俺は、たいていバックヤードから店内へ通じる通路に立って、スウィングドアの透明な窓から商品の売れ行き(←カト担当、ヤマザキハンバーガー)とスタッフの動きの両方に目を光らせている。
さっきまでは、エンドでお菓子を並べていたカトがバックへ台車を引いて、戻ってきた。
今、店内はパンと牛乳の両方が品薄になりつつある。
それぞれスタッフは自分の担当の荷出しに追われ、まだ、バックへは戻ってこない。
仕方がないなぁ。俺が牛乳の補充をして・・・パンの方は担当者のカトに・・・
「カトくん、食パンの追加補充、頼んでいい?」
「了解」
カトが食パンと共に店内へ出て行った直後、パン売場と牛乳売場の両方に一番近い所でカップラーメンの荷出しをしていた鈴木すず子がバタバタと戻ってきた。
「あっ、鈴木さん・・・・ぎゅう・・・」
「牛乳でしょう? はい、今、出します。でも、お客さんに長崎ちゃんぽん1ケース、アメリカで暮らしている息子さんに送る分が欲しいって言われているので、それを手渡してからでいいですか?」
勿論、構わない。顧客がつくのは非常に良いことだ!
俺は念のため、店内へ出て行き、日配と日替わり商品(広告の品)を主に見て回った。
「つばめ君、エンドに出してある飲料の野菜生活、底上げして!」
「はい」
つばめ君は例のごとく、45度の礼をした。
相変わらず、礼儀正しい学生バイトくんである。
日配の前へ着た俺は、ヨーグルトが減っているのが目に付いた。これも、そろそろ・・・補充してもよさそうだな。
そして時刻はそろそろ11時半・・・。例のものを荷出ししてもよい頃だ。
俺はバックの通路に仁王立ちし、スタッフが定番商品の荷出しを終えて、戻ってくるのを今か、今かと待っていた。そのとき、やって来たのは岸辺さん。缶詰の荷出しを途中まで終えてプラットホームへ向かう途中の岸辺さんを俺は多少、申し訳なさそうに呼び止めた。
「あ! 岸辺さんっ! ヨーグルト出して!」
「はい、副店長」
時刻は流れ、時計を見ると、とうとう11時50分になったぞ!
しかし、その後、どのスタッフもバックへは戻って来ない。俺が焦りだしたところへ矢木さんが戻ってきた。
「あっ! 矢木さんっ! こんにゃく出して!」
そうだ! 例の物とは、ズバリ!! こんにゃくである!
こんにゃくは取引先がオープン前に並べるのだが、主たるものは、こちらで補充する。よっぽどのことが無い限り、オープン前に売れ筋のこんにゃくが空に近い状態になることはない。そこで俺は毎日、こんにゃくをチェックしては、11時半頃にスタッフに指示を出し、こんにゃくを出させていたのである。
そのお陰で、末永さんには、「こんにゃく副店長」と形容されるまでになった俺。
俺が今回、こんにゃくを出して!と指示を出したのは調味担当の矢木さんだが、彼女は忙しそうにバック在庫の周囲を行ったり来たりしていた。
俺の声が聞こえたのかどうか・・・もう一度、言ってみる。
「矢木さん! こんにゃく出して!」
今回は俺の声がはっきりと聞こえた矢木さんは振り返ると時計を指して言った。
「副店長! 私は今日、12時までの勤務です。あと、数分で12時ですから、もう帰ります!!」
そっ・・・そうか。時間差で出勤してくるスタッフの勤務時間終了も一応は把握している俺だが、こんにゃくに気を取られ、しくじってしまった・・・・。
矢木さんが退社し、15分が経過した頃・・・・。
今度は鈴木すず子が戻ってきた。う~~ん。何か反論されなければよいが・・・。
「鈴木さんっ! こんにゃく出して!」
「・・・・・・」
一瞬の間がある。すず子は今日は2時までの勤務だった筈。
「・・・・・はい、分かりました」
意外と素直に返事をした。
ほっ・・・・。
それから更に10分が経過し、売場の荷出しも補充も、ほぼ落ち着いたところで、俺は再び店内へ出て行った。
飲料の前を通りかかった、とのとき・・・・。俺は矢木さんが叫ぶ声を聞いた。
「あらぁ~! 鈴木さんっ! 鈴木さんが、こんにゃくを出しているのね~! きゃははははっ! いや・・・・ね。南副店長が、私に こんにゃく出して! っていうから、私は12時までなので、もう帰りますっ!!って言ったんよ。
今度は副店長、鈴木さんに こんにゃく出して! って言ったんやね。きゃははは!」
ガーーーーーン!!!
俺は飲料売場の角を曲がり、座ったまま こんにゃくの補充をしている鈴木すず子と
買い物中の矢木さんから
ほんの1メートル離れた場所に棒立ちになったまま、
動けずにいた・・・・・・。
更に運が悪いことに!
振り返った すず子と 俺は、バッチリと!
目が合ってしまったのである。
再びガーーン!!!
俺の後に、さくら通り店に赴任になった桃木副店長は、全く こんにゃく出して! と部下に指示を出さなかったらしい。 そのことで、末永さんから、
「今度の副店長、こんにゃく出して!って言わないねぇ~」
と、こんにゃくを基準に比べられることになろうとは・・・・
そのときの俺は、まだ、知らずにいたのである。
副店長って、辛いのよぉ。 俺、ミナミちゃんの背中・・・・。
ミナミ 部下を持つ上司の辛さが分かる貴方は、俺に愛のクリックを~
次回は、すず子の目線でお送りします。