漫才コンビ、ピースの芸人にして芥川賞作家の、東京を題材にしたエッセィ集。
お笑いの人だからと、面白さを期待するとやや外れるかも。ここにあるのは自意識を持て余し、それをもう一人の自分が戸惑いながら眺めている、若い男の姿。
東京にも吉本興業の新人養成学校があり、そこで研鑽して小さな舞台に立つ。そこで芸を磨いて、やがて大きな舞台に出たり、テレビ出演をする。それを目指す学校。著者は10代の終わりに上京し、世に出ようと頑張ってきた年月を、東京各所を舞台に思い出している。
この人の笑いは誰にでもわかるものではなく、ちょっと視線を外した時に現れる人の弱さ、滑稽さ。それって、もうほとんど文学と一続き。
文章で自分を表現するのも楽しい、ある時点でそう思って小説書き始めたのだと思う。小説は、いろんな業種から参入するジャンル。それぞれの場で表現しきれない思いを抱えた人が行きつく一つの場所。
この中で面白かったのは、売れない時代に一緒に住んでいたけなげな女性。やがて事情があって彼女は地方へ帰ってしまう。上村一夫の劇画みたいな世界。
少しずつきらびやかな世界に出入りするようになり、酒場できれいな女性が自分の話をうなずきながら聞いてくれる。東京やなあーーーと感激するくだりなど。
多くの若者が、何かになりたくて上京し、あるものは叶い、あるものはこんなものかと妥協し、あるものは夢破れて故郷に帰る。
ああ、私は上京することはなかったけど、若さっていいなあ、年齢を重ねるってほろ苦いなあとしみじみとした本でありました。
最近文庫本にもなったらしいので、また世に広まることでしょう。