時遊人~La liberte de l'esprit~

優游涵泳 不羈奔放 by椋柊

扉をたたく人

2009-07-16 | 映画
忙しくない
ちっとも忙しくないんだ
何年もまともな仕事はしていない
何もかも
…ふりだけ
忙しいふり
働くふりで何もしていないんだ


ウォルター・ヴェイル62歳
コネティカットにある大学の経済学教授

妻は5年前に他界
以来
すべてに心を閉ざし
孤独に生きていた
ひとり息子は
ロンドンに住んでいるため
滅多に会うこともない

かつては
本を出版したこともある優秀な学者だったが
今やただ惰性のように大学に行き
何年も変わらぬ講義をする

同僚との関わりもできるだけ避け
レポートの提出が遅れた学生の歎願にも耳を貸さない
無気力なウォルターの唯一の関心事といえば
ピアノの習得だけ
しかし
それすら
教師にさじを投げられてしまう



ウォルターは
同僚の代理で学会に出席するため
ニューヨークへ出張することになる

久しぶりに
マンハッタンにある別宅のアパートを訪れると
バスルームに
見ず知らずの若い女性の姿が…

彼女の悲鳴を聞きつけた恋人の青年が駆け付け
強盗と勘違いされたウォルターは
殴られそうになるが
自分がこの部屋の持ち主だと
必死に説明する

若いふたりは
ここに越してきたばかりだったが
実は
詐欺にあっていたのだった
シリア出身の移民青年タレクは
警察だけは呼ばないでくれと頼み
素直に荷物をまとめて出ていく

ふたりを見送ったウォルターだが
忘れ物に気づき彼らの後を追う
そこで
今夜の宿もなく途方に暮れるふたりを見つけ
しばらく部屋に泊めることにする

ある日
自分のジャンベ(アフリカン・ドラム)に興味を示し
こっそりたたいていた
ウォルターの姿を目にしたタレクは
ウォルターにジャンベを教える

ふたりが
ジャンベを通じて
友情を深めていく一方
警戒心の強いゼイナブは
ウォルターに
どこか心を許せずにいた

暫くしてタレクは
ジャンベの演奏にウォルターを誘った

テーブルを取りに行くと言う
自分との約束時間を忘れないでと
遅刻常習犯のタレクにゼイナブは
「アラブ時間はだめよ」と窘めると
タレクは笑顔で
「分かってるよ、ハビティ」と応える

分が悪くなるといつも‘ハビティ’と呼ぶのだ
ハビティとは
‘愛しいひと’という意味



タレクと連れ立って
セントラルパークへ行ったウォルターは
はじめこそ躊躇したものの
大勢の輪に入り
ジャンベをたたきはじめた

今までにない高揚感
ウォルターの表情には
喜びがあふれていた

しかし
帰りの地下鉄の駅で
思いもかけぬ事件が・・・

ゼイナブとの約束に急いだタレクが
無賃乗車を疑われ
ウォルターの目の前で
逮捕されてしまったのだ

タレクは
メトロカードを持っており
単なる誤解だったのだが
警察は
彼をまるでテロリストであるかのように扱い
ウォルターの発言にも取り合わない

タレクは
「ゼイナブを頼む」と言い残し
警察に連行された

家に戻ったウォルターは
事の一部始終をゼイナブに伝えた

『大丈夫 誤解なんだから・・・』
『いいえ それは無理よ だって私達不法滞在者なんだもの・・・』

警察から
入国管理局の拘置所へと
移送されタレクを救うべく
ウォルターは弁護士を雇う

以来
ウォルターは
毎日クイーンズにある収容施設へ
面会に行くようになる

かつて
拘束された経験のあるゼイナブは
入管に捕まる恐れがあるため
面会に行くことができないのだ

タレクは
アメリカ入国の際に
難民申請を却下されていたが
その後の移民手続きは
正常にしていたと主張した



数日後
ウォルターの部屋を
美しい女性が訪ねてきた
それは
タレクの母モーナだった

ミシガン州に住む彼女は
連絡がつかなくなった息子を心配し
ニューヨークまでやって来たのだ

タレクのルームメイトだと
自己紹介したウォルターは
モーナと既にいとこの家に移ったゼイナブとを
引き合わせることにする

モーナもまた
息子に会うことのできない身だった

そんなふたりに代わってウォルターは
タレクを訪ね
ある時は
ゼイナブやモーナから預かった手紙を
ガラス越しに読ませ
またある時は
音楽が必要だというタレクと共に
ジャンベに見立てた机をたたき
彼を励ます

モーナとウォルターは
弁護士に相談に行くが
タレクが入国後
移民面接の召喚に応じないなど
手続きに不備があったのではないかと指摘する
モーナは
すべて従ったというが
それでも移民法が厳しくなった現在では
タレクが自由の身になれるか
それともシリアへ強制送還されるか
弁護士にもわからないという状況だった

モーナの夫は
新聞記者だったが政治犯として投獄され
そこで患った病がきっかけで死んだ
国に絶望したモーナは
少年だったタレクを連れ
アメリカへ渡ったのだ



モーナと親しくなるにつれ
ウォルターは
その気丈さ
やさしさに惹かれていく

不安になるモーナを慰めるため
ウォルターは
彼女を誘い
ミュージカル「オペラ座の怪人」を観に行く
タレクは
母の誕生日に
「オペラ座の怪人」のCDを送っており
モーナは
このCDを繰り返し聞いていたのだ

久しぶりに
楽しいひとときを過ごしたふたりだったが
翌朝
タレクから連絡が入る
「移送さそれうだ」
ウォルターとモーナは
タクシーを飛ばし拘置所へ向った


                  
   
不法滞在って
非常に難しい問題のひとつですよね
駄目なモノは駄目なんですよ
でも…

ウォルターとモーナの空港での別れのシーン
かつて
シリアで迫害にあったモーナが
アメリカに渡り
善良な住人として数十年暮らしていたのにもかかわらず
強制送還されてしまったタレクの後を追うように
アメリカを去るのですが

二人の後方に
自由の国アメリカを象徴する
星条旗がバ~ンと垂れ下がっているんですよ
実に
やるせない
何が自由の国だ!

個々の友情や信頼関係・愛情が
あっけなく踏みにじられる
この現実…

ウォルターが
地下鉄のホームで独り
ジャンベをたたくシーンは
も~堪りません

タレクを助けることが出来なかった
己の無力さ虚しさ
法と言う大きな壁に対する憤り
それらすべての思い中に秘め
ジャンベをたたき続ける

ウォルターのジレンマは
アメリカが抱えるジレンマを
象徴しているのであります

悩めるアメリカ
悩める人類…