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15歳未満認める「A案」衆院で可決…臓器移植改正案

2009-06-18 22:37:03 | その他(国内)
15歳未満認める「A案」衆院で可決…臓器移植改正案(読売新聞) - goo ニュース

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 臓器移植法改正案は18日午後、衆院本会議で採決され、脳死を「人の死」とすることを前提に、現行では禁止されている15歳未満からの臓器提供を可能とすることを柱としたA案が賛成多数で可決された。

 審議の舞台は参院に移るが、A案の成立に消極的な意見や慎重審議を求める声が出ており、成立までには曲折も予想される。

 採決は記名投票で行われ、投票結果は賛成263、反対167だった。投票総数は430だった。共産党は時期尚早との理由で採決を棄権し、そのほかの政党は個人の死生観や倫理観に基づく問題であるとして、党議拘束をかけず議員個人の判断に委ねた。

 A案は脳死が「人の死」であることを前提として、臓器提供の条件について、書面による生前の意思表示と家族の同意を必要としている現行制度を大幅に緩和した。本人意思が不明でも生前の拒否がない限り家族の同意で臓器提供できるよう改める。現行では臓器提供の意思表示ができる年齢を15歳以上としているが、本人意思が不明でも臓器提供が可能になることで年齢制限は撤廃され、乳幼児からの臓器提供が可能となる。また親族への臓器の優先提供についても本人の意思表示ができると定めている。

 国会に提出された四つの改正案のうち、最も臓器移植の機会を拡大する可能性があり、患者団体や日本移植学会などが支持していた。

 残る3案は、臓器提供可能年齢を現在の「15歳以上」から「12歳以上」に引き下げるB案、脳死の定義を厳格化するC案、15歳未満について家族の同意と第三者による審査を条件に可能とするD案だったが、最初に採決されたA案が過半数の支持を得たため、採決されないまま廃案となった。

 A案は同日中に参院に送付され、参院厚生労働委員会で審議が行われる見通しだ。参院の民主、社民両党の有志議員はC案の考えに近い新案を参院に提出する構えを見せており、西岡武夫・参院議院運営委員長は「参院でまだ何の議論もしていない。この問題は慎重にあらゆるケースを考えないと禍根を残す」として、一定期間の審議が必要との認識を示している。

 現行の臓器移植法は1997年6月に成立した。施行後3年の見直し規定があり、臓器提供条件の緩和や15歳未満の臓器提供を認めるよう、患者団体や日本移植学会が法改正を求めてきた。2006年にA、B両案が与党の有志議員によって国会に提出された。C案は両案の対案として、野党の有志議員によって07年に提出されたが、長らくたなざらしの状態が続いていた。

 昨年5月、国際移植学会が自国外での臓器移植自粛を求めた「イスタンブール宣言」を採択し、世界保健機関(WHO)も臓器移植の自国内完結を促す指針を取りまとめる方向となった。このため、15歳未満の臓器提供が禁止されている日本の小児患者は臓器移植を受ける道が閉ざされる可能性が出てきたことから、にわかに同法の改正論議が活発化した。
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私はA案可決に衝撃を受けている。衆議院に提出された4案のうち、最も「過激」なのがA案だったから、私は、A案以外ならどれでも良しと考えていた。いくらなんでも脳死を人の死の原則にするのは飛躍しすぎだろう。

脳死状態となった子供が、その後も心臓が動いたまま成長を続ける例がいくつか報告されている。脳死状態の子供を毎日風呂に入れ、その身体の成長を見守っているある父親は「私は死体の成長を見届けているのか」と憤ったという。

生物学的に見た場合、脳死状態に陥っても自律神経系が正常に機能していれば、心臓その他の臓器をコントロールし続けることができる。これに対し、心臓が停止すれば、脳は約3分で酸欠状態となり、5~10分で確実に死に至る。

脳が死んでも心臓が生き続けることができる場合があるのに対し、心臓が停止したら脳は絶対に生き延びることはできない。これは、人間の生物学的な死を決定するのが心臓であることを示しているといえる。人間の死は心臓死が原則であるべきで、その原則を覆すA案を、当ブログは認めることはできない。

第2の問題点は、A案が臓器提供を行う側の意思も人権も全く無視していることだ。「本人の拒否がなければ、家族の同意のみで臓器移植が可能」というが、この原則が意思表示のできない乳幼児に適用されたら大変なことになってしまう。A案が成立すれば、極端な場合、家族に同意を強制する医師や、脳死に追い込むため乳幼児の頭に注射をする医師が表れかねないだろう。臓器提供を受ける側の都合ばかりが優先され、提供する側への考慮がみじんもないA案は、バランス感覚に欠けた最悪の案だと当ブログは考える。

臓器提供の現場では、提供する側は脳死患者の命にみずからの意思表示によって幕を下ろすというつらい決断をしなければならないし、提供を受ける側は提供する側へ謝意を示しつつ、みずからのために命を絶たれようとしている人の分まできちんと人生を全うしようと約束することが前提でなければならないと思う。ところがA案が法律となった場合、臓器提供を受ける側の都合だけが優先され、「なにやってんだ、さっさと臓器よこせよ」的なことになりはしないかという危惧が私にはある。臓器移植をめぐる医療が、そのような、命への感謝を忘れた不遜な現場になるくらいなら、そんな法案は通すべきではないと私は思うのだ。

とはいえ、臓器移植を待っている患者の多くが子供であることも事実だ。脳死状態に陥った子供は成長ができるものの、意識の回復は望みがたい。一方、臓器提供を待つ患者は、提供者が現れれば回復し、まっとうな社会生活を送れるようになる場合が多い。意識が回復する見込みのない脳死者から臓器を提供してもらい、救える命を確実に救うということが社会全体の要請であるとともに、公共の利益であることも確かだ。そのための手段を確保することも政治に課せられた使命であると言えよう。

今回の法案採決には、共産党を除いて党議拘束がかからなかったため、議員個人が各自の意思に基づいて態度を決めたとされるが、実際にはA案への賛成は自民党が7割を占めた。その上、「傍聴席で涙ぐみながら可決を喜ぶ、臓器移植を待つ子の母親」の映像だけが繰り返しテレビで流されるなど、マスコミ報道があまりにも一方的過ぎる。その映像を流すなら、脳死の子を持つ母親の声も流すべきだと考えるが、それに触れたメディアは私の知る限り、なかった。こんな状態での法案可決を喜べと言われても無理であり、今後、もっと多角的で広範な議論が必要であることは間違いないだろう。

それにしても、命の尊厳をある意味で無視するこのような非常識な法案が可決される衆議院は、今、民意が全く反映しない場所になってしまっている。やはり、さっさと解散総選挙をすべきではないか。

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