現代アートの世界では間違いなくビッグネームである、クリスチャン・ボルタンスキー(フランス在住)が死去しました。76歳。
早かったのはウェブ版美術手帖なので、そこから引用します( https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/24320 )。
道立近代美術館には「モニュメント : ディジョンの子どもたち」(1987)が収蔵されています。
※追記。こちら( https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/knb/collection/collection_contemporary_art )にくわしい作品解説があります。
また、同館は2001年に、ボルタンスキーら5人による現代アートの展覧会「Art for the SPIRIT永遠へのまなざし」を企画、開催しています。
筆者は2016年、東京都庭園美術館で開いた個展を見に行っていますが、怠慢により、ブログでは紹介できていません。
ボルタンスキーの「モニュメント」シリーズは一度見ると忘れられません。
子どもや学生のモノクロの顔写真を並べてその前に小さな電球をつり下げているのですが、明示されていないにもかかわらず「死」というものを強烈に想起させるのです。
まあ意地悪い言い方をすれば、薄暗くすればある種の感興を見る人に起こすという要因はたしかにあると思うのですが、それでも、ホロコーストと大量死の世紀の祭壇というか記念碑というか、そういうものを想起させる力を宿しているともいえるでしょう。
日本でも、越後妻有アートトリエンナーレ・大地の芸術祭や、瀬戸内海トリエンナーレへの作品設置で知られており、来年には宮城県南三陸町の震災伝承館にも設置する予定だったと聞いています。
ご冥福をお祈りします。
早かったのはウェブ版美術手帖なので、そこから引用します( https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/24320 )。
(冒頭略)
クリスチャン・ボルタンスキーは1944年フランス・パリ生まれ。55年より独学で絵画制作を開始し、58年から約10年間、表現主義的な作品を手がける。68年に写真と映像作品の制作を始め、パリのラヌラグ劇場で初個展「クリスチャン・ボルタンスキーの不可能な人生」を開催。72年に初めて参加した「ドクメンタ5」で、生活空間に残された様々なものを並べた《資料陳列ケース》や、中産階級の家族写真をグリッド状に配置した《D家のアルバム、1939-1964》を発表し、自己や他者の記憶を独自の手法で再構成した作品で注目を集めた。
85年には子供の肖像写真と電球を祭壇のように組み合わせた「モニュメント」シリーズの第一作《モニュメント ディジョンの子供たち》を発表。87年の《シャス高校の祭壇》では、31年にウィーンの高校に在籍したユダヤ人の学生たちの顔写真を用い、ホロコーストを想起させながらも、定義づけされない普遍的な死を意図したという。(以下略)
道立近代美術館には「モニュメント : ディジョンの子どもたち」(1987)が収蔵されています。
※追記。こちら( https://artmuseum.pref.hokkaido.lg.jp/knb/collection/collection_contemporary_art )にくわしい作品解説があります。
また、同館は2001年に、ボルタンスキーら5人による現代アートの展覧会「Art for the SPIRIT永遠へのまなざし」を企画、開催しています。
筆者は2016年、東京都庭園美術館で開いた個展を見に行っていますが、怠慢により、ブログでは紹介できていません。
ボルタンスキーの「モニュメント」シリーズは一度見ると忘れられません。
子どもや学生のモノクロの顔写真を並べてその前に小さな電球をつり下げているのですが、明示されていないにもかかわらず「死」というものを強烈に想起させるのです。
まあ意地悪い言い方をすれば、薄暗くすればある種の感興を見る人に起こすという要因はたしかにあると思うのですが、それでも、ホロコーストと大量死の世紀の祭壇というか記念碑というか、そういうものを想起させる力を宿しているともいえるでしょう。
日本でも、越後妻有アートトリエンナーレ・大地の芸術祭や、瀬戸内海トリエンナーレへの作品設置で知られており、来年には宮城県南三陸町の震災伝承館にも設置する予定だったと聞いています。
ご冥福をお祈りします。