昨夏のことです。
youtubeで、森繁久弥が歌う「城ヶ島の雨」を聴いていました。
それはそれは、情感たっぷり、しっぽりしたものでした。
“(雨は)ふーる ふーる”のところを、習いたてのギターで“ポヨヨーン、ポヨヨーン”とやっていたら、
この歌の雰囲気を、絵と書に出来ないかと思い立ちました。
それにはまず現地へ!と家内と直行。家内は三崎のマグロ目当て?
そこには、この歌の第1行(節?orフレーズ?)を書いた、白秋直筆の石碑もありました。
歌全体としては、第1、第2行と静かなトーンで入り、第3、第4行は一気に元気なトーンになり、そして、最終行です。
今回書きましたのはその最終第5行です。
雨は(者)ふるふる 日は(盤)薄ぐもる 船は行くゆく 帆がかすむ(可々須舞)
ある解説によれば、
もともと「城ヶ島の雨」は、白秋が色んな出来事(駈け落ちなど)から離れ、再出発する際の歌とのことです。
その再出発を目指し、第3、第4と、意気込んだものの、
一転、最後は、薄曇ったり、霞んだりで、トーンも寂しいものに変わり、
その門出も、何やら先行き不安げなものを暗示している・・・、とのことでした。
私の中では、歌と絵と書とが響きあった、といえば聞こえが良すぎましょう、
ただ混ぜくりあった、そんなチャレンジの一枚でありました。
(これも先の色紙の二作品と同じく、昨夏の展示会に出したものです)
[城ヶ島の雨]
(作詞 北原白秋 作曲 梁田 貞)
雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の 雨がふる
雨は真珠か 夜明けの霧か それともわたしの 忍び泣き
舟はゆくゆく 通り矢のはなを 濡れて帆上げた ぬしの舟
ええ 舟は櫓でやる 櫓は唄でやる 唄は船頭さんの 心意気
雨はふるふる 日はうす曇る 舟はゆくゆく 帆がかすむ
youtubeで、森繁久弥が歌う「城ヶ島の雨」を聴いていました。
それはそれは、情感たっぷり、しっぽりしたものでした。
“(雨は)ふーる ふーる”のところを、習いたてのギターで“ポヨヨーン、ポヨヨーン”とやっていたら、
この歌の雰囲気を、絵と書に出来ないかと思い立ちました。
それにはまず現地へ!と家内と直行。家内は三崎のマグロ目当て?
そこには、この歌の第1行(節?orフレーズ?)を書いた、白秋直筆の石碑もありました。
歌全体としては、第1、第2行と静かなトーンで入り、第3、第4行は一気に元気なトーンになり、そして、最終行です。
今回書きましたのはその最終第5行です。
雨は(者)ふるふる 日は(盤)薄ぐもる 船は行くゆく 帆がかすむ(可々須舞)
ある解説によれば、
もともと「城ヶ島の雨」は、白秋が色んな出来事(駈け落ちなど)から離れ、再出発する際の歌とのことです。
その再出発を目指し、第3、第4と、意気込んだものの、
一転、最後は、薄曇ったり、霞んだりで、トーンも寂しいものに変わり、
その門出も、何やら先行き不安げなものを暗示している・・・、とのことでした。
私の中では、歌と絵と書とが響きあった、といえば聞こえが良すぎましょう、
ただ混ぜくりあった、そんなチャレンジの一枚でありました。
(これも先の色紙の二作品と同じく、昨夏の展示会に出したものです)
[城ヶ島の雨]
(作詞 北原白秋 作曲 梁田 貞)
雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の 雨がふる
雨は真珠か 夜明けの霧か それともわたしの 忍び泣き
舟はゆくゆく 通り矢のはなを 濡れて帆上げた ぬしの舟
ええ 舟は櫓でやる 櫓は唄でやる 唄は船頭さんの 心意気
雨はふるふる 日はうす曇る 舟はゆくゆく 帆がかすむ
その情景を絵にし、それに書を加え、ギターを抱えながら情感たっぷりに歌を口ずさんでいる姿が目に浮かぶようです。