王様の耳はロバの耳

横浜在住の偏屈爺が世の出来事、時折の事件、日々の話、読書や映画等に感想をもらし心の憂さを晴らす場所です

戸塚校長 徳育 を語る

2006-05-03 05:38:58 | 社会
GW 第4日目の昨日2日昼 この日は店が休み 昼前後から激しく雨が降り出し雷も鳴った
自宅でテレビ朝日を見るとも無く見ていると大和田獏さん司会の番組に戸塚ヨットスクール校長の戸塚氏が出演した
出所後も「体罰は教育である」と言ってはばからない戸塚氏に対しもう一方のゲストと大和田氏がかみ合わぬ議論を繰り返す 

爺は覚えているけど1980年代に戸塚ヨットスクールで箸にも棒にも掛からない馬鹿な若者を預かって強烈な体罰を含む矯正訓練を施した 成果もあった様だが2名が訓練死亡 2名が訓練の帰途船から海に飛び込み(後に死亡が確認される)
一連の事件で戸塚氏は逮捕され裁判の後収監され4月29日刑期満了で出所した

戸塚氏は家庭教育や学校教育でどうしようも出来ない問題児を猛烈な体罰を含む合宿(ヨット)訓練でまっとうな人間に直す事を目的にしており700名ほどの卒業生を出した TVではその一人が画面に出て「顔が変わるほど殴られたが自分にとっては立ち直る良い機会であった」と語った

ゲストの指摘する「万人に通用する体罰教育はない」との主張にも戸塚氏は「医師の診断(情緒障害)でさえ受け入れない家族の依頼で訓練したが効果があった」とか大和田氏の「父親として子供の教育には体を張って頑張った」との発言に家庭では教育は出来ないと断言して憚らない
では戸塚氏の教育とは?だが 「知育・徳育・体育のうち徳育を行う」との様である 「縄文以来人類は精神的に進歩していない それを徳を高めることで(問題児の行動を)直す」ので実生活に役立つと 徳の最高位は如来であるが自分(戸塚)は一歩手前の菩薩であると 
時間の関係で突っ込み不足、説明不足で終わった 現在8名ほどの訓練生で「体罰教育」も昔ほどでは無いとの事だが戸塚氏の「戸塚ヨットスクール」復帰を待ち望む向きもある様だ

爺は思う 3~4歳児の頃までに両親にしっかりしつけをされず小学校入学までに家族や町内の方にしつけを受けなかったまま小学校に入り2,3年生ではや授業内容についてゆけない若者がところてん式に中学に入り15歳を過ぎてからでは生や半端な教育で曲がったものがまっすぐになる訳も無い
しかし体罰万能でもないので真実はその中間或いは体罰で直る者半分と直らない者半分という事であろう
「学ぶ」の旧字は家の中の子を先生が手に鞭を持って(見守る)いる象形だそうで教育とは野放しでない また教える側に仰ぎ見て納得する畏敬を感じさせる権威がないといけない 昔山本七平氏が将棋の内弟子となり厳しく切磋琢磨する子達とヨットスクールに無理やり入れられた子達の違いを書いていた

戸塚氏は当分あちこちに顔を出し教育問題に波紋を呼ぶことになろう 別の機会にもう少し長く氏の高説を伺ってみたい



コメント (15)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 国家の品格論 第四章 | トップ | 国家の品格論 第五章 »
最新の画像もっと見る

15 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
TBありがとうございます (ちょうめい)
2006-05-03 10:51:25
しっかり全体を要約していらっしゃって

偶然パッと見ていて書いた私の記事よりよほど読む価値がある記事だと思います。



私は適切な体罰自体は反対ではありませんが、

戸塚氏は親からお金をもらって「預かって」いたのですから

結果死なせるということをしてしまえば教育以前に「監督責任」がダメで子供を預かる者としては失格であり

体罰においても「素人」だと思っています。
返信する
ありがとうございました (みたけサイマス)
2006-05-03 11:56:17
確かに、あの番組での取り上げ方は、戸塚さんに批判的なとらえ方でした。しかし、私が思うには、戸塚さんも時間に関係かもしれませんが、分からない人に話しても仕方がないというような、言い方ではなく、違った方法がなかったと思います。



マスコミの報道することを鵜呑みにできないというのは、言われ始めてから久しいですね。家庭内が親は子どもの、子どもは親の顔色ばかり伺っていて、思っていることを伝え合うという機会が、少なくなっているのも確かのように思います。



2,3歳までは、親の姿をしっかりと見させる。それ以降は、小学校の低学年までは、子どもの疑問にしっかりと答える。そうすれば、後は子どもに任せていても、大丈夫のように思います。



それができていない親も多いのが、現状であって、思春期になっても自分自身の判断ができないという子どもをどうするかという時に、戸塚ヨットスクールも一つの方法かとも思います。



ただし、あくまで一つの方でしょうね。尾道の土堂小学校の蔭山先生が、言われるように方法は一つではない、ということにヒントがあるように思います。「どうしたら、どうしたらいいんだろう」と考える時にいろんな方法が見つかると思います。



偏りがあったにせよ、あの場で「現状を打破するには、どうしたらいいんでしょうか」と問いかけて欲しかったように感じました。100%の正義もないし、100%の悪もないというのが、持論である私には否定から入るのではなく、人の言っていることをしっかりと受け止めてからの発言があってしかるべきだと感じました。
返信する
手遅れにどうするか? (浜の偏屈爺)
2006-05-03 11:58:02
ちょうめい 様 今日は お立ち寄りとコメント有り難う御座いました この話は「教育と体罰」と言う一般論で語られますが 当時(1980年代前後)日本の家庭、社会と教育界が捨てた「箸にも棒にも掛からない馬鹿者度ども」を猛烈な体罰で矯正し一定の成果を挙げ不幸にも4人の犠牲者を出したと言うことです 今ニート、引きこもりが問題になり警察や自衛隊の訓練所等で矯正訓練が声高に語られ或いは「国家の品格」で武士道精神

(説明不要・叩き込む)による教育を主張する本が100万部以上の売れ行きとか

本来は家庭における初期のしつけを誤っている事を入り口と出口で議論しています 爺は少子化のカテゴリで書いてるように子持ちの婦人は家庭に戻れる条件を国が整える事が問題の反復をとめる事が大事と思っています またお立ち寄りください



返信する
Unknown (Unknown)
2006-05-03 12:28:59
みたけサイマス 様 今日は お立ち寄りとコメント有り難う御座いました 戸塚ヨットスクールの訓練は「世間で箸にも棒にも掛からない奴ら」に対する教育法の一つで体罰も有効であったのだろうと思います 家庭内暴力・育児放棄・過保護・精神障害など原因はいろいろなので対策もそれだけあるのであろうと思います 産業立国で夫婦共稼ぎでなければ車のローンや住宅ローンを払えない世の中の仕組みを変えて乳幼児を持つ夫人を家庭に返す政策を国策の根源にすえなければいけないと思います 又お立ち寄りください

返信する
そうですね (みたけサイマス)
2006-05-03 18:47:39
おっしゃるとおりでしょうが、車のローンを払えないのなら、車を買わなくでも、家をそんなに無理して買わなくても、と思うのはもう古い人間なのでしょうか。ただし、専業農家では、炭焼きでは、食べていけないではいけないように思います。私には大きな力はありません。でも、良い若者も多くなってきたことですし、片田舎でもう少し、皆さんのお力をお借りして、教育をいうものを見つめていきたいと思います。
返信する
TBありがとうございます!! (よっちゃん)
2006-05-03 23:53:01
記事拝見いたしました さすが、オイラなんぞとは一味もふた味も違った、深い考察をされていますね。オイラもたまたま小規模ながら、武道を通じ子供達の教育に携わっていますが、やはり原点は家族の相互理解だと経験上思っていますし、間違ってはいないと信じています。人間とはホントは性悪説なのかもしれません。その人間に「人を信じること」「お互い助け合うこと」を学ばせて、理性あるものに育てていく場こそ家庭であり、その恩恵を不幸にして受けれなかった子供が、非行や犯罪に走ってしまうのではないかと思っています。体罰も、愛情表現の一種かもしれませんが、それが「愛情」であると子供に理解させて、初めて意味があるのだと思います。これからも楽しみに読まさせていただきます。  
返信する
愛の鞭 (浜の偏屈爺)
2006-05-04 12:10:20
よっちゃん 様 こんにちわ お立ち寄りとコメント有り難う御座います 一般論ですがしつけには体罰が必要な場合があると思います しかしそれは「愛の鞭」と言われる位で竹のヘラか木の枝で手や足を打つ程度でしょう 顔を平手打ちとか顔の形が変わるほどは程度を越えますし死に至っては論外でしょう

しかし幼児期親のしつけを受けず学校の教育に影響を受けず「箸にも棒にも掛からない連中」がいるのも事実でしょう その間武道やスポーツとか音楽の様な習い事で立ち直るきっかけが出来た人は幸せですね 戸塚ヨットスクールは極端な例ですが一つの方法でしょう 死者を出したのは行き過ぎでが

この場合その中間に真実があると思います

愛情に裏打ちされた厳しい訓練と仰ぎ見て畏敬する師の態度 それであれば打ったり蹴ったり死を招くなんて考えられないのですが



よっちゃん様 弟子を可愛がって厳しく指導してください



又お立ち寄りを

返信する
はじめまして (ほしのしずく☆)
2006-05-04 20:49:15
ほとんど記事と言えない記事に、トラックバックありがとうございました。^^

こちらからも、トラックバックさせてくださいね。

こちらのブログ拝見しました。

中身のある記事がたくさんありますね。

また、これからもよろしくお願いいたします。^^

返信する
TBありがとうございます。 (うらん)
2006-05-05 03:06:08
はじめまして。TBありがとうございます。

お礼が遅れまして申し訳ありません。

テレビでの戸塚氏の扱いがあまりにもいい加減なものばかりだったので、頭にきてしまって思わず書いてしまった記事でした・・。



偏屈爺さんの記事後半、「3~4歳児の頃までに~」は全くその通りだと思います。

小さなときから場に応じて骨身に沁みた怒られ方をしている子供は、真っ直ぐ育つものだと思います。

打たれ強い、とでも言うのでしょうか。

怒られた内容を自分の中で静かに受け止め、どうにか消化しようとするものだと思います。

「意見を尊重」されるばかりで育ってきた今の子供たちにはなかなか難しいことだと思います。



私の娘は小学高学年なのですが、悪いことをすると必ず父親に強く一発頬を叩かれます。

一発だけ、というのが我が家でのルールで、でもこの一発がとても子供たちには効くようです。

「パパが一番怖い」そうです。

そして体罰があった後では、親の方も子の方も後には引かずくさくさ考えないことを心がけております。

そしてその後はみんなで楽しく過ごします。

もちろんこどもが同じ間違いを繰り返すようなら、さらに強く張り倒します。

大事なことを伝える為にも、必要とあれば外でもぴしゃんと叩きますが(もちろん叩くこちらも恥ずかしいです)子供を叩く事のない若い世代の親には特に振り向かれるようです。

「何も叩くことないのに・・」「言葉で説明すればいいのに」と。

体罰が万能だとは思いませんが、あまりにも「しつけ」そのものに対する考え方が貧困になっていると感じます。



長々と書いてしまいました。

根性のすわらない若い母親ですが、これからも楽しく読ませていただきます。



ではでは。
返信する
教育のいろいろな形 (浜の偏屈爺)
2006-05-06 10:52:14
うらん様 お早う御座います お立ち寄りとコメント有難う御座います 戸塚氏は戸塚氏で「箸にも棒にも掛からないどうしようもない悪がきを躾ける方法に猛烈な体罰を考えました」4人死亡は行き過ぎですが一つの方向です 望むべきは幼児期父母に可愛がられしつけの範囲の罰 手足を叩く、新聞紙を丸めて叩く、押入れに閉じ込める等 駄目な事をやってはいけない やったら罰を受ける は教育の一環です お灸をすえるのも本当にありましたよ 真実は一つではないし

子供から糞餓鬼まで対象に応じて個別に考えるもんだいでしょうか 又お寄りください

返信する

コメントを投稿

社会」カテゴリの最新記事