こちらあみ子 (ちくま文庫) | |
今村夏子 | |
筑摩書房 |
まず感じたのが、いかに巷の小説がドラマで演出されているかという事だった。周囲を見渡してみれば、小説に描かれるようなドラマのある日常などほとんどない。しかし小説として構成されるストーリーにはドラマやロマンが溢れる。むしろこのような高揚感こそ、読者が小説に求めている非日常なのではないか。このようにドラマで脚色された小説に慣れ親しんでいる読者にとっては、この物語は肩透かしものに見えるだろう。なぜならこの小説で出てくる場面場面の表現に、ドラマ的要素が少ないからだ。読者は、随所に現れる特徴的なシーンに、ここぞっというドラマ的表現を求めているのではないか。しかしこの小説は、見事にそのような読者の期待感を裏切ってくれる。なぜならどのようなシーンの表現も、とてもピュアなものだからだ。それに、この小説の出来事自体は、奇異なものに見えるかの知れない。が、全く同じ構成で、他の小説家が書いたなら、そのストーリーは、もっとドラマティックに演出され、人物の心象ももっとセンシティブな面にフォーカスされていただろうと思う。よって読者のそのような肩透かし感こそ、普段の読書で、いかにドラマ的陶酔感に慣れてしまっているかという事の裏返しかもしれない。