2010/10/14up全ページ目次 |
ぼくのせい |
ぼく、ほんとはまだ子供なんです。
きのうの夜テレビを見てたら、死んだ人が見える男の子の映画がやっていました。
ぼくとおんなじくらいの男の子が出ていました。
途中でテレビが真っ黒になって、こわれたのかと思った。
そしたら、真っ黒いテレビの中に、その男の子の顔だけうつったんだ。
じっとぼくを見てる。
テレビじゃないみたいで変だった。
その子はぼくに話しかけた。
「きみのお母さん死ぬんだよ」
「・・・え」
「死んじゃうんだ」
「うそだ」
「ほんとだよ。でも、今すぐじゃないよ」
「いつ」
「あと十年くらい」
「それじゃあ、ぼくまだ大人になってないよ」
「そうだよ」
「なんで死ぬの」
「病気。すごく痛い病気。君が今テレビで見たみたいに、いっぱい吐くんだ」
「なおんないの」
「うん」
「うそだよ」
「何回も手術するんだ。でも助からない」
「そんなことわかんないよ」
「きみはお母さんがずっと入院してても全然おみまいしないんだよ」
「だから死んじゃうの」
「ちがうよ。でも大人になってからこうかいすることことになるんだ」
「こうかいってなに」
「まいにちおみまいしとけばよかったっ、て思うことさ」
「じゃあ、おみまいするよ」
「きみのお母さん、七月九日に死ぬんだよ」
「じゃあ、あしたじゃん。あした死ぬの」
「そうさ。十年後のね。あしたの朝早く。朝の四時くらいだよ」
「そんなこともわかるの」
「うん」
「どこで死ぬの」
「病院だよ」
「ならお医者さんがいるじゃないか」
「でもだめなんだ。最後の日までうんと痛がるんだよ」
「なんで。なんでだよ。お母さん、なんにもわるいことなんかしてないよ」
「でも死ぬんだよ」
「なんでだよ。お母さん毎日働いてるんだよ。ぼくがおきる前に出て行くんだ。朝ごはんだってちゃんと作るよ」
「知ってる」
「帰ってきたら夜ごはんだってちゃんと作るよ。そのあとせんたくもしてる。うち、せんたくきないから全部手で洗うんだよ。いいことばかりじゃないか。なんにも悪いことなんかしてないよ」
「知ってる。でも、きみはあんまり手つだわないだろ」
「じゃあ、ぼくのせい」
「そうじゃないけど。きみのお母さんはたぶんつかれて病気になるんだ」
「わるいことしなくても」
「そうだよ。きみは今もそうだけど、お母さんが死ぬまであんまりやさしくしてあげないんだ。だから、つかれちゃうんだよ」
「なんでさ。だってぼくまだ子供だよ」
「子供だってやさしくしてあげることはできるよ」
「だからって、痛い病気で死ななくたっていいじゃないか」
「わからない。でも、いちばん痛い病気なんだ。お母さんは、のたうちまわって死ぬんだよ」
「わかんないよ」
「君はそれを目の前で見るんだ」
「いやだ」
「七月九日だよ。でも、朝早くだから八日とまちがえちゃダメだよ」
「やだよ」
「十年後だからね。忘れないでね」
ぶちって音がして、またテレビが真っ黒になった。
そのあとは、よくおぼえていない。
2008-07-05 20:32
「ぼくのせい」
2008年9月「霊安室で」
2010年7月「向こうへ行ったらいい酒を」