安全問題研究会(旧・人生チャレンジ20000km)~鉄道を中心とした公共交通を通じて社会を考える~

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【週刊 本の発見】少女の澄んだ瞳が見た福島原発事故後10年の記録/『わかな十五歳 中学生の瞳に映った3・11』

2022-03-03 19:00:58 | 書評・本の紹介
(この記事は、当ブログ管理人が「レイバーネット日本」の書評コーナー「週刊 本の発見」に寄稿した内容をそのまま転載したものです。)

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わかな十五歳 中学生の瞳に映った3・11』(わかな・著、ミツイパブリッシング、1,700円+税、2021年3月)評者:黒鉄好

 著者・わかなさんは、福島県伊達市に住む中学3年生の時に福島原発事故に遭った。それまでは親の敷いたレールの上を、いい子の仮面をかぶって走るのがいい人生だと信じてきた。そんな虚構を打ち砕いたのが3.11だった。この世で最も大切なのは「命」のはずなのに、親も教師も友人も自分自身をごまかし、命より他のものを上位に置き、平気で天秤にかける。その矛盾に心を苛まれ、わかなさんは何度も死を思ったと告白する。

 この葛藤は多くの福島県民に共通のものだ。震災死者数は岩手県5,145人、宮城県10,567人、福島県3,920人と東北太平洋側の被災3県の中で宮城が半数を占める。だが震災「関連死」は岩手県470人、宮城県929人に対し、福島県は2,319人で福島が3分の2を占める。自死や孤独死が大半だと思われる。先の見えない辛さ、それまでの人間関係を中心とする「社会関係資本」の喪失が、被災者の心理に大きな影響を与えるのだ。

 2011年3月11日はわかなさんの卒業式だった。望んでいた福島県内の高校にせっかく合格したのに、自分の意思で避難を決めたわかなさんは山形県の高校に編入となる。山形も放射能汚染されているはずなのに、編入先の高校の生徒たちが他人事で、福島を外国での出来事のように見ていることにショックを受ける。この高校生活が「暗黒の3年間だった」とわかなさんは言う。

 高校の友人の助言で、ツイッターに思いを吐き出すようになると、心配してくれる人の多かったのが北海道であり、移住への希望が募る。短大生の時、山形の自宅を出て北海道に移住。自分の気持ちに蓋をしようとして壊れてしまった多感な思春期は、それでも自分に正直に生きようと決めた今、貴重な準備期間だったとわかなさんは振り返る。

 読み終わった瞬間、痛みを感じる。著者わかなさんの純粋さが、大人たちのどんな小さな心の欺瞞も容赦なく撃ち抜くからだ。「嘘や、不正や、隠ぺいを野放しにしてきた積み重ねが、原発事故を招いた」(本書P.92)との指摘に評者は全面的に同意する。評者もまた各地に講演に招かれるたびに同じことを主張してきたからである。

 評者の政治上の師であった国労闘争団の故・佐久間忠夫さんは「14歳の時国鉄に入り、戦争が終わった。昨日まで軍国主義を唱えていた教師が無反省に民主主義に変わるのを見て大人を信じられなくなった」と、生前よく語っていた。わかなさんの澄んだ瞳にもそれと同じものを感じる。昨日まで信じていた価値観が目の前で崩れ落ちた77年前の焼け野原。2011年3月の福島も、日本にとって第2の敗戦なのだ。

 大人を信じず、自分の頭で考える人々が戦後民主主義の礎を築いた。77年後の今、私たちは再びスタートラインに立たされ、試されている。わかなさんは自分に正直に生きることを、読者はじめ他者へも求める。日本、そして日本人が壊れ墜ちた民主主義を再建できるかどうかは、どれだけ多くの人がいわゆる「大人としての分別」を投げ捨てられるかにかかっている。

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