東電元3幹部を強制起訴 原発事故の責任追及「やっとここから」(東京)
-----------------------------------------------------------------
東京電力福島第一原発事故で、検察官役の指定弁護士は二十九日、昨年七月の東京第五検察審査会の起訴議決に基づき、「大津波を予測できたのに対策を怠り、漫然と原発の運転を続けた過失がある」として、東電の勝俣恒久元会長(75)ら旧経営陣三人を、業務上過失致死傷罪で在宅のまま東京地裁に強制起訴した。発生から三月十一日で五年。甚大な被害をもたらした原発事故の刑事責任が、初めて裁判で問われる。
他に起訴された二人は、ともに原子力・立地本部長を務めた武藤栄元副社長(65)と武黒(たけくろ)一郎元副社長(69)。今後、事前に争点や証拠を絞り込む公判前整理手続きが行われる。公判で勝俣元会長らはいずれも無罪を主張するとみられる。
強制起訴は二〇〇九年五月の改正検察審査会法施行後、九件目。
起訴状では、勝俣元会長ら三人は、福島第一原発の敷地の高さ(海抜十メートル)を超える津波が襲来し、津波による浸水で重大な事故が起きる可能性を予測できたと指摘。原発の運転停止を含めた津波対策をすべき注意義務を怠り、東日本大震災に伴う津波で重大事故を引き起こし、四十四人を死なせ、十三人にけがを負わせたとした。
◆コメントは控える
東京電力の話 刑事訴訟に関することであり、コメントは差し控える。損害賠償、廃炉・除染に全力を尽くし原発の安全性強化対策に不退転の決意で取り組む。
◆武藤類子・告訴団団長 進む再稼働「教訓学んでない」
「やっとここまできた」。事故の責任追及を求めてきた「福島原発告訴団」の武藤類子団長(62)は、東京電力の旧経営陣が強制起訴されたことに感慨深げだ。「三人は真実を語り、なぜ事故が起きたかを明らかにしてほしい」
放射能汚染で、日々の営みを奪われた一人だ。二〇〇三年に豊かな自然に囲まれた福島県田村市で喫茶店をオープン。裏山で摘んだ野草をお茶にしたり、ドングリを使った料理を振る舞ってきた。だが、約四十五キロ離れた東電福島第一原発で起きた事故によって、山の幸は汚染されドングリもキノコも食べられなくなり、薪(まき)も燃やせなくなった。店は一三年春に廃業した。
「被害の大きさだけではなく、調べれば調べるほど、東電は津波対策を握りつぶしてきたことが分かってきた。想定外ではなかったのに、事故の責任を誰も負わないのはおかしい」
一二年に告訴団を結成し、団長になった。福島県民約千三百人でスタートし、全国に共感が広がり、一万四千人超にまで膨らんだ。今年一月には、裁判で検察官役を務める弁護士にエールを送るため、「支援団」も発足させた。
「原発事故は収束していないし、被災者はまだ困難な状況にある。責任をうやむやにしてはいけない。反省しなければ、また事故が起きる」と訴える。
事故後、九州電力川内(せんだい)(鹿児島県)、関西電力高浜(福井県)の原発計四基が再稼働し、運転開始から四十年超の高浜1、2号機さえも、再稼働が近づく。「福島第一の1号機も、四十年になる直前で事故になった。老朽化も一つの原因かもしれない。福島から何も学んでいない。裁判を通じ、原発政策の問題点も明らかになれば」と期待する。 (荒井六貴)
-----------------------------------------------------------------
当ブログ管理人は、福島原発告訴団には結成からずっと関わってきた。結成集会で採択された「福島原発事故の責任をただす!告訴宣言」(福島原発告訴団サイト)は当ブログ管理人が起草したものだ。当時、福島県内に住んでいた私は2012年6月の第1次告訴の段階から告訴人に名を連ねている。JR福知山線脱線事故に関わる中で得た検察審査会や強制起訴についての私の予備知識を、ずいぶん役立ててもらえたと思っている。
それから4年、武藤団長と同様、今日の起訴は感無量であり、ひとつの区切りだ。ただ、あくまでゴールではなく、スタートラインに立ったに過ぎない。検察が不起訴にした事件だけに、有罪立証のハードルは高い。本当の困難は起訴とともに、これから始まるだろう。
しかし、それでも私たちはこの課題に取り組まなければならない。4年前、自分自身が起草した告訴宣言を久しぶりに読み直してみると、身が引き締まる思いだ。政府や巨大企業は何をやっても罰せられない、世界でもまれに見る「無責任大国ニッポン」を私たちの時代で終わりにしなければならない。
-----------------------------------------------------------------
東京電力福島第一原発事故で、検察官役の指定弁護士は二十九日、昨年七月の東京第五検察審査会の起訴議決に基づき、「大津波を予測できたのに対策を怠り、漫然と原発の運転を続けた過失がある」として、東電の勝俣恒久元会長(75)ら旧経営陣三人を、業務上過失致死傷罪で在宅のまま東京地裁に強制起訴した。発生から三月十一日で五年。甚大な被害をもたらした原発事故の刑事責任が、初めて裁判で問われる。
他に起訴された二人は、ともに原子力・立地本部長を務めた武藤栄元副社長(65)と武黒(たけくろ)一郎元副社長(69)。今後、事前に争点や証拠を絞り込む公判前整理手続きが行われる。公判で勝俣元会長らはいずれも無罪を主張するとみられる。
強制起訴は二〇〇九年五月の改正検察審査会法施行後、九件目。
起訴状では、勝俣元会長ら三人は、福島第一原発の敷地の高さ(海抜十メートル)を超える津波が襲来し、津波による浸水で重大な事故が起きる可能性を予測できたと指摘。原発の運転停止を含めた津波対策をすべき注意義務を怠り、東日本大震災に伴う津波で重大事故を引き起こし、四十四人を死なせ、十三人にけがを負わせたとした。
◆コメントは控える
東京電力の話 刑事訴訟に関することであり、コメントは差し控える。損害賠償、廃炉・除染に全力を尽くし原発の安全性強化対策に不退転の決意で取り組む。
◆武藤類子・告訴団団長 進む再稼働「教訓学んでない」
「やっとここまできた」。事故の責任追及を求めてきた「福島原発告訴団」の武藤類子団長(62)は、東京電力の旧経営陣が強制起訴されたことに感慨深げだ。「三人は真実を語り、なぜ事故が起きたかを明らかにしてほしい」
放射能汚染で、日々の営みを奪われた一人だ。二〇〇三年に豊かな自然に囲まれた福島県田村市で喫茶店をオープン。裏山で摘んだ野草をお茶にしたり、ドングリを使った料理を振る舞ってきた。だが、約四十五キロ離れた東電福島第一原発で起きた事故によって、山の幸は汚染されドングリもキノコも食べられなくなり、薪(まき)も燃やせなくなった。店は一三年春に廃業した。
「被害の大きさだけではなく、調べれば調べるほど、東電は津波対策を握りつぶしてきたことが分かってきた。想定外ではなかったのに、事故の責任を誰も負わないのはおかしい」
一二年に告訴団を結成し、団長になった。福島県民約千三百人でスタートし、全国に共感が広がり、一万四千人超にまで膨らんだ。今年一月には、裁判で検察官役を務める弁護士にエールを送るため、「支援団」も発足させた。
「原発事故は収束していないし、被災者はまだ困難な状況にある。責任をうやむやにしてはいけない。反省しなければ、また事故が起きる」と訴える。
事故後、九州電力川内(せんだい)(鹿児島県)、関西電力高浜(福井県)の原発計四基が再稼働し、運転開始から四十年超の高浜1、2号機さえも、再稼働が近づく。「福島第一の1号機も、四十年になる直前で事故になった。老朽化も一つの原因かもしれない。福島から何も学んでいない。裁判を通じ、原発政策の問題点も明らかになれば」と期待する。 (荒井六貴)
-----------------------------------------------------------------
当ブログ管理人は、福島原発告訴団には結成からずっと関わってきた。結成集会で採択された「福島原発事故の責任をただす!告訴宣言」(福島原発告訴団サイト)は当ブログ管理人が起草したものだ。当時、福島県内に住んでいた私は2012年6月の第1次告訴の段階から告訴人に名を連ねている。JR福知山線脱線事故に関わる中で得た検察審査会や強制起訴についての私の予備知識を、ずいぶん役立ててもらえたと思っている。
それから4年、武藤団長と同様、今日の起訴は感無量であり、ひとつの区切りだ。ただ、あくまでゴールではなく、スタートラインに立ったに過ぎない。検察が不起訴にした事件だけに、有罪立証のハードルは高い。本当の困難は起訴とともに、これから始まるだろう。
しかし、それでも私たちはこの課題に取り組まなければならない。4年前、自分自身が起草した告訴宣言を久しぶりに読み直してみると、身が引き締まる思いだ。政府や巨大企業は何をやっても罰せられない、世界でもまれに見る「無責任大国ニッポン」を私たちの時代で終わりにしなければならない。