誰が読んだのか、夫実家にあったので借りて読んだ。1983年発行。今回の新型コロナ肺炎の流行がなければ、たぶん読まなかったと思う。
岩波新書なので簡単な概説書と思っていたが、コンパクトながら史料を駆使して、ペスト流行の諸相が過不足なく書かれている。名著だと思った。
ペストはエジプトから中東付近の風土病で、普段はおとなしく、病気も散発する程度だけど、ひとたび大流行になると他のどれよりも死者の多くなる大変な伝染病だとこの本で知った。
歴史の記録に残る最初の流行は、紀元前3世紀。この本では14世紀に50年間にわたってヨーロッパで流行したのを主に取り上げている。
医学の未発達な当時、ひとたび流行が始まるとほとんど手立てはない。村全体、町全体が消滅し、流行は西はイングランド、東は中国まで広がり、著者の推計で死者は7千万人とのこと。新型コロナは本日18時現在で、全世界で3,701,409人、それだって大変な数字だけど、人口の少ない当時、犠牲者の数は桁外れということが分かる。
これだけのパンデミックになれば、人口の減少で農奴制が維持できなくなり、小作制度へと移行すると契機になったという。
また旧来の信仰では救われないと感じた人たちが、自然発生的に鞭打ち運動を始めたそうで、これは自らや仲間内を鞭でたたいて贖罪としたとのこと。あまりに多くの死を見た後の虚無、自虐、救いへの強い希求などが一緒になったものでしょうか。
病気の原因を大気の汚染、地球内部からの毒性物質の噴出とか、いろいろ非科学的なことが出てくるけれど、中でも戦慄したのが「ユダヤ人が井戸に毒を入れている」という風評が立ち、ユダヤ人を捕まえて大きなワインの樽に詰め、川に沈めたとか、このほかにも歴史上何度もユダヤ人の虐殺はあったそうで、関東大震災の時の話と全く同じなので、本当に身の毛がよだつほどの恐怖と嫌悪感を感じた。なんで、非常時に時代も場所も遠く離れたところで同じ虐殺が行われたのかと。
この人間の残虐性を、今の時代の人間が克服しているかと言ったら、私は決してそんなことはないと思っている。
2018年の7月、広島県は激烈な土砂災害に見舞われ、多くの家が流されたのですが、そのあと、外国人のグループが夜中に車で乗り付けて、壊れた家で窃盗をしているという噂があるという報道を見ましたもん。
噂は普段の無意識が表に出てきたもの。本当かどうかは分からない。噂を検証もせずに報道していいんかな。
真に受けて、「ひどいことする、人間と思えん」とコメントしている人がいたけど、外国人がらみの事件が起きずに幸いでした。あれは噂だったと後追いの報道があったけど、ああいう非常時には節度を持って報道するべきでは。
その後ペストは17世紀、19世紀のはじめと、ほぼ300年毎に大流行、次は2200年前後かもしれないそうで。もちろん今はいい抗生剤があって克服しているけれど、病原体の方がもっと強くなってるかもしれないし、人類と病気の闘いはこれからも続いて行くことでしょう。
死は誰にとっても逃れられない運命だからこそ、それに至るまでよりよく生きることの大切さをこの本で教えられたと思う。
2016年、スペインのトレドを旅行した時、ユダヤ人がこの街を去る時にいつか帰って来る目印にと、舗道にユダヤ文字を刻んだという説明がありました。第二次大戦の時?と深く考えなかったけれど、14世紀のペスト流行ではトレドのユダヤ人が指令を出して流行らせていると言われたそうで、もしかしたらその時に街から連れ去られたのかなあと思った。
調べてもいいんだけど、気が滅入るのであえてしない。
パンデミックはもう一つの戦争。理不尽な大量の死を前にして、人は理性をなくし、恐怖を感じ、残酷になるのでしょうか。つくづく恐ろしいと思った。