![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/60/be/c2c1828fc2f0d5a36101712d9817e626.jpg)
オープン戦の成績は当てにならないと言われて、特に外人選手は季節が暖かくならないと判断できない。しかし新人選手に関してはオープン戦の出来・不出来がそのままシーズンの成績を暗示するケースが多い。昨年の新人王に輝いた原と石毛はオープン戦から結果を出していた。
試合 打数 安打 打点 本塁打 打率
【 原 】 12 39 12 5 2 .308
【石毛】 16 56 20 3 2 .357
石毛は2月28日のデビューから2試合は1安打と出遅れたが徐々に本来の力発揮し始めて3月21日の日ハム戦では本塁打を含む3安打と実力を見せつけた。一方の原も同じ3月21日のヤクルト戦で3打数2安打として打率5割でオープン戦首位打者に躍り出た。原はオープン戦終盤に不調に陥り11打席無安打と不安をのぞかせたが公式戦が開幕すると初戦で牛島(中日)から左前初安打、2戦目に小松から右翼越え初本塁打の見事なデビューを飾った。石毛の公式戦デビューは原以上で開幕戦で初本塁打を含む3安打、2戦目にも第2号本塁打を放った。新人の開幕戦3安打は昭和33年の古葉(広島)・森永(広島)以来23年ぶり、開幕戦から2試合連発は昭和30年の枝村(大映)以来26年ぶりの快挙だった。
また中尾(中日)も規定打席不足ながら4割を越す打率を残していた。昨年のオープン戦には原・石毛・中尾を含めて18人の新人が出場して打率は.251 だったが、この3人を除くと打率は.172 とガクンと落ちる。いかにこの3人が図抜けていたかが分かる。過去に新人王に選ばれるほどの選手はオープン戦から結果を出している。昭和36年に35勝をあげた権藤(中日)は28回 1/3 で防御率 0.13 。昭和37年に24勝した城之内(巨人)は33回 で防御率 0.27 と先輩打者を寄せつけなかった。最近では昭和55年の木田(日ハム)が17回投げて防御率 1.06 と公式戦での活躍を予感させた。
今年の新人達もオープン戦で奮闘中だ。田中(日ハム)は2月20日のオープン戦初戦に先発して広島打線を5回まで2安打・無失点に抑えて勝利投手に。さらに27日の大洋戦でも2回を無失点に抑えて2勝目をあげている。宮本(ヤクルト)は3月9日の巨人戦に先発して3回1安打で無失点、津田(広島)も3月7日の西武戦で5回2失点と好投した。打者でも平田(阪神)が4割を越すアベレージを残して真弓を押しのけて遊撃手のポジションを虎視眈々と狙っている。
そんな中で苦しんでいるのが金村(近鉄)である。代打のみの4試合出場である事を割り引いても「超大物ルーキー」の片鱗は見せていない。高校を出たばかりでは最近のプロ野球では通用しないという事を改めて思い知らされる。昭和27年の中西(西鉄)は打率.281 12本塁打、翌28年の豊田(西鉄)は打率.281 27本塁打、投手では昭和31年の稲尾が21勝6敗 防御率 1.06 を記録したのは遠い昔の話だ。高校を出たその年に新人王になったのは昭和41年の堀内(巨人)以来現れておらず、打者となると昭和34年の張本(東映)が最後である。
高卒選手が一軍で活躍する以前に一軍の試合出場数自体が減ってきている。ドラフト制以降、1年目に100試合以上出場した新人は29人いるが高卒選手はゼロで一番多いのが昭和49年の掛布(阪神)の83試合。昨年は高校を出て即プロ入りした選手が47人いたが一軍の試合に出場したのは打者3人・投手6人だけだった。安打を記録したのは秋山(西武)と原(広島)の1安打、勝ち星は井上(南海)と小野(西武)の1勝と寂しい限り。果たして金村がプロの壁を突き破る事が出来るか注目である。