こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

お帰り

2016年09月10日 00時50分31秒 | 文芸
ようやく帰ってきました。
夜11時過ぎ、あの声が玄関に!
ホッとすると同時に、ちょっとホロッ。(笑い)

楽しかったようです。
隣の部屋で、母親と話す娘のはしゃぎっぷり。

初めて友人との二人旅。
高校音楽科で学びあった友人でバイオリン仲間。
高校卒業後、彼女は音大、娘は教職課程
それぞれの進路は異なったが、
彼女のおかげで、
娘はバイオリンを弾く機会を得ている。、

いま
アマチュアの管弦楽団でオケ仲間でもある。
いい友達を得たものである。
父親に似て人見知りの激しい娘だったが、
ようやく克服しつつある。
嬉しい限りだ。

北海道を友人と交代しながら
レンタカーを走らせたという。
信じられない娘の行動力に
いまさらながら驚き
そして感動を覚える。
親がいなくても子は育つ。
我が娘は親の欠点を見て
自分で修正するを実践している。

子供の成長は、うれしい反面、
やけに寂しいものだ。

なにはともあれ、
娘の無事帰宅を喜ぶことにしよう。
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昨年の入選作(妊婦のユ~トピア)

2016年09月09日 00時15分22秒 | 文芸
「どないしたんや?」
 目ざとい夫の俊哉は、いつもとちがう妻の様子を気にして言った。
「うん。…なかったんや」
「え?ないって、どういうこっちゃ」
「そこ…更地になってた。近くの煙草屋さんで訊ねたら、三年前に病院閉まったって…院長先生が亡くなってすぐだったらしいわ」
「跡継ぎがおらんかったんやな。そやけど想定外や・それでどないする?」
「うん。…みんなに訊いて、ええとこ探すわ」
 彩奈はお腹をさすりながら答えた。
 自信はなかった。誰に訊けばいいものだろうか。短大時代の友人たちは揃って遠くにいる。子どもに恵まれている彼女らの産院情報を生かすのは地理的に無理だ。
 きょう訪ねた稲坂産婦人科医院は、彩奈の母が見つけてくれた。
「人気があるんや。みんな言うてるわ。食事かて、ええもんが出るらしいよ」
 ホステスの経験がある母の情報源は確かなものだった。他に選択肢があるわけでもない彩奈は稲坂医院で長女を出産した。母体も赤ん坊もいたって元気で、退院も早かった。
 第二子の出産も稲坂医院を頼った。院長先生もスタッフももう顔馴染みで、気分よく息子を産んだ。どちらの場合も帝王切開でなく自然分娩となった。稲坂医院に感謝した。
 その信頼する稲坂産婦人科医院は、もうなかった。探し出してくれた母も、もういない。脳溢血で倒れた父と離婚している。実は彼女、彩奈の実母ではない。入院した父が結局回復せず亡くなって以来、彼女との音信は当然のごとく途絶えた。もう他人の母を頼れない。「どうしたん?えらい浮かん顔してからに…」
 恵那さんはカウンタ越しに訊いた。
 彩奈と俊哉夫婦が切り盛りするコーヒー専門店の常連客だった。三十代後半らしい恵那さんは、大柄で押しのきいた女性だった。お喋り好きな恵那さんは自分のこともよく喋った。
 神戸北野町でレストランを経営しているせいか、彩奈の店にあれこれ注文をつけるお節介な女性だった。ただ年齢も少し離れたおねえさんを、彩奈はごく自然に慕った。彩奈は恵那さんを『ママさん』と呼ぶ。レストランのオーナーだから、そうなった。
「あらそう。知らなかった。ふーん、三人目が出来たんだ。おめでとう」
 恵那さんは彩奈の妊娠を知ると、手を叩いて祝った。ざっくばらんな気性だから彼女のふるまいに嫌みは全く感じない。
「それにしても、馴染みの病院がなくなってしまったのは大変よね」
「ママさん、どこか安心できる産婦人科の病院、知りはりません?」
「うーん、産婦人科ねえ」
 恵那さんは天井を睨んでうなった。
 恵那さんは顔が広い。実は長女が赤ん坊のとき、小児科の先生を紹介して貰った。恵那さんがよく知る大学時代の友人だという小児科医師の適格な診断で、川崎病が判り適正な治療を受けられた。高熱で顔を真っ赤にした娘を抱えて駆けずり回った小児科医院はどこも「風邪やね。薬を出しときます」で済ませた。それを恵那さんの友人は救ってくれた。
「うちも息子がひとりいるから、お母さんの大変さはよく判るの。他人ごとじゃないんよ」
 恵那さんはたいしたことないと受け流したが、彩奈と俊哉はいくら感謝してもし足りなかった。あれ以来、恵那さんに頼る状況に遭遇しなかった。またその機会が訪れた。
「助産院じゃ駄目?」
 恵那さんは意外な名称を口にした。助産院?(産婆さんのことよね…)彩奈は戸惑いを隠せなかった。進歩的なイメージが強い恵那さんと『産婆さん』がどう考えても繋がらなかった。
「…あのう、産婆さん…ですよね?」
「そうよ。あたしの息子をとりあげてくれたとこ」
「?」
あいた口がふさがらないとは、こういうことを言うのだろう。恵那さんは設備の整った産婦人科病院ではなく、産婆さんが取り上げる助産院で出産している。信じられなかった。
「いい産婆さんなんだ。もう高齢だけど腕は確かよ。それに妊婦のことよく判ってるわ
「はあ、そうなんですか」
「行ってみる?」
 即答できずにいる彩奈に発破がかかった。
「まず一度あって見なさい、センセイに。決めるのはそれからでいいんじゃない」
 結局彩奈は頷いた。
「ママさんのいうことだろ。間違いないよ。行ってみろ行ってみろ、なんにしても損はないだろ」
 俊哉は無責任に囃したてた。(もう他人ごとだと思って…あんたも当事者なんだからね。忘れるなよ)彩奈は胸の中で毒づいた。
 榊原助産院は、大通りから路地に入ると、ズーッと奥まったところにあった。前に車を停めるスペースはない。『車でお越しの方は、裏手に駐車場があります』と書かれた掲示板が、外れかかっている。建物も相当な年代物だった。ただ構えはしっかりしている。開院当時は、かなり贅沢な造りだと想像できた。
 チャイムらしきものが見当たらないので、重々しい引き戸を押し開けた。
「こんにちわ!」
 一度では何の反応もなかった。三度目でようやく人の気配を感じた。出て来たのは六十代の女性だった。
「すみません。恵那さんから紹介された、関本というものですが…」
「ああ、関本さん。伺うてますよ。どうぞどうぞ、入ってくださいな」
 愛想よく通されたのは応接間。申し込みの手続きをするにはそぐわぬレイアウトである。
「ここでお待ちください。センセイ、いまお菓子作ってはりますんや」
「はあ?」
 優しさが溢れた女性の笑顔に、彩奈は誘われて頬笑んだ。抱えている不安が消えていく。
 応接間は質素だが、こじんまりとまとまって暖かみがあった。
「えらい待たせてもうてごめんね」
 品の備わった老婦人が、ぼたもちを盛った大皿を手にあらわれた。反射的に立ち上がりかけた彩奈を、そーっと制すると言った。
「妊婦さんは気を使うたらあかんし。もちろん重いもん持ってもあかんねんで。この時ばかりは女王様でおったらええんや、おんなは」
 彩奈の怪訝な顔を見て取ったのだろう。
「わたしがここの院長です。榊原花梨いいます。もう90やけど、まだまだボケとりまへんで」
 しっかりした口調の自己紹介だった。
「甘いもん、お腹の子にもええんやで。遠慮せんと食べなさい」
「はあ」
「ああ、診察かいな?心配せんでええ。妊娠は病気やないんやから。あとでちょこっと診させて貰うけど。最初はそれで充分」
 榊原院長のふくよかな顔に安心感があった。
「センセイ、こんにちは!」
 応接間に女性が顔を覗かせた。
「有希さんか。約束時間ギリギリやで。はよ入り。甘いもん出来てるさかい」
「わあ、嬉しい、ボタモチつくりはったんやね、ウワー!美味しそう」
 出っ張ったお腹を抱えている。もう臨月は近そうだ。彼女のあとからまた妊婦が続いた。みんなおやつタイムが約束の時間らしい。
 応接間は賑やかな様相を呈した。榊原院長を囲んだ女子会である。彩奈を迎え入れた女性がお茶を運んで来た。煎茶だった。ボタモチを食べるには、持って来いの渋さである。
 彩奈はいつの間にか榊原院長が設けたお茶会の一員だった。身構えていたものが嘘みたいに綺麗さっぱりと消えた。
「有希はん、もうそろそろかいな?」
「予定日は昨日なんですよ…」
「そんなん気にせんでええ。お腹の子は出とうなったら、ちゃんとお母ちゃんに教えてくれるから、安心しい。気―ラクにして。センセイが診るには、今夜あたりやな」
「ほんまですか?ほなら入院せな」
「ああ、そないしたらええ。旦那さんはどないしてや?ちゃんと出産に立ち会えるんか」
「はい。予定日の前後は有給を取ってくれてますねん。はよ赤ちゃんの顔が見たいいうてます」
「ほうかほうか。ほな有希さんも頑張らなあかんのう」
「はい!頑張ります!」。
 榊原院長と有希の会話は、傍にいる彩奈の心を和ませた。
「ノリコさんは、検診やったなあ。お茶終わったら診てみようか。この前までは余分な下りもんもなかったし、タンパクも異常なし……。どや?お腹の子、元気しとるやろ」
「はい。時々蹴りよるんです。主人が、こない元気なんやから間違いのう男やな、なんていうんですけど」
「それは生まれた時の楽しみにしときなさい」
「はい。そりゃあもう、主人と二人して、男や女やと毎日楽しんでます」」
「そうかそうか、それはお腹の子も幸せやな」
 彩奈は自分の顔が緩むのを知った。なんとも不思議な快感があった。
「さあ、ほなら、関本さん、ちょっと診てみまひょか。今日は旦那さん、忙しいんやな。次回はいっぺんお二人で来てください。出産は女だけのもんやあらへん。夫婦ふたりで迎えて、一緒に頑張り、一緒に喜ぶもんやから」
「はい。うちの人も喜んで来さして貰うおもいます。いえ、一緒に来ます」」
 彩奈の心は決まった。榊原先生なら、生まれる子供も満面の笑みは間違いないだろう。
(完結)
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夜ふけて

2016年09月08日 00時54分07秒 | 文芸
夜は暗くなったら寝る時代に育った。
電球をつけるのも勿体なく、健康的な生活だった。
 高校時代、ラジオの深夜番組を夢中で聞いた。
オールナイトニッポンやヤンタンにヤンリク……

受験勉強そっちのけ、時間を忘れて聞いた。
翌日、学校の授業は眠くてたまらなかった。
 その不健康な習慣を身につけ社会人になった。
一般的になりかけた深夜喫茶に入り浸った。
もう夜は寝る時間ではなくなっていた。
 さらに深夜営業レストランやコンビニ誕生。
夜更かし歓迎の環境が整えられた。
 恋人と深夜レストランで明け方にかけて

甘く語り明かした思い出は、いまも鮮明に覚えている。
飲み放題のコーヒーを何杯もお代わりをし、
安上がりのデートだった。
 最近は、深夜パソコン相手に明け方まで、
しょっちゅう夜更かししている。
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思い出のあの日

2016年09月07日 00時01分18秒 | 文芸

集団検診の結果、
メタボ予備軍の宣告を受けた。
いきいき健康教室に通って、
保健師さんの指導を受け、1キロ減量を目標に決めた。
「ご飯は小さい茶碗にしましょう。
間食と缶飲料をやめれば、
目標はラクラク達成ですね」
 保健師さんの説明にいちいち頷く。
若い女性を前に、結果を出すぞ!って気負う。
やっぱり男は、くだらない動物である。
 一日三本は飲んでいた缶コーヒーを、
まず1本に抑え、間食はやめた!
記録する体重と睨めっこ、
僅かな数字の変化に一喜一憂した。
 ところが一週間で、元の生活ペースに。
夕食から寝るまでの間に小腹がすく。
そばで娘がパリポリやるスナック菓子に、
手が伸びると、もう止まらない。
パリポリ、パリポリ!
「おとうさん、ダイエット中でしょ」
 これが、あの若い保健師さんの忠告だったら、
「はい。わかりました」と素直になっただろうが、
わが娘では全く効き目はない。
 やめることの難しさを痛感させられた。

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悲喜一体

2016年09月06日 00時29分52秒 | 文芸
きょうは朝から病・医院をはしごです。
歯医者と眼科、けっこう時間がかかります。
眼科は予約を入れていましたが、視野検査をした後の診察までの待ち時間が長い。

待合室の書棚に新聞が2紙。迷わず手を伸ばしました。
まずスポーツ新聞を開く。
実はプロレス、それもいまや消失しかかっている感のある『全日本プロレス』のファン。
アントニオ猪木よりジャイアント馬場が好きだったので、いまも全日本頑張れ!とひいきにしています。
目を凝らして目当ての記事を見つけました。
最近では珍しく、試合結果が取り上げて掲載されています。
王道トーナメントとあっては当然なのかも。

お次はK新聞を開きました。
いつも最初に見るのは発言欄。
自分も時々投稿しますが、ほかの人たちの掲載分を読むのも面白いですね。
「え?」
ページを繰って、目が留まったのが、文芸欄。
9月の公募入選発表の日でした。
そこの10枚エッセー部門の月間賞に名前がありました。
不思議です。
どんな紙面でも、自分の名前があればすぐ目にはいるものなんです。
これで○万円のお小遣いゲットです。
もちろん、妻が知れば、「支払いがあるの」と取り上げられる運命なのですが。
何度も講評を見直し、名前も再確認。
間違いありません。

半日以上を費やした気鬱な病院タイムも、いまやスカーッとタイムに代わりました。いや~、現金なものです。(笑い)
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青春時代

2016年09月05日 00時41分11秒 | 文芸
末の娘が、夏休みのまとめで『北海道旅行』に出掛けた。
いま大学2回生。
アルバイトで稼いだお金を資金に1週間ほどの旅程を組んでいる。
高校時代の友人と、借りたレンタカーを代わりばんこに運転するらしい。
娘の行動を心配するのは親として当然だが、もう20歳。
彼女の自主性を信じてやるしかない。
振り返ってみれば、私も妻も20代は、人が見れば危なかしい行動をしていた。
妻はボランティアを志願して、関西の各地を飛び回っている。わたしは芝居のためになると信じたら、仕事の余暇を使って、東京、新潟、福岡、大阪と遠征した。
各地の時代を代表する劇団の公演を鑑賞し、劇団の稽古場にアプローチした。ワークショップや、ダンス、舞踊、茶華道とかじりまわった。
茶道は表千家舞踊は坂東流。
稽古に通う中で男はわたしだけという場面も多かった。
恥ずかしさや、戸惑いはあったが、振り捨てて黙々と打ち込んだものである。
何度もいうけれど、
わたしは口下手で人見知り、運動神経に恵まれない劣等感の塊というクラ~イ若者だった。
そんな自分に、そんな勇気と行動力があったことを、思い出すたびに(嘘だろ)と思ってしまう。
好きこそもの上手なれというが、私には、好きこそやるっきゃないだった。

だから、劇団に来た若者に、「とにかく自分がやろうとすることを断固として好きになれ」と鼓舞した。
だいたいアマ劇団に参加してくる当時の若者のほとんどが、目的を持たない生き方をしていた。
そんな彼らが、芝居を、演じることを、装置を作ることを、照明音響に取り組むことを好きになることで大きく変貌する姿は感動的だった。

娘に同じようなことを望むべくもないが、彼女が新たな行動を通じて、それなりの成長をしてくれることを願う。

なにはともあれ、無事に旅行を終えて、わたしや妻に愛くるしい笑顔を見せてほしい。
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ピッ!

2016年09月04日 00時58分59秒 | 文芸
血圧計が届いた。オムロンの自動血圧計、だ。
アマゾンで人気が高い機種。それでも1万円を切る。
健康を守るグッズも、かなり安くなったものだ。

一昨年受けた集団検診でメタボ予備軍の烙印を押された。
「血管の状態を調べといた方がいいね」
医師の勧めで受けた検査の結果化はショックなものだった。
「血管年齢は80前後だな」
実年齢より10以上も上なのだ。
以来、薬を飲んでいる。
この間の検査で70前後まで若返った(?)。
ぬか喜びはできない。まだ実年齢を上回っている。
「少し高いかな」
今度は血圧がおかしい。
「家庭血圧を測るようにしなさい」
これまで過程で血圧など測ったことがない。
しかし、血管年齢を下げてくれる医師を信頼するだけだ。

朝、起床してトイレ。さあ血圧測定だ。
ドキドキしながらの結果は、128/86で、ひとまず「ホッ」。もう一度図ると、123/87.この平均をとる。

この1週間で、140が一回。あとは118、130、126と推移している。

医師の判断待ちだが、自分の数値を知ることで、次に進める。健康管理は積極的にやるべきだと思い知った。
すこし遅すぎたきらいはあるが、やらないよりはマシだろう。(笑い)

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図書館戦争

2016年09月03日 01時21分48秒 | 文芸
4日ぶりに市の図書館に出向いた。
新聞を読むのと、情報集めのため。
我が家では読売新聞を購読している。ほかの全国紙と地元紙、スポーツ紙は図書館で読んでいる。
喫茶店をやっていた頃に、お客さん用に朝日毎日読売産経神戸デイリースポーツ報知スポニチ日刊スポーツと揃えていたものだ。
新聞があるとないとでは、モーニングタイムの客足を左右するからだった。モーニングサービスの内容も重要だったが、朝刊の貢献度は抜きんでていた。
実はお客さん用をうたいながら、自分が読みたいせいもあった。当時同規模の店では3紙が平均だったと思う。
新聞は各紙、論調の違いが面白くて毎日読みふけっていたものだ。
少年マガジンとサンデー、ジャンプなども必須アイテムだったと思う。
それはさておいて、図書館で目当ての新聞をスムーズに読めるのはめったにない。
最近の図書館は高齢化の一途だ。高齢者は時間があるから、新聞を読むのにかなりゆっくりペースである。
きょうも、新聞閲覧コーナーに行くと、新聞受けに残っているのは経済紙だけ。
できれば全部の新聞を読みたいが、無理なら地元の神戸新聞だけでいい。
それが大変だ。神戸新聞は地元紙だけあって、おおモテなのである。
ほかの印刷物を読みながら、神戸新聞を読んでいると思われる人物を観察する。
彼が読み終わって新聞受けに向かいかけるタイミングで、さりげなく立ち上がり、新聞受けへ。
早くても遅くてもいけない。彼が新聞受けにおくのにワンテンポずらして手を伸ばす。それでゲットだ!(やったー!である・笑い)

実は今日は神戸新聞を読めなかった。抱え込んだ中年のおばさんが、えんえんと離さなかったのだ。あれはルール違反である。私物を新聞の上に置いて、トイレに行くわ、携帯をかけに外へ出るわと、自分本位過ぎる。
いくら図書館戦争のさなかであろうと、決まりごとは守るべきだ。なんてカッコをつけてたら、結局読めなかったのである。バカみたい。(笑い)

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寝てた?

2016年09月02日 09時06分33秒 | 文芸
ふと目が覚めたら朝7時。
コンコンと眠ってしまった。
これだけネタの名はいつ以来だったかな?

洗面所の窓から外をのぞいてみると、昨日までの光景が一変している。
そうだ。昨日は周辺の片付けにかかりっきりだったっけ。

涼しくなってきたので、急に思い立った。
家の周辺にある庭と畑を衣替えしてみるか……!と。
思い立ったら吉日。
最初にかかったのは、やはり雑草や雑技の刈り取りと、
庭木の剪定。
まずは草刈機で「ババーン、バーン!」
間に休憩を入れて、ほぼ一時間、雑草と格闘した。
涼しきなったとはいえ、やはり汗をかく。

お次は鎌となたで、「丁々発止!」
無駄な枝をはつって、拾い集めた。

刈り払った庭を見回して、缶ビールを「グビリ!」
いや~、こたえられません。

さて、庭の復活はいいとして、畑の復活が大変だ。
耕す行為が手ぐすね引いて待っている。
あそこを残して、こっちに畝を作るか……なんて、
レイアウトを考えているうちに、
何を植えるかな?まで飛躍?

結局、今日は下草と雑木の片付けでジ・エンド!

夕食の準備は怠けるわけにはいかない。

てなわけで、いつの間にか夜を迎えてしまった。
風呂に入って……ついウトウト……?
そうか。そのまま眠ってしまったのだ。

明日は、頑張ろう……いや、もう少し涼しくなってからがいいかな。
またなまけ心が……!(苦笑)
とにかく手がついていないブログを優先しょうーっと。(笑い)

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目の用心

2016年09月01日 01時02分57秒 | 文芸
眼科へ6年ぶりの診察を受けに出向きました。
実は、6年前の受診時、緑内障と白内障の軽い疑いで、半年後に診察を受けてくださいと言われていたのを、すっかり忘れていました。
今回は、パソコンのモニターを見ていて、急に痛み、目が明けていられなくなったので来院したのです。自覚症状がないと、こうはいかないでしょう。
結果は左が白内障50パーセントの罹患(車の免許に受からない視力になっていました)、
緑内障は心配の域には達していないとのこと。
モニターでの支障の原因は「ドライアイ」で、目に傷がついていたとのことで、点眼薬を出していただきました。
翌日、瞳孔を開いての再検査に。
視力が落ちたのは白内障に起因しているとのこと。手術した方がいいかもと、言われても即答は不可能です。
こういう時は、貧乏人は必ず躊躇するのです。なんにしても先立つものが伴わない。あとひとりいる娘の教育費が優先です。
「また決めておいてください。それから半年に一回検診を受けてください」と念押しされてしまった。
「年を取ると、悪いところが出てきて当たり前です。症状の進みを抑えるように努めましょう」
いい先生である。顔もハンサムの部類だ。
素直にうなずいた。

しかし、半年も先では、また忘れるかもしれないなあ。なにせB型人間なのです。(ほかのB型さんには無関係ですので、悪しからず)お気楽で無責任、は私の特性といってもいいのです。
しかし、もう70間近、先生を頼るしかないよなあ。

ちなみにわたくし、裸眼視力左0,01 右0,03の超近眼なのです。60になって老眼も入って、遠近両用のお世話になっております。
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