8/12 世界遺産サンクトペテルブルク市内観光とエルミタージュ美術館見学です。
旅行社から渡される旅程表に詳しい時刻の記載がないのは、美術館の見学予約時刻が不確定のためのよう。美術館は3時間滞在、駆け足で見どころだけ廻り、よく歩き、よく疲れました。
足腰丈夫なうちにヨーロッパへ。しみじみと思いました。
窓からさっきのスーパーが見えます。そろそろ出発です。人影はほとんどありません。右へ5分も行くとバルト海。何かの施設の建設中で海へは近寄れません。
客室数1,000室以上の巨大ホテルで、真夜中近くになってもツアー客が次々やってきていました。
先ずはボりシャヤ・ネバー川に面したスフィンクス像前へ。
左右一対あります。19世紀初め、ギリシア人の考古学者が発掘し、購入先を探していたところ、ロシア人の将校、外交官目に留まり、国の財産として購入。船ではるばると運ばれ、1832年にここに据えられたとのことです。
赤いのはロストラの灯台柱。向こうにペトロパブロフスク要塞が見えます。
対岸にエルミタージュ美術館が見えます。
宮殿橋をバスで渡って広場で降ります。ニコライ一世の像があります。脚二本で像を支えています。
ギラギラと暑い日差し。でも空は秋の色。
反対側にあるイサク大聖堂。帝政ロシアのシンボルとして1858年建立。
この地は元々低湿地だったため、地中に杭を打ち込み、石を敷き詰め、重い柱を立て、完成までに40年もかかったそうです。金色の屋根は純金と水銀の合金とガイドさんの説明。
ちなみに二日間の観光のガイドさんはワーシャさんという40代の男性。とても日本語が上手で、ユーモアたっぷり、本業はオペラの演出家、以前はオーケストラでバイオリンを弾いていて、日本にも講演に来たそうです。
その時、日本の魅力にはまり、日本人にかかわる仕事がしたいと、独学で一年間で日本語マスターしたそうです。四文字熟語などもよく御存知。サンクトの中心部アパートにに奥様とオザワクンという猫、あともう一匹も日本風の名前でしたが、失念。
ワーシャさん、皆様、右のアパートの四階をご覧ください。こちらはとても重要な建物ですが、お判りでしょうか。
客全員、・・・・・・
ワーシャさん、私の住んでるところです。皆様、次またきっとサンクト・ペテルブルクヘゆっくり来てください。私の家にも来てください。
とホスピタリティ満点のガイドさんでした。二日間、とても気を遣っていただいて、ロシアの商店などはおおむね無愛想でしたが、この方一人のおかげで、ロシアにいい印象を持ちました。
エルミタージュ対岸のペトロパブロフスク要塞。ピョートル大帝の時代に作られ、実際は監獄として使用される。ピョートル大帝の皇太子も謀反の疑いでこの獄で拷問を受けて死亡したとのこと。
またこの中の聖堂には歴代のロシア皇族が眠っている。最後の皇帝だけは遺骨が確定していなかったが、時代が下り、大津事件の証拠品とDNA鑑定で照らし合わせてようやくそれと分かりまつられているそうです。
正午に号砲が鳴りました。
続いて血の上の救世主教会へ。
「人民の意思」派のテロで1881年にアレクサンドル二世が暗殺された場所に建つ。建築は1907年。
土台はコンクリートで、新しい技術が随所に見られるとか。ソ連時代は倉庫などとして使われていたが、修復して元の姿によみがえったとのこと。サンクト・ペテルブルクの人気スポットで観光客多し。
観光客相手のアイスクリームスタンド。
品数豊富。130円から200円くらい。指さしてお金を渡すとアイスボックスを開けてもらえます。
もうおじいちゃんだけど、アイス大好き。見たらたいてい買ってしまいます。胸に燦然と輝く旅物語。
続いてお昼ご飯のレストランへ。パリ風のお洒落な通りです。向こうは劇場。名前失念。
前菜のスープ、トマト味にハーブが効いていて、やや塩辛い。ドイツほどではないけれど。
このあとビーフストロガノフ。これはストロガノフという人が歳とって、牛肉を柔らかく煮込んだ料理を好んだことからつけられたそうです。肖像画がエルミタージュ美術館にありました。
お天気良くて暑いです。昨日の疲れがまだよく取れていませんが、頑張って午後も観光いたしましょう。