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わ可せこ可ころ裳の春曾をふき可へし うらめつらし支秋の者つ可せ
わがせこがころものすそをふきかへし うらめづらしき秋のはつかぜ
わが脊子が衣の裾を吹き返し うら珍しき秋の初風
関戸本古今集から
読み人知らず
原本(縦21cm)を半切(同135cm)に拡大・臨書
原本3行書き(3行目4文字上部)を2行書き(上の句と下の句)に
この歌をよんでいると、素人ながら、何とはなしのリズムみたいなものを感じます。
“すそ” “ふき” “かえし” “うら” “はつ” “かぜ”などの言葉が、
入り乱れながらも、お互いがお互いに響き合っているようにも聞こえます。
こういう時の書はどういう風に書けばいいのでしょうか。
やはり、書も本来ならば、書く時のリズム感や
字句と字句、あるいは行間相互の響きあいなどが重要になるのでしょう。
歌の意味も、ある程度理解しておきたいものと、
久々に「例解・古語辞典」(三省堂 1983年刊)を開きました。
まず、“脊子”とは女性から見た夫(あるいは恋人)をいうようです。
この歌は、読み人知らずとなっていますが、女性の歌で、
ネットでは、通い婚の時代、明け方に夫が帰るときに詠んだのでは、とする説も紹介されていました。
この古語辞典では、“うらめづらしい”と“初風”の2か所で、この歌が引用されていました。
多分、この歌のキーワードでもあるのでしょう。
“うらめづらしい”では
下の句の「うら珍し」の“うら”に、上の句の「(衣の裾の)裏」 を掛けているとされ、
“うらめづらし”は(心の中で)、ああいいなと思う、珍しいと思う、と。
“うら”と“心”にも、意外な関係があることも教えられました。(下の補記を!)
“初風(はつかぜ)”なる用語、原本でも太く、濃く書かれています。
辞典によると、暑い夏が終わり、ようやく涼しい秋がきたのだという感じをいだかせる表現で、
秋以外の季節については使わない、とも。
ネットでは、目に見える裾と、目には見えない風で秋を感じるとしているのが面白い、
と解説されているのもありました。
ところでこの歌、女性が夫の着物が裏返しになったのを歌ったもののようですが、
男性からすれば、正直、いまひとつピンとこないものがあります。
折も折、先週BSテレビで伍代夏子さんが「鳴門海峡」を歌っておられました。
出だしの“髪が乱れる 裳裾が濡れる 風にかもめが ちぎれ飛ぶ・・・”
やはり、女性の裳裾(もすそ)の方が、歌になり、絵になるように、私には感じられます。
[補記]
電子辞書で“うら”と入力すると、真っ先に表示される漢字、実は“心”です。
最初なのは画数が少ないからでしょうが、
それよりも“うら”に“心”という漢字を充てることを、この年になるまで知りませんでした。
うら悲しい、うら淋しい、などの時に使われるようです。
歌をよむとか、書にするとか、それ以前の、トホホ、トホホの低レベル。
何とも、うら恥かしき限りでありました。