面白くて、アマゾンから夕方届いたのをもう読みました。
姑78歳が脳梗塞で急死した。3DKの賃貸アパートの荷物を運び出し、なるだけ早く明け渡さないといけない。嫁の望登子は、片道1時間半かけて、パート勤務のない日に片づけに通うようになる。
ものすごい量の荷物=ゴミが部屋に残されていた。どれから手を付けていいか分からないけど、片づけ始め、エレベーターがないので4階から階段を使ってゴミの集積場まで運び出す。
消火栓、石、プランターの土、その上隣の部屋の住人が飼っていたウサギを預かっていると言う。途中で根を上げて、ごみ処理の業者に見積もり取ったら、98万円にもなる。驚いてまた片付け始める。
片付けながら姑の生き方をたどりなおすことになる。お節介で教養がなくて、なんにでも首を突っ込んで、思ったことはすぐに口に出す人だった。もうーー、なんでこんなにため込んだんですか。しかも安物ばかり。新しいもの買ったら古いものは処分してください。と、望登子は天井のあたりに気配のする姑と対話している。
それに引き換え、自分の母は立派だった。北陸地方都市の市長夫人として身を律し、上品で、自分に厳しい人だった。と思い返す。
荷物の整理に何度も通ううち、近所の人の話から姑の意外な一面を知ることになり、自治会の人たちがいい人だったと、快く手伝ってくれるようになる。それで望登子までいい人と思われるのが嬉しく心地よい。
実家は弟夫婦が処分して、東京の娘の近くへ行くと言う。帰郷し久しぶりにゆっくり話した義妹の口からは、実母と同居していた大変さを聞くことになる。自分の母親は理想的姑と思っていたのに、義妹にとってはそうでもない。そのことに気が付く。形見分けの宝石や着物も換金したと知る。
人はそれぞれ、遺品に生き方が凝縮されている。二人の母親の生き方から多くを学んだと望登子は思う。
遺品整理という、timelyな話題を早速に小説にした手腕はさすが。義母と実母、二人の対照的な生き方と向き合ううち、望登子も夫も改めて気づくことがあり、変わっていく。そこらあたりは軽く流しているけれど、この作品の読みどころかも。
いいことも悪いことも経験してこそ自分の血肉になる。それが次の困難に立ち向かう力になる。楽な事ばかりで済んでいく一生もあるかもしれないが、経験し味わってこその人生。
それにしても姑の多喜は急死するし、母もがんの手術を拒んで68歳で亡くなる。介護を全然しなくて済んだのは何よりの娘孝行、嫁孝行。うらやましい。
姑様の施設に今週は三度行った。ニコニコしているだけなので、お地蔵さまにお参りに行く感じ。自分の重しを確かめる気分。私が分かると無心に笑う。
一昨日はお舅様の命日だったので、写真立て持って行って見せるつもりだったけど、昏々と眠っていて、押しても引いても目を醒まさないので諦めてチャリンコで帰る道すがら、地元の友達に会ってまたまた立ち話。
話すうちにいろんな感情がこみあげてきて、気も緩んでいたんだけど、私としたことがちょっと涙が出た。大したことでもないのに、いったいどうしたことでしょう。恥ずかしや。
そりゃどこの家にも何かあるよ。うちだって言うだけのことあるし。
商売もどきのことをしているので、地元の人には家の内情、言わないことにしていたのに、聞いてくれる人のある有り難さ。ついつい話してしまった。
今度は元気に笑って会いたいものです。