語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【震災】追い詰められる民間医療機関 ~地域医療~

2011年07月31日 | 震災・原発事故
 日本医師会は、震災発生直後に対策本部を立ち上げ、災害医療チーム(JMAT)派遣を決定した。各都道府県の会長自らが早々に現地に入るなど、積極的な取り組みが目立った。
 JMATは、医師会中心で始まったが、病院団体などからも参加が相次ぎ、すでに1,300を超えるチームが派遣されている【注1】。災害時、これほど大規模な医療界全体の動きにつながったケースは初めてだ。
 日医は開業医の団体だから、もっても1ヵ月、という政治家の発言があったが、実際は4ヵ月後の今も派遣は続いている。

 被災地では多くの病院、診療所が全壊した【注2】。
 開業医が個人で新たに借金して診療所を再建するのは、たいへんな負担だ。二重ローンを負うなら、なおさらだ【注3】。被災後もスタッフを守るため生活費の面倒を見ている医師も多い、と聞く。
 各種の補助金や医療福祉機器の融資などはあるが、現状の水準のままではとても追いつかない被害規模だ。

 昔の診療所はそれなりの収入があったから、民間銀行は医師というだけで貸してくれた。しかし、今は開業医も倒産する時代だ。
 それに、今の診療報酬体系では、地域医療を担う診療所が数億円の借金を返済するのは難しい。必要な医療機器は仮に中古品であっても決して安くない。一般の医師、とりわけ高齢の医師への融資は望み薄だ。

 原発事故の補償に関しても、医療機関にはまだ支払いが行われていない。補償スキームの策定を待っていたら、潰れてしまう診療所も続出する。一時的に政府が立て替え払いをせざるをえないのではないか【注4】。
 日医でも、各県の医師会と協力して国や東電に補償を求めていく。
 医療機関の喪失は被災者の命に直結する。一刻の猶予も許されない。

 中央社会保険医療協議会(中医協)で診療報酬改定をめぐる議論が始まったが、問題が多い。今回の改定は見送るべきだ。
 震災後の混乱が続くなかで行われる医療経済実態調査が、医療機関の実態を表したものになるか、はなはだ疑問だ【注5】。こうした非常時に、大規模な医療費の調査など行っている場合か。厚生労働省もは、被災地に幹部を張り付かせるなど、調査に使う労力を現場に振り向けてもらいたい。被災者対策に注力すべきだ。

 現在の診療体系にも問題がある。前回の改定で収入が最も伸びたのは、大学病院だ。続くのが、ベッド数500床以上の大病院だ。
 だが、肝心の医療過疎地の医師数や医師の給与などはまったく改善されていない。本末転倒、前回の改定趣旨と逆行する。医療過疎の解消のカギとなるのは地域の中小病院、診療所、とりわけ有床診療所の充実のはずだ。
 それなのに、最近の改定の内容はこれらの医療機関にきわめて厳しい。
 地域医療の根源にあるのは、やはり診療所だ。有床診療所に相応の点数がつけば、回復期リハビリ、終末期の在宅医療、看取りなどの喫緊の重要施策の大きな力となるはずだ。

 以上、インタビュー:原中勝征・日本医師会会長「『診療所こそ地域医療の根源だ』」(「週刊ダイヤモンド」2011年7月23日号)に拠る。

 【注1】例えば、石巻市河北地区の集落では、諏訪中央病院やNPO法人日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)による診療活動、東京歯科保険医協会による歯科診療活動が続けられている。(記事「医療機関『ゼロ』からの出発 無医地区を救う医療支援 動き出した仮設診療所」、前掲誌)
 【注2】例えば、岩手県沿岸市町村の医療施設は、13病院、48診療所が全半壊に陥った。地域医療の中核を成してきた県立病院も、山田、大槌、高田の3病院が全壊した。(記事「どうする地域医療の『再構築』 薄氷の医療体制が顕在化 無床の嵐が襲う沿岸部」、前掲誌)
 【注3】民間医療機関は、病院総数の約7割、医科診療所の8割以上、歯科診療所の99%以上だ。しかし、国や自治体による民間医療機関への支援策は、公的医療機関と比べて手薄だ。岩手県は、4月および6月の補正予算で「被災地医療確保対策緊急支援事業」として計12.2億円を計上、うち既存施設の修繕や機材の再取得などの経費の補助に4.8億円の独自予算を設けたが、宮城県や福島県には同様の施策はない。(記事「民間病院・診療所の『再建問題』 多額の復旧費と二重債務 待ち望まれる国の支援策」、前掲誌)
 【注4】(a)南相馬市の小野田病院は、昨年新設した「透析センター」を原発事故後に閉鎖した。患者がいなくなった今、投資負担が重くのしかかる。(b)同市に2つあった精神科病院も、原発事故で休止に追いこまれた。そのうち雲雀ヶ丘病院(254床)は、6月22日から週2日に限って外来診療を開始。ただし、入院医療再開の見通しはない。一時休止の結果、常勤職員159人のうち28人が退職、103人が休職扱いで復職のめどが立たない。常勤医師の確保にも難儀している。(c)同市原町地区にある大町病院(188床)は、3月21日までに入院患者全員を県内外の病院に搬送させ、入院を休止。震災前に200人近くいた看護職員は退職や休職で約50人に減少。妊婦や子どもの避難で成り立たなくなった産婦人科や小児科は休止に追いこまれた。(記事「『原発30キロ圏』の医療危機 命をすり減らす住民 追い詰められる病院」、前掲誌)。
 【注5】中医協は、被災地の医療機関の負担を考慮し、建物等が流出・倒壊した地域には調査票は送らない、とし、別途事前に協力の了承を得た上で調査票を送る地域も設けていた。ところが、厚生労働省から調査事業を受託したみずほ情報総研が、これらの地域の医療機関に調査票を誤送してしまった。その後、同総研の基本的な統計データ処理の内容にも誤りがあったことが判明し、混乱に拍車がかかった。6月22日の中医協総会は荒れに荒れ、過去の改定の前提となったデータにも疑問が呈された。(社会保障と税の『一体改革』が大迷走 6年に1度の同時改定 診療・介護報酬の行方」、前掲誌)
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【社会保障】社会保険料負担が介護現場に与える影響

2011年07月31日 | 医療・保健・福祉・介護
 政府の社会保障と税の一体改革の方針取りまとめには、年金改革として「短時間労働に対する厚生年金の適用拡大、第3号被保険者制度の見なおし」という一文が記載された。
 これは、一見、これまで社会保険の枠に入れなかった非常勤職員を救済するシステムと思われがちだ。
 しかし、非常勤職員の中には年収を130万円に抑え、夫の扶養で第3号被保険者として(保険料を払わずに)基礎年金に加入している人も多数いる。
 仮に短時間労働者(労働時間20時間以上/週)を厚生年金に加入させた場合、次の2つのケースが生じる。

  (a)救われる非常勤職員
  (b)年収130万円未満で新たに保険料を支払うことになる層

 (b)のうち、主婦層を中心としたパート労働者は、負担が増える。
 そして、パート雇用者(事業者)も負担が増える。保険料を支払わなければならないからだ。
 今まで第3号被保険者の保険料は厚生年金や共済年金の保険者が支払っていた。改革後は、被保険者や事業主が負担することになる可能性が高い。
 そうなると、真っ先に介護現場が打撃を受ける。 

 介護労働力は、ヘルパーを中心に非常勤で支えられ(非常勤職員のうち9割は女性)、しかも週30時間未満の労働者が一定の割合を占めている。
 介護職員の実数のうち、非常勤職員は54.5万人、正規職員は79.8万人だ(09年)。
 1週間の介護労働者の労働時間別割合は、30時間未満については正社員4.6%、非正社員46.7%だ(06年)。
 最も低い標準報酬月額98,000円だと保険料は約8,000円だ。2日分の賃金にほぼ等しい。「働いて空しくなってしまう」という声も多い。

 介護事業主にしても、1人の非常勤ヘルパーに事業主負担分を毎月8,000円支出するのは非常に厳しい。
 ヘルパー事業の多くは零細企業が大半を占める。毎月10~20万円の資金繰りでも苦しい。このうえさらに非常勤職員の年金保険料の事業主負担分まで負担するとなると、事業所が存続できるかどうか、というところまで問題が広がる。非常勤職員の保険料を事業主側が負担するのであれば、その分は介護報酬を引き上げて賃金や事業収入が増えるようにすべきだ・・・・といった声が多い。

 さらに、週20時間未満のヘルパーの公募に全力を尽くし、できるだけ事業主が負担しないよう努力することになる。しかし、20時間未満のヘルパー公募だと、今でさえ人材不足なのに、さらに条件が厳しくなって人を集めにくくなる。マンパワーの質が下がる。高齢者に影響を及ぼす。

 第3号被保険者問題は、長年の懸案事項だ。
 しかし、女性の働き方や介護現場の労働実態をよく精査して社会保障改革を講じていかないと、最終的にはサービス利用者である高齢者にデメリットとなる可能性が生じ得る。 
 年金と介護の問題は、一体的に考えていかねばならない。

 以上、結城康博「非常勤ヘルパーと厚生年金加入 ~医療・介護はカネ次第!NO.144~」「サンデー毎日」2011年7月31日号)
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