俺は中学生の頃からずっとギターを弾いている。ギターを触ったことの
ある人なら分かると思うけど、最近のギターの音程のチューニングには、
チューニングメーターを使うことが多いけど、昔は音叉が主流だった。
音叉はたたくと「A=ラの音」を出すので、それにギターの5弦をまず
合わせて、それを元に全弦を調整するのだ。
そんな風にしてギターと戯れていたある日、学校にギターを持っていっ
て音叉でチューニングしていると、「その音叉狂ってるで」という友達が
いてびっくりしたことがあった。
俺達素人、さらに中学生ギタリストにとって、音叉の音階というものは
絶対であって、それが狂ってるかどうかなんて、全く考えもしない。もち
ろん考えても極端に狂っていれば別やけど狂いが分かるはずもない。
第一、音叉の単純な構造からして狂う=故障などありえない、という
先入観念もある。
それを狂ってると言った友達はS君といい、バイオリンを習っていて、ど
うも絶対音感というのがあったらしく、その絶対音感があると音叉のわ
ずかな音の狂いでも気持ち悪いらしい。
ふーん、絶対音感てすごいもんやねんなと思い感心したことを覚えて
いる。
その頃はフォークソングが大ブームでかぐや姫の神田川なんかもその中
のひとつ。これはご存知のように前奏がなんとも物悲しくも美しいバイ
オリンで始まる。
その時、S君がバイオリンを習っていることを知った俺は早速、今度家
に来てバイオリンで神田川の前奏を弾いてみてよ、と頼んでみた。する
と、S君は心よく引き受けてくれ、数日後に一応セッションすることにな
った。
さて当日。俺はもう一人ギターを始めた友達のO君も呼んでいたので、
二人でワクワクしながらS君のバイオリンが奏でる神田川の前奏が始
まるのを待っていた。
さぁ、弓が弾かれる。と、その瞬間。♪ギーコーギーギッコギッコキー♪
とまぁ、神田川が始まると知っていたからなんとか神田川だと分かるよ
うな不快な音が。でもS君は目を軽く瞑って体を揺らしながら、とても
気持ちよさそうに弾いている。格好だけをみると、さすが絶対音感だ。
バイオリンを始めてからどのくらいになるのかは聞かなかった、というか
聞けるような状態でもなかったけど、ロックギタリストの多くが格好から
入っていくように、S君も格好から入っていったんやろう、きっと。
俺はO君と二人、笑うこともできず、もうどうしていいのか分からずに
イヤーやっぱりバイオリンはええなぁ!とか何とか言ったような気がする
けど、その音のあまりのインパクトの強さに、何を言ったかはよく覚えて
いない。でも、その時の感情ではっきり覚えていることがふたつある。
「S君は自分の音は狂ってても気持ち悪いことないねやろか」と、
「音叉ホンマに狂ってたんかな」
S君、これを見てたらどうか怒らずに教えてください。
PS:
風の噂ではS君は○○フィルハーモニーでバイオリニストとして活躍
してるらしく、できれば今もう一度神田川を聞かせて欲しいと思う。
もちろん、あの時の音程を再現して。