JR西のリスクアセスメント制度 3割弱「問題点報告しにくい」(産経新聞)
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JR西日本の最大労組「西日本旅客鉄道労働組合」(JR西労組)は9日、JR福知山線脱線事故を教訓に同社が昨年4月に導入した、事故の予兆現象を事前に数値化して管理する「リスクアセスメント制度」に関するアンケート結果を公表した。事故につながる可能性のある職場の問題点を報告する際、組合員の3割弱が、上司との人間関係などを理由に「報告しにくい」と感じていることなどがわかった。
調査は昨年12月から今年1月にかけて実施。駅員や乗務員、施設部門といった列車の運行に直接携わる職場を中心に、鉄道事業者として初めてJR西が導入した同制度の浸透度や運用実態など計9項目を尋ねた。
同制度で上司への報告が定められている職場の問題点やミスについては、27%が信頼関係の不足などから「報告しにくい」と回答。また、報告内容を点数に置き換えて評価していることについても、52.3%が「点数優先主義になっている」などと答えた。
JR西労組の倉橋源太郎中央執行委員長は「結果をさらに分析して、会社に改善を求めていきたい」と話している。
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鉄道会社として初めて「リスクアセスメント」を導入したJR西日本。もともと、これは労働災害の危険性を点数化して、事前にリスク評価をしていこうという趣旨で始まった制度である。しかし、この手法が成功するには、現場から危険性の評価につながる「ヒヤリ・ハット」事例の情報がうまく上がってくる空気が醸成されていなければならない。「日勤教育」で社員を締め上げているJR西日本にそれが果たして可能なのかと、私はかなり疑問に思っていたが、どうやら心配したとおりの状況になっているようだ。
私の考えは、2008年5月にあるメディアから依頼を受け、執筆した以下の文章に示されており、この考えは現在も変わっていない。最後にその文章を再掲したい。
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(2008年5月執筆)
●「安全基本計画」でJR西日本は変わるか
2008年4月1日、JR西日本は26ページからなる「安全基本計画」を発表した。この計画は、2008~2012年までのJR西日本の安全対策を事実上規定するものとなる。
2005年4月の福知山線列車転覆事故(以下「尼崎事故」)以降、JR西日本は安全性向上計画の策定(2005年5月)、「安全諮問委員会」の設置(2005年6月)、「安全推進有識者会議」の設置(2007年9月)などの対策を打ち出してきた。今回の安全基本計画は、この安全推進有識者会議の提言を受けて策定されたものである。
JR西日本が、安全対策に外部の意見を反映させようと考えること自体は悪いことではないし、事実、外部の目を意識したことによって同社の安全対策は一歩前に踏み出したように見える。果たして、この計画でJR西日本は変われるのだろうか。
○「リスクアセスメント」に見る暗中模索
今回の安全基本計画の特徴は、「リスクアセスメント」を鉄道事業者として初めて導入した点にある。リスクアセスメントとは、もともと労働災害を減らす手法として出てきたものであり、『職場の潜在的な危険性または有害性を見つけ出し、これを除去、低減するための手法』(厚生労働省パンフレット『事例でわかる職場のリスクアセスメント』)とされる。具体的には、例えば職場の設備を原因とする労働災害発生の危険性であれば、「可能性が極めて高い」6点、「可能性が高い」4点、「可能性がある」2点、「ほとんどない」1点というように様々な職場の危険要因を数値化の上、危険度評価をする。総合点が大きいほど危険度が高い職場と判定される。
その運用をここで詳述する余裕はないが、リスクアセスメント自体、労働安全衛生法の改正により2006年4月からようやく「努力義務」化されたもので、厚生労働省の資料によれば、具体的な危険が洗い出された実例は過去、841件に過ぎないという。しばらく今後の推移を見る必要はあるが、民間企業でもリスクアセスメントの顕著な成功例はまだ現れていない。
そんな未知の手法にさえ頼らなければならないJR西日本の安全対策は、暗中模索の状態にあると評価しなければならないであろう。事実、安全推進有識者会議の報告は、『安全性の向上を目指す取り組みは未だ途半ばの状況にある』と、それを率直に認めている。
○ちぐはぐな安全対策
尼崎事故の原因が速度超過にあること、その背景に速度照査型ATS(自動列車停止装置)の不備があることはもはや議論の余地がないが、一方で速度照査型ATSの一種であるATS―Pを設置していた線区においても、ATSに速度制限に関するデータが入力されていなかったり、誤っていたりしたために、速度照査機能が正しく働かなかった例がある。2006年1月、伯備線で保線作業員が特急列車にはねられ死亡した事故を契機にJR西日本が保線など臨時の作業用として導入した「作業区間防護用ATS地上子」(地上子とは列車検知装置のこと)も、実際には重すぎて運搬に2人必要となるため、保線の人員が減る中で役に立たず、神戸支社では使用実績もまったくない。
尼崎事故当時、厳しく批判された日勤教育についても、JR西日本首脳が廃止を明言しないまま、安全基本計画では『ヒューマンエラーは事故の結果であり原因ではない』として『「社員の取扱い誤り」の事故区分を廃止』するとしている。事故が社員の責任でないなら、日勤教育は何のために残るのか? 社員個人の責任を問わないまま行われる日勤教育とは何か? この問いに対し、JR西日本は回答していない。
このように、JR西日本が打ち出す安全対策はちぐはぐで、これまでもことごとく失敗している。
○「人」の育成に関心を払わないJR
作業区間防護用ATS地上子などという難しいものを持ち出さなくとも、伯備線事故のようなタイプの事故は現場に人を増やすことで防止できる。なぜなら単線区間では、駅の入口に設けられている「場内信号機」の表示を予告する「遠方信号機」というものが駅間に設置されており、その現示を見ることで先方の駅の入口にある場内信号機の現示はもとより、次の列車の進行方向さえ確認できるからである。本来、保線は列車を作業区間に進入させない「線路閉鎖」の措置をとるか、列車のない時間帯に行うことが最も望ましいが、そのような措置がとられず、また列車ダイヤが乱れているときでも、駅の両側にある遠方信号機に人を配置し、信号現示の内容を報告させることで、次の列車がどちらから接近してくるか容易に判断できるのだ。
しかし、JR西日本がそうした現場要員を増加したという話は聞こえないし、現場からそのような声が会社首脳に届けられたという話も聞かない。恒常的な経費の増加につながる増員には今も消極的なままだ。
JR西日本が尼崎事故後に始めた「安全ミーティング」も、あらかじめ会社に従順な社員だけを選んで参加させ、幹部が一方的に社員に訓示を垂れて終わりだという。社員が会社に質問する時間は与えられず、現場も会社を恐れて声を挙げられない状況にまったく変化はみられない。
冒頭に紹介したリスクアセスメントにしても、事故の予兆やミスが小さなことまで報告されて初めて危険度の数値化ができる。会社を恐れるあまり、社員が危険を見つけても報告を怠るようでは最新の手法もかけ声倒れに終わる。安全を守るには、質量の両面において「人」が尊重されることが必要なのだ。
○変わるべきは幹部
5月16日、JR西日本の丸尾和明副社長が子会社・日本旅行の社長に天下る人事が発表された。尼崎事故直後、幹部を子会社に天下りさせたJR西日本は、遺族からの厳しい批判によって天下り役員を退任させざるを得なくなった。その記憶も醒めやらぬうちにまた天下りとはどんな神経をしているのだろうか。
最近出版されたJRグループ元幹部による国鉄「改革」礼賛本に、『民営化とは、体に染みついた「官」の臭いを、一枚ずつ引きはがすこと』とある。それならば問おう。子会社の役員ポストをたらい回しにし、天下りを繰り返すJR幹部。国鉄時代を悪しざまに非難し、企業人教育で社員をロボットに改造した幹部こそ、批判された悪しき「官」そのものではないのか?
幹部のこの体質が変わらない限り、JRに安全が訪れることはない。
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JR西日本の最大労組「西日本旅客鉄道労働組合」(JR西労組)は9日、JR福知山線脱線事故を教訓に同社が昨年4月に導入した、事故の予兆現象を事前に数値化して管理する「リスクアセスメント制度」に関するアンケート結果を公表した。事故につながる可能性のある職場の問題点を報告する際、組合員の3割弱が、上司との人間関係などを理由に「報告しにくい」と感じていることなどがわかった。
調査は昨年12月から今年1月にかけて実施。駅員や乗務員、施設部門といった列車の運行に直接携わる職場を中心に、鉄道事業者として初めてJR西が導入した同制度の浸透度や運用実態など計9項目を尋ねた。
同制度で上司への報告が定められている職場の問題点やミスについては、27%が信頼関係の不足などから「報告しにくい」と回答。また、報告内容を点数に置き換えて評価していることについても、52.3%が「点数優先主義になっている」などと答えた。
JR西労組の倉橋源太郎中央執行委員長は「結果をさらに分析して、会社に改善を求めていきたい」と話している。
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鉄道会社として初めて「リスクアセスメント」を導入したJR西日本。もともと、これは労働災害の危険性を点数化して、事前にリスク評価をしていこうという趣旨で始まった制度である。しかし、この手法が成功するには、現場から危険性の評価につながる「ヒヤリ・ハット」事例の情報がうまく上がってくる空気が醸成されていなければならない。「日勤教育」で社員を締め上げているJR西日本にそれが果たして可能なのかと、私はかなり疑問に思っていたが、どうやら心配したとおりの状況になっているようだ。
私の考えは、2008年5月にあるメディアから依頼を受け、執筆した以下の文章に示されており、この考えは現在も変わっていない。最後にその文章を再掲したい。
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(2008年5月執筆)
●「安全基本計画」でJR西日本は変わるか
2008年4月1日、JR西日本は26ページからなる「安全基本計画」を発表した。この計画は、2008~2012年までのJR西日本の安全対策を事実上規定するものとなる。
2005年4月の福知山線列車転覆事故(以下「尼崎事故」)以降、JR西日本は安全性向上計画の策定(2005年5月)、「安全諮問委員会」の設置(2005年6月)、「安全推進有識者会議」の設置(2007年9月)などの対策を打ち出してきた。今回の安全基本計画は、この安全推進有識者会議の提言を受けて策定されたものである。
JR西日本が、安全対策に外部の意見を反映させようと考えること自体は悪いことではないし、事実、外部の目を意識したことによって同社の安全対策は一歩前に踏み出したように見える。果たして、この計画でJR西日本は変われるのだろうか。
○「リスクアセスメント」に見る暗中模索
今回の安全基本計画の特徴は、「リスクアセスメント」を鉄道事業者として初めて導入した点にある。リスクアセスメントとは、もともと労働災害を減らす手法として出てきたものであり、『職場の潜在的な危険性または有害性を見つけ出し、これを除去、低減するための手法』(厚生労働省パンフレット『事例でわかる職場のリスクアセスメント』)とされる。具体的には、例えば職場の設備を原因とする労働災害発生の危険性であれば、「可能性が極めて高い」6点、「可能性が高い」4点、「可能性がある」2点、「ほとんどない」1点というように様々な職場の危険要因を数値化の上、危険度評価をする。総合点が大きいほど危険度が高い職場と判定される。
その運用をここで詳述する余裕はないが、リスクアセスメント自体、労働安全衛生法の改正により2006年4月からようやく「努力義務」化されたもので、厚生労働省の資料によれば、具体的な危険が洗い出された実例は過去、841件に過ぎないという。しばらく今後の推移を見る必要はあるが、民間企業でもリスクアセスメントの顕著な成功例はまだ現れていない。
そんな未知の手法にさえ頼らなければならないJR西日本の安全対策は、暗中模索の状態にあると評価しなければならないであろう。事実、安全推進有識者会議の報告は、『安全性の向上を目指す取り組みは未だ途半ばの状況にある』と、それを率直に認めている。
○ちぐはぐな安全対策
尼崎事故の原因が速度超過にあること、その背景に速度照査型ATS(自動列車停止装置)の不備があることはもはや議論の余地がないが、一方で速度照査型ATSの一種であるATS―Pを設置していた線区においても、ATSに速度制限に関するデータが入力されていなかったり、誤っていたりしたために、速度照査機能が正しく働かなかった例がある。2006年1月、伯備線で保線作業員が特急列車にはねられ死亡した事故を契機にJR西日本が保線など臨時の作業用として導入した「作業区間防護用ATS地上子」(地上子とは列車検知装置のこと)も、実際には重すぎて運搬に2人必要となるため、保線の人員が減る中で役に立たず、神戸支社では使用実績もまったくない。
尼崎事故当時、厳しく批判された日勤教育についても、JR西日本首脳が廃止を明言しないまま、安全基本計画では『ヒューマンエラーは事故の結果であり原因ではない』として『「社員の取扱い誤り」の事故区分を廃止』するとしている。事故が社員の責任でないなら、日勤教育は何のために残るのか? 社員個人の責任を問わないまま行われる日勤教育とは何か? この問いに対し、JR西日本は回答していない。
このように、JR西日本が打ち出す安全対策はちぐはぐで、これまでもことごとく失敗している。
○「人」の育成に関心を払わないJR
作業区間防護用ATS地上子などという難しいものを持ち出さなくとも、伯備線事故のようなタイプの事故は現場に人を増やすことで防止できる。なぜなら単線区間では、駅の入口に設けられている「場内信号機」の表示を予告する「遠方信号機」というものが駅間に設置されており、その現示を見ることで先方の駅の入口にある場内信号機の現示はもとより、次の列車の進行方向さえ確認できるからである。本来、保線は列車を作業区間に進入させない「線路閉鎖」の措置をとるか、列車のない時間帯に行うことが最も望ましいが、そのような措置がとられず、また列車ダイヤが乱れているときでも、駅の両側にある遠方信号機に人を配置し、信号現示の内容を報告させることで、次の列車がどちらから接近してくるか容易に判断できるのだ。
しかし、JR西日本がそうした現場要員を増加したという話は聞こえないし、現場からそのような声が会社首脳に届けられたという話も聞かない。恒常的な経費の増加につながる増員には今も消極的なままだ。
JR西日本が尼崎事故後に始めた「安全ミーティング」も、あらかじめ会社に従順な社員だけを選んで参加させ、幹部が一方的に社員に訓示を垂れて終わりだという。社員が会社に質問する時間は与えられず、現場も会社を恐れて声を挙げられない状況にまったく変化はみられない。
冒頭に紹介したリスクアセスメントにしても、事故の予兆やミスが小さなことまで報告されて初めて危険度の数値化ができる。会社を恐れるあまり、社員が危険を見つけても報告を怠るようでは最新の手法もかけ声倒れに終わる。安全を守るには、質量の両面において「人」が尊重されることが必要なのだ。
○変わるべきは幹部
5月16日、JR西日本の丸尾和明副社長が子会社・日本旅行の社長に天下る人事が発表された。尼崎事故直後、幹部を子会社に天下りさせたJR西日本は、遺族からの厳しい批判によって天下り役員を退任させざるを得なくなった。その記憶も醒めやらぬうちにまた天下りとはどんな神経をしているのだろうか。
最近出版されたJRグループ元幹部による国鉄「改革」礼賛本に、『民営化とは、体に染みついた「官」の臭いを、一枚ずつ引きはがすこと』とある。それならば問おう。子会社の役員ポストをたらい回しにし、天下りを繰り返すJR幹部。国鉄時代を悪しざまに非難し、企業人教育で社員をロボットに改造した幹部こそ、批判された悪しき「官」そのものではないのか?
幹部のこの体質が変わらない限り、JRに安全が訪れることはない。