長野県・碓氷バイパスで起きたスキーツアーバス事故は、若者を中心に14人(乗客12名・運転手2名)が死亡する惨事となった。自然災害などバス事業者の責任でない事故を除けば、1985年1月の犀川スキーバス事故(死者25人)以来の悲劇だ。未来ある若者の犠牲が日本社会に与えた損失は計り知れないほど大きい。
ツアーを企画した旅行会社「キースツアー」と運行を請け負ったバス会社「イーエスピー」社のずさんな管理体制については、メディアで報道されているとおりだろう。キースツアーに関していえば、事故前から利用者のインターネット上での評価もさんざんだ。バス以外にも、同社が手配したホテルについて「部屋にバスタオルや歯ブラシすらない」「ホテルというより合宿所」「怒りを通り越し、もはやネタ(笑わせるための過剰な演出を意味する若者用語)としか思えない」などという手厳しい評価が並ぶ。「安かろう悪かろう」の典型例と言ってよい。
運転手に対する採用時健康診断の未実施(労働安全衛生法違反)、運行前に「無事到着」の書類を作成し押印(有印私文書偽造)、運行前点呼の未実施(道路運送法違反)など唖然とする実態があり、両社が責任を免れないのは当然だ。とりわけ、「無事到着」の書類を事前に作成していたことは、行政への虚偽報告に当たることから、捜査、調査の経過によっては、今後、送検~起訴などの事態も予想される。
事前の運行計画では高速道路を通行することになっているにもかかわらず、真冬の夜間に急峻な山道を含む一般道(国道18号碓氷バイパス)に承諾なくルートを変更したのはなぜなのか、解明すべき謎も多く残る。
一方で、この手の事故が起きるたびに思うことがある。悪質業者の責任を問うだけでよいのか、監督行政の責任はないのかということだ。安全問題研究会として指摘しておかなければならないのは、7人の死者を出した関越道バス事故(2012年)の後、国土交通省が遅まきながらも「
バス事業のあり方検討会」を設け、高速ツアーバスの業態を廃止。団体ツアーバスにも道路運送法を適用、バス停を利用させるとともに、運転手ひとりあたりの連続運行距離を従来の670キロメートルから400キロメートル(夜間)に制限する規制強化を行ったにもかかわらず、再び大事故を招いたという点だ。
『(バス事業のあり方検討会の報告を受けて発足した新たなバス事業制度は)規制強化にはなりません。なぜかというと、ツアーバスが無くなってすべてがこれに移るならマシかなとは思いますが、要するに傭車を認めているわけですから、……事故が発生した場合、傭車では誰が一体責任を取るのか』『ツアーバスはバス会社がお客さんと契約することはほとんどなくて、旅行業者がする。そして「新高速バス」はその旅行会社に何台か(バス車両を)保有させて運行させる。路線行為を行わせた上で、その時の需給によって他社のバスを使えるようにする。……すると今のツアーバスはそのまま委託すれば走れるわけですから、基本的なものは変わっていません』『高速ツアーバスが始まった当初はディズニーランドのチケットをセットで販売していましたが、これと同じように観光チケットや宿泊などをセットにすれば従前のツアー旅行になりますので、「新高速バス」に移行しなくても違法にはなりません』(『高速ツアーバス乗務員は語る 規制緩和と過酷な労働実態 家族は乗せたくない』(2012年、自交総連、日本機関紙出版センター)より抜粋)
こんな重大証言をするのは、
自交総連大阪地連書記次長の松下末宏さんだ。格安だけが売り物だったツアーバス会社の4割を廃業に追い込み、鳴り物入りで発足したように見える「新高速バス制度」も抜け道だらけ、穴だらけで規制強化の体を成していないというのだ。結局のところ、「旅行業者は格安でツアーを募集、バス会社に対する強い発言力を利用して無理な運行条件を押しつけ」「旅行者はバス運行現場の実態を知ることもなく、乗客に対する責任も負えない」というツアーバスの最も本質的な部分に国交省は何ら手をつけず、事実上放置したのだ。
しかも、監査や行政処分も中途半端で大甘だった。国交省は、イーエスピー社が運転手の採用時健康診断を怠っていたとの理由で、事故2日前に同社に行政処分を下したが、その内容は同社が7台保有するバス車両のうち1台だけを使用停止にするというものだった。全車使用停止の処分にしていれば、結果は違ったものになった可能性がある(松下さんが指摘する「傭車」という抜け道がある限り、仮に全車使用停止の行政処分が下ったとしても、キースツアー社は他社に運行委託すればよいだけであり、行政処分に実質的意味もない。だが、外国人観光客の急増による最近のバス需要の逼迫により、全車使用停止の処分が下っていれば、急な傭車の手配ができず、事故につながる危険なツアーを中止に追い込むことができた可能性はある)。このように考えると、目先だけの制度変更でお茶を濁しながら、危険な格安ツアーバスの本質的部分には何ら手をつけず、悪質業者に対しても、ないよりマシとさえ言えないような大甘の行政処分で済ませていた国土交通省の責任を、当研究会としてはやはり問わざるを得ないと考える。
バス事業のあり方検討会を受けて新高速バス制度が発足した直後の2013年8月4日付で、安全問題研究会は
コメントを発表。新高速バス制度への移行を基本的には歓迎しながらも、このように指摘した。
『過当競争の中、バス事業者は間断のないコスト削減圧力にさらされている。この機会に、当研究会は国交省に対し、バス事業者に対する不断の検査、チェックの徹底を期するよう改めて求める。もしこの検査、チェックが有効に実施されなければ、今回のせっかくの規制強化も画餅に終わるであろう』
すでに報道で指摘されているように、規制強化後もバス業界は運転手の人手不足、過当競争に苦しんでいる。今回の事故は、2年前、当研究会が新高速バス制度への不安を感じて発した警告が最悪の形で現実になったことを示した。事故再発の危険性を感じながら止められなかったことは、当研究会としても痛恨の極みである。
「バス事業のあり方検討会」の議論には、バスファン向けの趣味雑誌「バスラマ・インターナショナル」編集長の和田由貴夫さんも有識者委員のひとりとして参加した。報告書がとりまとめられるに当たり、和田さんは「バス事業のあり方検討会」事務局に宛てて意見書を提出している。
「今こそ、バスのあり方の検討を」と題された意見書では、次のような傾聴に値する提言が行われている。単なる趣味雑誌編集長としての域を超えた、このような大局的な考え方こそ、今後のバス事業にとって最も必要なことだと当研究会は考える。
『公共性が高いバス事業に関しては規制緩和という前提条件の正否も議論の俎上に上げるべきではないだろうか。……バスの安全は制度が保障するものではなく、最終的にはドライバーに委ねられているという事実は、安全教育に厳しい事業者や現場には共通した認識である。本委員会にも労組の代表が参加し有益なご意見を述べられたが、近年は大手事業者が非採算部門を子会社に委託する例が多く、そこで働くドライバーには組合がない例が多い。その人々は津波で防潮堤が破壊された沿岸部で仕事をしているようなものである。……利用者にとってのバスは、よりよい生活の道具になることが求められている。それには「健康で持続可能=ロハス」が前提だが、日本のバス業界は、残念ながら現場のドライバーを含めて歯を食いしばって懸命に維持している実情にある。「年始も祝日も勤務があり、休暇が取りにくい。拘束時間が長いが賃金は安い」という産業が「健康で持続可能」といえるのだろうか』
国土交通省とバス業界は、今こそ、この和田さんの意見に真剣に耳を傾けるべきだ。そうでないと、悲劇はまた繰り返されると、改めて当研究会は警告する。