抑えられない気持ち。言葉がうねりを持って乱立しているのが見える。震える掌に滴る水の冷たさは、堪えられない衝動と、成り行き任せの情熱の木霊。明日が怖くて、涙を呑んだ不甲斐ない気持ちの焦り。忽然と姿を消した光の温かさ。冷酷な世界の風当りに舞踏する人間性の定め。これらが、一瞬の内に、私の脳内に走馬灯を起こし、足早に小さな乱舞を起して通り過ぎて行った。熾烈なのは、こうした心の動揺だけではないだろう。私の周りに現存する様々な事柄でさえ、私の情緒を不安定にするには丁度良かった。石の周りにできる小さな水に渦のように、そこから出られる事も無く、一生の間、もがき苦しみ、そしてただ沈黙している。こうした感情の乱れは、希望の趣へと、その舵を向けるのだろうか。気持ちが定まらない。興奮した心をいさめてくれる存在も無く、茫漠とした未来への風だけが、僅かな隙間から吹き込んでいた。
眼を覚ますと、いつもの日常が広がっている。閑散としている部屋の内部に、私の今の実存が音を立てて犇いていた。手には汗が噴き出していて、そのネトネトとした嫌な感触は、この世で生きて行くには何か辛辣すぎるものを感じ取っていた。湿気が異様な臭気を帯びては、私の鼻腔を舐め回していた。意識を集中させる。唐突な片頭痛のどよめきだった。私の内部で、何かが音も立てないでもがいているのが判る。何か判別する事の出来ない異様な異物の流動が、手招きしているようだった。私はその無数の手を振り払った。熱を帯びたそれらの意志を掻い潜りながら、脚はわなわなと震えていた。どうにもならないどよめきであった。私の身体の内から、何かが崩れてくのを感じる。
そして、私はその日の内に呑み込まれて行くのだろう。夕焼けにまどろむ悲壮な案山子の佇まいは、私の淋しさに、一通りの希望を見せつける。ろくぼうせいの導きに照らされた幾分強かな途に咲く花のように、鼓動の奥底でシンクロしている様々な憶測の欠片達。その背後にしらを切ってなびいている白いハンカチのような哀愁の調べ。雲がたなびいている。影が流浪の使者の魂を貪り食う。植物のように色鮮やかで、香しい色調の強い香りを嗅いでいると、この世界の中で唯一のシンフォニーを聴いているようだ。私は、早速、見るも絶えない、その髪の毛に逆立った白髪を見つめる。苦労が、流浪を呼ぶ本末転倒な事態の成り行きに、心が弾む。にやけた表情に、髭の痕が厭らしく輝きを放しているようにも見えるのは、朝の光の幻惑的な心境のなせる技なのだ。鳥の弾むような心地を醸し出すハミングを聴きながら。昨夜犯してしまった、自傷の傷跡に、軽く接吻を施す。血が怖れをなして、まるで、潮が引いて行くように血相は碧く爛れて行く。悴んだ時に温かみを求めるような、眼差しをこんな時、誰に向けるといいのだろうか。頼れる筈の家族の放埓な戯言でさえ、この世界の中では主流に流される大河の躍動に過ぎないのである。つまずいて転び、体液を地表へと染み渡らせる。大地は、こんなにも麗しいものなのに、いざ私の魂を受け渡そうとすれば、命の隷属の根性が、そんな狂った私を引きとめようとする。壮絶な景色を見渡そう。そこから何が見える。森が見える。火が見える。そして、人々の残骸が見える。険しい顔をした老婆は、その場で呆然自失と立ち尽くしながら、今でも、死した夫の還りを待っている。
浴槽に脚を浸した時、とある戦慄が走ったのを感じた。滾々と湧いてくる恐怖の素顔。選別していくのは、理性の従僕と、混乱した狂気の満ち引きである。水は、この私の身体を流れて行く時、高笑いをする。哄笑が聞こえ始めると、私は、水を汲むのを止めて、しばらくの間、頭の中でのた打ち回るのであった。聴こえない筈の様々な欲望のどよめきが、粗暴に繰り広げられていく、意識の狂乱を間近に感じて、私の身体は忽ち、無の海へと放り込まれて行く。何かが必要であった。何か輝くものが必要であった。松明のようにその途を照らし出してくれる、何かの導きが必要であった。私は探し回った。所構わず、あらゆる場所を探し待った。岩の下や、海の底。草むらに落ちている僅かな証拠を見つけるために、私は奮闘した。湯気が立ち上り、煙幕を張る。身体に張り付いて離れない、水の小癪な悪戯。