WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

かれいどすこーぷ

2006年09月23日 | 音楽

2_10  今夜、「かれいどすこーぷ」というユニットのコンサートに行ってきました。私の街にある小さなジャズ喫茶にやって来たのです。

  「かれいどすこーぷ」は、ボーカリストの前田祐希さんとマルチ・インストゥルメンタリストの松井秋彦さんのデュオです。「かれいどすこーぷ」とは「万華鏡」の意味で、その名のとおりいろいろに変化するサウンドが持ち味とのことでした。

 今回は、前田祐希さんが喉の調子を悪くしたようで、本領は発揮できなかったようですが、後半には実力派の片鱗を垣間見ることのできる部分もありました。ただ、前田さんの歌唱は元気溌剌という感じで、表現に陰影が乏しかったのではというのが正直な感想です。喉の調子が良かったなら、もっとすごかったのかもしれません。

 一方、松井秋彦さんは、主にアコースティック・ギターとピアノ、そしてサイド・ボーカルを担当していましたが、ギターワークには目をみはるものがありました。また、編曲も松井さんが担当しているようなのですが、斬新なアレンジも随所にみられ、きっと才能のある人なのだろうなあ、と思いました。ただ、ギターもピアノもバッキングにおいてベースランニングを多様していたため、ややワンパターンという印象を受け、正直言ってしだいに辟易しました。数曲演奏するうちの何曲かがそうならば、目先が変わって面白かったのでしょうが、ほとんどがそれ一辺倒だったので飽きてしまったわけです。はっきりいって、曲の本質部分を破壊したり、ボーカルを邪魔しているのではないかと思われるような箇所もありました。

 今回のライブは、正直なところ、私は不完全燃焼でしたが、HPの視聴コーナーで聴くと印象的な演奏もありました。もう一度Liveを見たいと思っています。是非、今度はベスト・コンディションの「かれいどすこーぷ」を聴きたいですね。

 なお、私は見逃していたのですが、Swing Journalの2006-6月号(p166)に「かれいどすこーぷ」のアルバムが紹介されていました。

かれいどすこーぷ のHP  → http://kaleidoscope.modalbeats.com/


ズート・シムズのプレイズ・ソプラノ・サックス

2006年09月23日 | 今日の一枚(Y-Z)

●今日の一枚 54●

Zoot Sims     Soprano Sax

Scan10019  熱狂的にハマったことがあるわけでもないのに、何故かCDの数が増えてゆくミュージシャンがいる。

 ズート・シムズは私にとってそんなプレーヤーだ。実際、名手であることは間違いないし、コンスタントに質の高い作品を発表するが、「深みがない」とか「鬼気迫るものがない」とかいうのが大方の評論家たちの意見のようだ。

 にもかかわらず、私はズートの作品を買ってしまう。確かに彼は「呪われた部分」のミュージシャンではないかもしれないが、彼の音楽からはもっと身近な何かを感じるのだ。それはアット・ホームな何かであり、ウォームな何かだ。

 1976年録音のこのプレイズ・ソプラノ・サックスは、そんなズートの資質をよく表している。同じソプラノ・サックスを使っても例えばコルトレーンとはまったく違って、温かくデリケートで優しい音が我々の心を包み込む。②のバーモントの月を聴いてもらいたい。優しく美しいこの曲の心を大切にしながら、ズートはリリカルで感銘深い演奏を繰り広げる。ソプラノ・サックスがか細く伸びる響きは、筆舌に尽くしがたいほど美しく、胸をしめつけられるようだ。

 忙しかった一週間を終えた土曜日の夜、天窓から見える黄色い月を眺めながら、私はこのアルバムを聴く。バーモントの月はどんなものなのだろうかと考えながら……。


立原正秋の『恋人たち』

2006年09月23日 | 立原正秋箴言集

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 若い頃、立原正秋という作家にはまったことがあった。もう二十数年も前の話だ。文学表現的に、あるいはテーマ的にはどうということはない作家だと思うが、そのあまりにもできすぎたストーリーテーリングにはまったのだ。当時文庫本で入手し得る作品は、すべて読んだという感じだ。

 立原にはあまた秀作はあるが、ストーリーテーリングという点ではこの『恋人たち』とその続編にあたる『はましぎ』がなかなかいい。主人公の道太郎の一見無軌道だが軸のある生き方もさることながら、その妻となる信子の静かでひかえめだが芯の強いキャラクターが何とも好ましく思えた。大和撫子とはこのような女性をいうのであろうか。

 ところで、この『恋人たち』はテレビドラマとして放映され(それは上の文庫本表紙の写真からもわかる)、私もなんとなく見た記憶があるのだが、はっきりとは憶えていない。ただ、一つだけ頭に焼きついているシーンがある。信子が初めて道太郎のアパートを訪ねるさい、前を歩く道太郎を見かける場面である。このあと、道太郎は信子のためにコーヒーをいれ、信子から「告白」されるわけであるが、その温かなコーヒーの香り立つような描写が忘れられないのである。

 このシーンは小説でも重要な場面であり、テレビドラマとしてはなかなかよくできたものだったような気がする。とはいっても、このテレビドラマについては、前述のようにほとんど記憶になく、今一度みてみたいという想いがつのるばかりである。

 近年、CS放送の普及で過去のドラマを見られるようになったことはありがたいことではある。どこかのチャンネルで『恋人たち』の再放送はないものだろうかと思うのであるが、かかる思い出は胸の奥にしまっておいたほうがやはり幸せだろうか。

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 なお、立原にはこの『恋人たち』と『はましぎ』を下敷きに書き直した『海岸道路』という作品があるが、プロット、登場人物、舞台設定がほとんど同じで、それらを水でうすめたような作品だ。解説によれは、川端康成はこの作品について「小遣い稼ぎに書いたような作品は全集に入れるべきではない」という旨の発言をしたらしいが、確かに深みのないストーリーの骨組みだけのような作品であり、ちょっと失望である。