汽水空間 ~言葉と次元の力学系へ~

身体で体感する言葉の世界をお届けします(*´∀`)♪

こちらあみ子 今村夏子

2015年12月05日 | 本レビュー

 

こちらあみ子 (ちくま文庫)
今村夏子
筑摩書房

 

まず感じたのが、いかに巷の小説がドラマで演出されているかという事だった。周囲を見渡してみれば、小説に描かれるようなドラマのある日常などほとんどない。しかし小説として構成されるストーリーにはドラマやロマンが溢れる。むしろこのような高揚感こそ、読者が小説に求めている非日常なのではないか。このようにドラマで脚色された小説に慣れ親しんでいる読者にとっては、この物語は肩透かしものに見えるだろう。なぜならこの小説で出てくる場面場面の表現に、ドラマ的要素が少ないからだ。読者は、随所に現れる特徴的なシーンに、ここぞっというドラマ的表現を求めているのではないか。しかしこの小説は、見事にそのような読者の期待感を裏切ってくれる。なぜならどのようなシーンの表現も、とてもピュアなものだからだ。それに、この小説の出来事自体は、奇異なものに見えるかの知れない。が、全く同じ構成で、他の小説家が書いたなら、そのストーリーは、もっとドラマティックに演出され、人物の心象ももっとセンシティブな面にフォーカスされていただろうと思う。よって読者のそのような肩透かし感こそ、普段の読書で、いかにドラマ的陶酔感に慣れてしまっているかという事の裏返しかもしれない。

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本レビュー 「顔のない裸体たち」 平野啓一郎

2012年04月12日 | 本レビュー

顔のない裸体たち (新潮文庫)

クリエーター情報なし
新潮社

 

 

彼の書く文章は、どことなく固い。それは、流れているというよりも、展示しているという感じだ。しかし、その展示物の色彩が、色とりどりの感情を生み出しているのも確かに感じる。この小説もそうだと感じた。この小説に登場する人たちの感情は、まるで流れている感じがしない。けど、登場人物の心の裡では、確かな鼓動のような音が聞こえる。それは、確かなリズムを持って、読者に届くのだと思う。でも、その手法による表現については、あまりにも固いが、それでも強烈な波動を発し続けるモノなので、読者によっては、好き嫌いがはっきりと表れる作家であると感じる。彼の描く表現は、まるで熱せられ、光りを放つ鉄の固まりだ。それは強烈な存在感を放ちながら、読者の心情を困惑へと陥れる。いわば読者に対する挑戦状であると感じました。

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