語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】原発>英国における科学者と政治家の連携システム ~情報の透明性~

2011年06月15日 | 震災・原発事故
 福島第一原発事故で在日外国人の間でパニックが広がり、大勢の外国人が日本から逃げだした。ところが、在日英国人は、比較的落ち着いて行動していた。英国政府が、駐日英国大使館を通じて、「日本から退避する必要はない」と告知していたからだ。
 英国政府は、なぜ、すぐさまこうした対応ができたのか。
 科学者と政府とが連携する仕組みがあったからだ。

 英国では、国民の健康に影響のある緊急事態が発生すると、「緊急時の科学助言グループ」(SAGE)が集まり、危険の程度を分析し、対策を協議する。首席科学顧問が意見を集約し、結論を首相に助言する。その際、助言内容を一般に公表し、議論の内容を議事録として後日公開する。
 首相など政治家は、政治的事情も勘案して最終的に判断する。そして、内外の自国民にいち早く伝達するのだ。政治的判断の結果、助言通りに行動しないこともある。この場合でも、科学者はそれを当然と受け止める。助言が反映されなくても、辞任することはない。
 ただし、政治家は、なぜ科学者の助言通りにしなかったか、を国民に公表しなくてはならない。常に意思決定のプロセスを透明にしておくのだ。
 それが、民主主義だ。【首席科学顧問のジョン・ベンディントン教授】

 首席科学顧問は、第二次世界大戦中、チャーチル首相の時代に設置され、歴代首相のアドバイザーを務めている。米国の科学技術担当大統領補佐官は、政権が代わると入れ替わるが、英国の首席科学顧問は政治的に任命されるポストではない。ベンディントン教授は、08年に任命され、労働党のブラウン首相にも今の保守党のキャメロン首相にも、科学者を代表して助言している。
 <例>09年に発生した新型インフルエンザや10年のアイスランドの火山噴火に伴う火山灰など。
 
 福島第一原発事故が起きたときも、ベンディントン教授がSAGEの意見をとりまとめ、英国民の日本からの退避は不要、大使館の機能をよそに移す必要はない、と助言した。最悪のシナリオを想定した上で、30キロ圏外なら大丈夫、と結論を下したのだ【注】。日本政府と同じ結論となったが、日本政府の情報を鵜呑みにしたわけではない。
 最悪のシナリオとは、次のようなものだった。「炉心溶融によって核燃料が圧力容器の外に出て、格納容器に落下。爆発が起きて、放射性物質が500m上空まで吹き上げられ、そのとき東京に向けて風が吹いていて、しかも東京に雨が降っている・・・・」
 この場合でも、30キロ圏外に落ちる放射性物質は、妊婦や幼児にとっても問題のないレベルである、という結論だったのだ。
 日本にある英国学校から「休校を続けるべきか」という問い合わせがあったが、その必要はない、と返答した。

 ベンディントン教授は、さらに、3月15日には電話会議を通じて、駐日英国大使館の職員や在日英国人の質問に答え、その直後に来日。17日には駐日英国大使館で記者会見を開いた。
 記者会見で、ベンディントン教授は述べている。今回の事故は、チェルノブイリ原発事故とは事情が違う、と。チェルノブイリ原発事故では、原子炉を停止できないまま大爆発が起き、黒鉛炉心が火災を起こして放射性物質を拡散させた。何年もの間、現地の食料や水に含まれる放射性物質は検査されず、人々は危険を知らされないまま飲食を続け、病気になった。

 以上のように、英国では科学者の助言と政治家の判断の関係のルールが確立している。  
 ひるがえって、日本の場合はどうか。
 菅内閣も専門家から種々の助言を受けているはずだ。が、助言内容が明らかにされていない。だから、政府が助言どおりに対策をとっているか、政治的判断を付加しているか、それがわからない。これでは国民の不安が募る。
 なお、日本のことわざ「猿も木から落ちる」の通り、専門家も間違える。助言が正しいかどうかをチェックできる仕組みが必要だ。【ベンディントン教授】

 以上、池上彰「科学者の助言をどう生かすか ~池上彰のそこからですか!? 連載30~」(「週刊文春」2011年6月16日号)に拠る。

 【注】いまや周知のとおり、30キロ圏外でもホットスポットが次々に見つかっている。ベンディントン教授が自ら言うように、「猿も木から落ちる」のだ。ただし、この事実は科学者と政治家の連携システムを揺るがすものではない。「最悪のシナリオ」をより精緻にするか、一度立てたシナリオの迅速な修正をシステムに盛りこめば足りる。そして、日本では、システムそのものが存在しない。改良しようにも、改良すべき基盤そのものがない。

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