観光二日目8/13 いよいよエカテリーナ宮殿の見学です。
ホテルは8:30頃出ました。鍵の開かなくなった部屋があり、解除するのに時間がかかったそう。でも無事出発できました。
高速道へ入ります。あいにくの雨です。
ロシアの平原。
一時間ほどで宮殿近くのバス駐車場に着きました。歩いていくと向こうに見えてきました。
向こうに見えるのは出口。開門までしばし待ちます。風があってとても寒いです。11月頃の感じ。夏服の上にジャケットを着ます。
もうすく゜門があきます。
やったあ、一番乗りです。誰もいません。開場は10時くらいからでしょうか。ちなみにここもナチスドイツが破壊し、近年ようやく修復されたとか。
夏場はツアー客優先で、個人で行ってもなかなか入れないそうです。
1724年、ピョートル大帝の妻、エカテリーナ一世のために建設される。夏の宮殿として利用したそうです。日本で言うと吉宗とかあの時代ですね。質素倹約と言われた時代、倹約の対極にある宮殿。
1752年には、女帝エリザベータがバロック様式に改築し、この時、外回りの金の装飾にペンキを塗ったそうです。エリザベータは派手なのが嫌いだったそうで。
さらにエカテリーナ二世の時、クラッシック様式に改装され、現在両方のスタイルの豪華な饗宴が見られるそうです。私には様式の違いは分かりませんが、ともかくも豪華絢爛らしい。ドキドキ。
建物の反対側は緑地になっていて、カラスがいます。コクマルガラスです。以前イギリスでニシコクマルガラスというのを見ました。あのカラスに比べて、首のあたりの色がより薄いのが特徴です。
翌日、佐賀県から参加の方が、佐賀にはカチガラスというのがいると教えてくれました。
カチガラス…初耳です。
「広島の方なら知らないですね」とのこと。
こちらです。http://worldjc.com/3934/
カチカチと鳴くのが縁起がいいので、秀吉の朝鮮出兵の時、九州へ連れ帰ったのだとか。厳密に言うとカラスではなく、カササギのようですが、佐賀県の県の鳥にもなっているとか。いゃあ、勉強になりました。ありがとうございます。
入ります。ペンキで塗るより、金の方がよかったのにと、個人的には思います。
宮殿内土足禁止。土に着いたバクテリアやカビが宮殿内に棲みついてもいけないしね。
入ってすぐの階段
壁に古伊万里の壷などを飾っている。当時は船で運んで、とても高価だったとのこと。
大広間。ベルサイユ宮殿、鏡の間によく似ている。あそこよりは狭いけど、両側窓で光がたっぷり。
金が・・・☆☆キンキンキラキラ~☆
一番乗りなので、目の前に誰もいません。この贅沢感。ワーシャさんいわく、皆様方、運がいいですよ。いつもは人が大勢でとてもゆっくり見られませんから。
少し人がやってきました。
鏡に金が映り込んで、豪華さ、二倍、三倍、四倍増し。
次の部屋へ
豪華な部屋が続きます。水色のはオランダ焼きのマントルピース。一枚ずつ違う絵が描かれています。
豪華に食卓を再現。
何気に置いてあるマイセン。
椅子も豪華。緑の壁材も高価なはず。何でしょうか。黒人の飾りは、実際にアフリカに植民地がなくとも、帝国の版図が大きいことを示すためと思います。
エカテリーナ二世。元々はドイツ人、姑エリザベータに請われて、王妃としてロシアへ来る。エリザベータ亡き後、夫を暗殺させて帝位につく。
己の運命を生ききった人と言えるかも。
緑の食堂。古代ローマ風の浮き彫り。
琥珀の間は撮影禁止。琥珀自体は高価と思うけど、色合い的には地味。部屋がほんのり暖かいのは琥珀の持つ暖かさだそうです。
ショップには琥珀の装身具たくさん売っていたけど、買う時間がなくて、クレムリン内で買いました。
こちらも第二次大戦中、ドイツ軍によって破壊、略奪され、2003年にようやく再現されたそうです。それから観光客がとても増えたとか。
つくづく、戦争の罪深さを思いますね。アメリカの手助けして、世界の果てまでも軍隊出そうなんて、気が狂ったとしか思えない。
出てきました。まだまだ修復は続きます。
今度は気持ちいい木陰を歩いて・・・
こちらへ行きます。
キャメロン、ギャラリーです。エカテリーナ二世の時、思索するための散歩用に作られたそうです。
庭が見下ろせます。夏の花がいっぱい。
先端の階段下りた先には池があります。
ぐるっと公園を廻ると、むこうにさっきの宮殿が。
雀。日本のより少し色が薄い。
説明するワーシャさん。
お昼は郊外のレストランで。ツアー客が増えたので、レストランも増えた模様。
メインはシャシャリクという串焼き。肉が固かった。ロシアはどこでも肉が固かった。日本人が柔らかいのを好みすぎるのかも。
午後からピョートル大帝夏の宮殿へ行きます。いいお天気ですが、やがてとんでもないことに…