宿泊ニーズありましたかね。

愛する「明治屋」も最後の最後まで孤塁を守ってらっしゃったが、ついに断念し、昨年10月いっぱいで閉店。
こっちはうっかりご無沙汰してるうちに、閉店となって寂しいことこの上なかった。
「明治屋」なけりゃ、阿倍野に出かけるアリバイもなく。変貌する街に居心地悪いばかりで。

そんな明治屋が転居。引っ越したのはキューズタウンというこの大型施設の中の1階。
この中はグリルマルヨシ、名門酒造、アベノなどが入って、昔からの顔ぶれが生き残っている。




新しい店舗が揃う中に、ひときわシブイ輝きの店。
それが新生「明治屋」である。
太田和彦氏からも花が届いていた。彼はこんな記念碑的な店がつぶれるのを黙って見過ごすような
大阪人は見限った…みたいなことをどこかに書いていたそうな。

案じていたが、暖簾に扉から置き看板まで前のまんま。そのまんま外して持ってきた由。

中へ入ると、まったくデジャブである。
 
来る人来る人、「あれ?一緒や…」と首をひねるのが可笑しい。


カウンターはもちろん、四斗樽の場所から、初代からの銭箱、牛の像まで同じ。
神棚の位置も、黒板の漢字(女将が書いている由)まで。





よくもここまでまぁ、酒飲みの心を分かってらっしゃるというか・・・
建築屋は閉める前に何度も足を運び、ここで飲んだという。
長年、客と店の人たちが作ってきたアトモスフィアに触れた。
で、変えてはいけないものを悟ったのだろうと想像する。





こいつだけは新しくなったという銅壺。
外観と蛇口はちがう職人が関わっているらしく。蛇口を修理する人が廃業し、
長年洩っていた。それを秋の休業の際、ニュース番組で知った別の職人が、
「私に修理させて下さい」と名乗りを上げてくれたのだという。
まだ、棄てたもんぢゃないね。





酒は長らく松竹海老という樽を使っていたが、阪神大震災を機に廃業。
現在は、梅の宿(奈良)。以前はもっと甘口で、ちょいとベタつく感じがあったが、
それがいかにも古い大阪っぽかった。でも、少し辛口になったのは時代の要求でもあるような気がする。

こんな時代だ、日本酒にがんばってもらわねば。 

がんばれニッポン!がんばれ日本酒!





酒肴も復活した。カウンター、客テーブル、猫の額ほどの小上がりも復活。

キッチンもきれいになった。昔の水屋的な台所も懐かしかったが。

漆喰の壁はすでにうっすら汚れていて、嫌味にならぬ程度にわざわざくすみを入れたという。

復活に乾杯。 よくぞここまで再現してくれたことに乾杯。 鼻の奥の辺がツ~ンとしてくる。





きずしに、シューマイ…

この辺りを口にすると、ああ明治屋ここにあり。という気がしてくる。

惜しむらくは、会話が途切れた瞬間、いい間で耳に入ってくる、ちんちん電車の軌道音が聞こえないことだ。

酒飲みたちは戯れ言で、10分に一回とか録音を流そう…などというのであるが。





極楽にいる滝沢一お師匠さんよ。そっちの酒の味はいかがでやんすか。
アナタに教えてもろた酒場は、みごとに復活しましたよ。

知らない人には蛇足だが一言。ここは大人の酒亭。その辺の居酒屋とはちがう。
少しずつ譲り合って酒をしみじみと楽しんでいた大人たちの店である。
酒を飲みに来る店である。どうも食堂かなんかと勘違いしてる若いのが多くて、ゲンナリする。
黙って酒を飲む。 肴はせいぜい2,3品がところ。 長居は無用。それがスマートな酒場の使い手ってもんだ。

言い忘れた。あとはご不浄もきれいになった。
昔はウェスタン風のスイングドアが片方だけついていたが、 
万事昔風だが、こいつばかりは近代的な方がいい。


              「明治屋」   大阪市阿倍野区阿倍野筋  ヴィアあべのウォーク


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紀州駅裏酒場

2011-04-10 11:41:57 | 

Western Swingの王 Bob Willsは酒に強かった。しかしアル中気味で、酒によって命を縮めた側面はある。
Bob Willsを引き合いに出すまでもなく、外国人のアルコール分解酵素は日本人の比ではない。
Seldom Scene、Country GentlemanのJohn Duffeyはカティサークの瓶持ち込んでグイグイやってたし、
Sam Bushもスカッチ、氷なしだった。

西部劇みたいにクイッと呷るのはカッコイイが、日本人が真似してると、まぁ、たいがい胃がイカレますな。
日本酒とでは土台、アルコール度数がちがいまさぁ。


男らしくない、などと言われても構わないので、水のみながら酒飲みたいもんだ。


畏友、北畠健三師匠いわく、「酒が好きなんぢゃない、酒場が好きなんだ」

そうなのだよ。

酒場にただよう詩情を味わいに、あっちこっち丁稚してる訳で、
ただただ酒が飲みたいならば、ワンカップ買って、自販機にもたれて呑んでらぁ。

いい飲み屋には歌があるもんだ。 スイングだい。 いやさ、ブルースだい。





詩情は旅情が加わると、尚更沁みてくる。

なので、何処にいても、古い酒場を探すことになる。




壁一面の、品書き。  いいねぇ~!




こういう駅裏の酒場で、流れ流れて、どこぞの踊り子と一杯やりたい・・・

イワシのたいたん 370円




おでん 1個130円   でかくてちょっと困った。

 



富山の酒一 純米大吟醸   一杯1200円が530円に値下がりしてた。
猪口も大ぶり。




ろうそく色のきずし   和歌山の人、このペラペラのバランもどき、好きだね。




山芋のじゅじゅ焼き 530円
これはオリジナルだな。お好み焼きより軽い。


たぶん、名物。  いわしの団子汁  480円
汁ものをすすりながら、酒をやるのはいい。




駅裏といっても、こんな立派な街中にある。
酒屋の角打ちが大きくなって居酒屋になったふう。階上では宴会もできる規模。





水了軒、つぶれたが会社更生法などで、復活してるのだろうか・・・。
和歌山も、ちょいと元気なかった。


                    多田屋    和歌山市美園町5丁目

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おでん、茶めし、かんとだき

2011-03-04 05:35:05 | 




春まだきの冷たい風に吹かれりゃ、おでんに燗酒と行きたいもんだ。
東京ぢゃおでんに茶めしが付き物。 なんですかそれ? 春だしお答えしませう。
その昔はお茶で炊いたのか、かやくご飯のいろいろ具材の入らないものと理解。
おでん以前、江戸では「菜めし、でんがく」といって、大根の葉っぱを炊きこんだ。
だから、東京ではおでん、ごはんのおかずな訳ですな。





ところが、関西はさにあらず。 酒のあてであり、甘めのかんとだきは子供のおやつでもあった訳で。
弘化元年創業の「たこ梅」などは元々、立ち飲みで酒とかんとだき、たこの煮たのだけだった。
居酒屋のルーツは煮売り屋。だから当初から煮込んだ魚菜は酒とともにあったと思われる。
田楽時代は別にして、その後、味噌で煮られ、醤油の開発と共に、醤油ベースで煮られることになったおでん。
どっちにせよ、もっちゃりした、洗練からは程遠い、だがほっとさせられる食べ物にちがいない。





ここ神戸の「まめだ」は80年以上続く老舗。 やっぱり最初は大根からまいりたい。





ひらてん  いろいろ混ぜ物のないのがよろしい





ちくわ、ぎんなん、厚揚げ  せめてこの程度で。あんまりいっぺんに頼むと恥ずかしい。
だってあてなんだから。 昼はおでん定食などしてるそうだが、おでんに白ごはんもなんだかな。





一品ものもしゃんとしてる。  きずしは定番で頼んでしまう。
だし昆布も一緒に刻んでくれるのはうれしいね。





牡蛎フライもよろしんぢゃないですか。
銘柄は忘れたが、ここの燗酒相当にうまかった。





珍しい手羽なんてのがあった。 柔らかく煮られ、ほろほろと身離れよろし。

人生に疲れた男が、おでんの屋台でも引こうと思ってます…なんてものだった、昔は。
役者なら池部良、高倉健では二枚目すぎるか。三井弘次、沢村いき雄、おっといた、中村是好。
こういう人のおでんならさぞ旨かろう。

かつての行状を隠して、客を迎え入れ、無口な中にもなんだか人生の陰影を感じさせる店主で。
電信柱の影で屋台で燗酒。遠くで犬の鳴き声。アツアツの燗酒グビリ、常連は身の上相談を始める。
店主は黙って聞いていて、ぽつりと短いことばを返すだけ。
ただそれだけで、客の肩の荷は少しだけ軽くなる。

そんなおでん屋の親父にあこがれるが、おでんは下仕事が大変で、いくら手をかけたかによって
味を左右する料理だ。客の目の前でするのは仕上げの作業だけだ。
そんな勤勉ぢゃないので、俺にゃできないなぁ…。






餅入り、きんちゃく
これも経木でもって口を締めて、おでんは手間を食うもんだなぁ。

雨のしょぼしょぼ降る晩に、まめだが徳利持って酒買いに・・・大阪のわらべ歌だ。
まめだとは豆狸、イノシシでいうウリ坊みたいなもんだ。





その愛嬌のよさから、関西人には愛されてきた。
かわいい顔してちょいちょい人間を化かす。


        まめだ   神戸市中央区三宮 三宮センタープラザB1


 

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濃いよ、昼酒、尼崎

2011-02-11 16:58:10 | 



尼崎という街、鹿児島、沖縄出身の住民が少なくない。
それは、大正時代、沖縄と大阪が航路で結ばれ、尼崎は九条と並び、重要な港であったことから。
尼崎の工場地帯にも多くの労働力が南から流入していたと考えられる。




西成系、大正系、生野系ホルモン焼き、いろいろにあれど、
それぞれの町に生きる人たちを反映していとおかし。
ここは40年以上続く店。もちろん昼間っから一杯やれる。近所の人がおかずに買って帰る。
店先のホルモン用の鉄板がいい具合にくたびれて、斜めに傾いている。





もちろん郷に入れば郷に従い、ホルモンをいただくのが常道。





大腸、肺など。コテコテに見えて、意外に薄味なのである。
ボクなどはもう少し、醤油もニンニクなんぞもきかしてと思うが、このアッサリ感が長年信任されてきた。





冷奴を入れるケースのような、これを楊枝でつつきながら焼酎湯割りなんぞをグビグビ。
一味をかけて、この場合七味ではダメだ、一味。 飲んで鼻つまんで走り出したい気分。
ああ、このディープ感。 そして解放感。 なんだろう、男はこういうのがたまに食べたくなる。


いや、食べたいというと語弊がある。 こういう気取りのない店の空気の中に身を置きたくなる。
そして、まだまだいける!と気合を入れ、ふんどしを締め直してシャバへと歩き出す。

昼間、仕事を抜け出してこういう店でぐだぐだしてる気持ちは悪くない。ぜひ、会社で叱られた
営業マン諸君には、外回りと称して来てもらいたい。今日はまぁいいさ、明日があるという気になるぞ。





ここが圧巻! 4本ほどの商店街の出口(入口でも)がすべてここに集まっている。
体内の静脈だか動脈が集まっている場所のようだ。
そんな場所でホルモンを食べる気持ちは、格別なのである。



       ホルモン焼き「鹿児島屋」     尼崎市玄番北之町   出屋敷との中間辺り
  

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鯔背だぜぃ、小肌

2011-01-02 15:20:14 | 



当節、大阪でも当たり前のように出てくる小肌。

だが10年前は江戸前の下ごしらえをした小肌を食べようったって、
そうそうあるものではなかった。
突堤から海をのぞくと、いくらでも鯔(ボラ)の姿は見られるのだが、
油くさくて、食えたシロモノではない。
中央市場辺りで入手できる小肌は、九州熊本とか長崎などのものが多いと聞く。

子供の頃、近所の寿司屋に注文した並の盛り合わせには、小肌の親、
つまりはコノシロが、なかば乾いたみたいな身を晒して、そっくり返って現れた。
親がヒカリものギライだったので、こっちもあのメタリックな皮めがダメだった。

だけど、東京にいる頃、貧乏書生のくせに小銭を貯めては、名の通った寿司屋に行き、
食べた小肌のうめえのうまくねえの。ほっぺたが落ちると同時に、目から鱗がボロボロと何枚も落ちた・・・。

いなせ(鯔背)という、江戸っ子が最も好む気風に鯔(ぼら)という漢字が使われるのは、
日本橋魚河岸の若いもんが髪を鯔背銀杏(いなせいちょう)に結っていたから、といわれる。
粋で勇み肌な若い衆の容姿や気っ風を、あの魚の背で表すのは興味深い。

鯔も出世魚であり、オボコ → スバシリ → イナ → ボラ → トド と変名する。
トド以上はならないことから、トドのつまり…という。
長椅子の上にドベッと寝そべって、TVの前から動かないトドのようなヨメはん、のトドではない。
(特定の個人を指すのではありません)

さて、こちら10年版ミシュランガイドで1ツ星になった、大阪京橋の寿司「すし処・広川」。
怪しい裏通りの黒っぽい店。場所は聞かれても、特にややこしい京橋では私には説明不能。




八寸風の小さなアテから始まり、酒を頂き、寿司へ。
酒肴系の技もいろいろお持ちのご様子。 ここでカウンターに貼りついて
じっくり飲みたいなぁ~。


こいつは、タチウオをさっと炙ってある。

いろいろ頂きましたが、あえて撮影は少しだけに。

思い出した、「もつ鍋まつい」の近所。





牡蛎の煮たのは珍しい。ここは煮イカなども出す。





シメは玉子で。
京橋という土地もあるのだが、北新地よりもずっと肩の力を抜いて楽しめる感じ。
店主も余計なプレッシャーを与える人にあらず。
京橋価格で楽しめるといってもよろしゅござんすな。


         すし処 広川    大阪市都島区東野田町3   

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