福島第1原発事故については、福島原発告訴団による粘り強い立証・責任追及活動が続いているが、このたび、東京電力が事故前から福島第1原発で「実際には津波対策が必要」と認識していたことを示す決定的な資料が見つかった。
この点について、ウェブマガジン「
マガジン9」のサイトで、小石勝朗さんが詳しい
解説記事を執筆している。長くなるが、全文を引用する。
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小石勝朗の「放浪記」第52回~「津波対策は不可避」と東京電力は認識していた
「想定外」という言葉が流行のように語られたのは、2011年3月に福島第一原子力発電所で未曽有の事故が起きた後のことだった。「高さ15.5メートルの津波が原発を襲うとは到底予測できなかった」と釈明するために、東京電力がしきりに使っていた。自らへの責任追及をかわすための論法だった。
しかし、2002年には政府の地震調査研究推進本部(推本)が、福島第一原発の沖合海域を含む三陸沖から房総沖の日本海溝沿いで「マグニチュード8級の津波地震が30年以内に20%の確率で起きる」との長期評価をまとめている。これをもとに事故の3年前に当の東電社内で、同原発を15.7メートルの津波が襲う可能性があるとの試算がなされ、08年6月には経営陣に報告されていたことがわかっている。
それでも東電は「15.7メートル」について「あくまで試算であり、設計上の想定を変更するものではなかった」と詭弁ともとれる釈明を続けてきた。
そんな中、東電が津波の危険を把握していたことを示す新たな「証拠」が出てきた。
東電の社内会議で配られた内部文書である。事故の2年半前に作成されたその文書には「津波対策は不可避」とはっきり記されていた。福島第一原発に津波対策を講じなければならないという認識が、東電社内で共有されていたことを意味している。しかも、それは経営陣にも伝えられていた可能性が高く、原発事故の責任を追及するうえで重要な資料になりそうなのだ。
この内部文書が明らかになったのは、東京地裁で係争中の「東電株主代表訴訟」である。東電の脱原発株主が勝俣恒久・元会長ら現・元の取締役27人を相手取り、原発事故で同社が被った損害を個人の財産で会社に賠償するよう求めている。請求額は、国内の訴訟で過去最高額の5兆5045億円。
提訴から3年が経ち、被告の取締役が「津波による原発事故を予見できる可能性があったか」「事故を回避できる可能性があったか」をテーマに審理が続いている。ここに来て、取締役を支援するため訴訟に補助参加している東電が、裁判所の勧告に応じて証拠として提出したのが、その文書だった。
で、原告弁護団は6月18日に開かれた口頭弁論で文書の概要を明らかにした。
東電がこの文書を配ったのは、2008年9月10日に福島第一原発で開かれた「耐震バックチェック(安全性評価)説明会」だった。
文書には、こういうくだりがあるのだ。
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「地震や津波に関する学識経験者のこれまでの見解や、推本の知見を完全に否定することが難しいことを考慮すると、現状より大きな津波高を評価せざるを得ないと想定され、津波対策は不可避」
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当時の福島第一原発の津波想定は「5.7メートル」である。繰り返しになるが、15.7メートルの津波の試算が経営陣に報告されたのは、この会議の3カ月前だった。
これに対して、東電はこの内部文書の「意味」を東京地裁に提出した準備書面でこう説明している。
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「当時の安全性評価や津波対策によって発電所の安全性は確保されているものの、安全性の積み増しという観点から、将来的に何らかの津波対策が必要となる可能性は否定できないという状況にあった」
「将来的に一定の津波対策を実施する場合には、発電所の職員らにも一定の作業負担がかかるなど、様々な影響が及ぶ可能性があることから、その旨を前もって伝えておくために記載された」
「この記載は、津波が現実的に襲来する危険性が存在するということを意味するものではなく、そもそも津波対策として特定の内容を前提としたものでもなかった」
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内部文書は「今後の予定」として、津波評価の改訂を「2~3年間かけて検討する」と記し、それを受けて原発の「バックチェック(安全性評価)を実施」するとしている。「対策は不可避」と認めながら、すぐには取らないというのだ。
実際、東電は翌年の09年2月に津波想定を「6.1メートル」に上げたものの、抜本的な津波対策には着手せず、同年6月に電力業界と関係が深い土木学会に津波評価の検討を委託しただけだった。しかも、検討の期限は「2012年3月」だった。
原告弁護団によると、08年6月に15.7メートルの津波の試算を報告された東電上層部は、いったんは具体的な津波対策の立案を指示したそうだ。ところが、翌月には「推本の見解は採り入れず、従来の津波評価に基づいて原発の安全性評価を実施する」と方針を転換する。今回明らかになったのは、その2カ月後の文書だ。原告弁護団は「原発の運転を停めないために、不可避の対策を先送りしたことを自白している」と読み解いている。
いずれにせよ、当時の東電の対応や、それについての説明には、納得しがたいものがある。従来の想定を10メートルも上回る津波の可能性が試算されたならば、何らかの対策を取ろうとするのが、危険な原発を運転する事業者の責務ではないだろうか。
勝俣氏ら幹部3人を「起訴相当」とした昨年7月の検察審査会の議決は、分電盤の移設、小型発電機や水中ポンプの高台への設置、建屋の水密化、電源車の高台への配置、緊急時マニュアルの整備・訓練など、比較的時間のかからない対策を取っておけば「被害を回避し、少なくとも軽減することができた」と指摘。東電の対応は「時間稼ぎだったと言わざるを得ない」「対策にかかる費用や時間の観点から、津波高の数値をできるだけ下げたいという意向もうかがわれる」と言及していることを紹介しておく。
さて、この内部文書をめぐる今後の焦点は、ここに書かれている内容を東電幹部が知っていたか、ということだろう。
東電によると、文書が配布された会議には福島第一原発の小森明生所長が出席していた。小森氏は原発事故当時の常務で、株主代表訴訟の被告になっており、この訴訟で賠償責任を認定される可能性が高くなったと言えるかもしれない。
東電は「この会議に(当時の)役員は出席していない」と説明している。だが、この文書の1枚目の「議事概要」には、津波に対する検討状況が「機微情報のため資料は回収、議事メモには記載しない」と記されている。原告弁護団は「機微情報とは、秘密性の高い情報という意味。であるなら東電の体質からしても、文書に示された認識が会社の最高幹部にただちに知らされ共有されたことは明らかだ」と主張している。
取締役の個人責任を追及していくうえでは、個々の幹部にどんな報告がなされ、どんな指示があったかを、さらに具体的に解明する必要がある。
東電が提出した文書には個人名などが隠されている箇所があるそうで、原告弁護団は原本の提示を求めている。同時に、文書の疑問点や不明点について、東電に説明を求める書面を裁判所に出している。事故の真相究明に不可欠という公益の要請に鑑みて、東電はこれらに真摯に応じるべきだ。また、関連する文書類があれば、積極的に裁判所に開示していくように望みたい。
福島第一原発の事故では、あれだけ甚大な被害や影響を引き起こしながら、これまで誰も個人として民事・刑事上の責任を取っていない。「人災」とも指摘される事故であればこそ、誰に責任があったのかをはっきりさせ、相応の法的責任を負わせることは、社会の要請だろう。ましてや、そこを曖昧にしたままの「無責任態勢」で原発を再稼働させるのでは危険極まりない。
事故の原因解明と責任追及がリンクして進むこの裁判の行方に、引き続き注目したい。