昔 作家にして長野県知事だった田中康夫氏が横浜市長選(8月8日告示、同22日投開票」に立候補するとか情報が流れていました。
浜爺は「長野県下でお住いの方が何で横浜市長選に立候補できるのか?」と非常に単純な誤解をしていました。地方議員は最低3か月は立候補地に居住の実態が無いといけないそうで、当選後居住の実態がないとか騒動になるのはこの条件に触れる訳ですね。ところが都道府県知事や区市町村長などの「首長」には、「その地に最低3か月」との居住条件は無いそうです。そこで田中氏は本気なのだなと理解出来ました。その田中氏が何で横浜市に興味を持ったかは8日の横浜市内での記者会見での質疑で判りました。田中氏はざっと7年間FM横浜に自分の番組を持ち横浜の人士多数と知り合いになり横浜の光と影にも触れる機会があり、IR反対の他、その他提言をひっさげ立候補を決意した様です。長野県知事時代に長野冬季五輪の経費の帳簿問題で「約9000万円の使途不明金」を帳簿類の焼却とか原始的な隠ぺいに負けづ探り出しましたが、その後の処理がはっきりせずうやむやになった記憶が有ります。IR誘致反対では自民党から小此木八郎前国家公安委員長が、ここをクリック⇒先月25日に辞任し横浜市長選に立候補していますから田中康夫氏の立候補はどう影響するでしょうか? 小此木八郎氏です〈ネットから)
横浜の自民党会派は小此木支援で一本化できず、自由投票だそうですから乱戦になりそうです。この3期は林市長は「いつも草臥れた顔をして議会に立った記憶しか有りません」から誰が市長に成るにしろ、乱世には首長としてしっかり行政を取り仕切る力量の方が必要に思えます。立候補の方はIR誘致反対他の地域活性政策をお聞かせください。お願いします。
写真:横浜市長選出馬を表明した田中康夫氏=横浜市中区で
東京新聞:
横浜市長選(8月8日告示、22日投開票)で、元長野県知事で作家の田中康夫氏(65)が8日、市内で記者会見し、無所属での立候補を正式に表明した。「この街から日本を変えていく」と述べた。市が進めるカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致は「もう答えが出ている。横浜にカジノ、IRは設けないことで、市民のコンセンサスが取れている」と反対を明言した。
田中氏は、世論調査で市民の過半数がIR誘致に反対していると指摘し、「今のコンセンサスを選挙で改めて確認する」と語った。
田中氏は2000年に長野県知事に初当選し、06年まで2期務め、「脱ダム宣言」などで注目を集めた。在任中に新党日本代表に就任。07年以降は参院議員や衆院議員を務めた。
市長選にはこれまでに、自民党衆院議員の小此木八郎氏(56)、元横浜市立大教授の山中竹春氏(48)=立憲民主党推薦=、弁護士の郷原信郎氏(66)ら7人が出馬を表明。現職の林文子市長(75)も立候補を検討している。(丸山耀平)
田中氏の主な会見の内容は次の通り。
◆選挙はカジノの住民投票
横浜は港町。国際港湾都市。18区あるが、臨海部の区は6つ。残りの3部の2は内陸部。横浜で税金を納めている人は臨海部だけではない。内陸部もある。現場にこそ変えていくべきもの、伸ばすものがある。
横浜にカジノIRは設けないということで、市民のコンセンサスが取れていると思う。あらゆる媒体の世論調査でも、常に過半数を大きく上回る人がその計画、企てに関してNOと言っている。その前提に立って行うこと。巨額のお金をかけて新たに選挙の後に住民投票をするなどということは、この選挙は1人の候補者を選ぶとともに、同時にカジノをつくらないという意思表示をする住民投票が含まれているものと考える。
横浜には今なお多くの在日米軍の基地と呼ばれる敷地がある。内陸の方の上瀬谷は、東京ドームに換算すると51、52個分は返還が進み、この場所をどのように使うか。上瀬谷の北半分に医療と救急と消防と保健の拠点を設ける。
◆横浜から日本を変える
(なぜ横浜市で出馬するのか)FM横浜という放送局で(自分の番組を持ち)今度の秋で7年目。横浜で商いをしていたり。ビジネスをやっている人と知り合いになる中で、横浜の光と陰。多くの人が移り住みたい街の落差、裏表を知るようになった。今までの高度経済成長ではない、量の拡大ができなくてむしろ質の充実という発想の転換がこの日本を新たに作り直していくことではないか。その最も多くのことが、市民の理解や協力、職員の理解や協力を得てできるのが横浜だろう。ですので、3月に家を借り、誕生日に4・12に横浜市民になり、この街から日本を変えていくということ。皆さんと一緒に変えたい。
(出馬にあたり、カジノ抜きの山下ふ頭再開発を求める「横浜港ハーバーリゾート協会」の藤木幸夫会長と話したのか?)藤木幸夫さんとはラジオの番組が始まる前から存じ上げていて、大変に親しくおつきあいをさせていただいてきている。選挙中には91歳になられるのかな。私の父親と同い年で、非常にかくしゃくとしていらっしゃる。藤木さんには親しくおつきあいをさせていただいている。
(引用終わり)