浜崎ヒカル交通館ブログ

浜崎ヒカルの独り言などを載せています。

本日の模型工作

2015年11月10日 23時07分10秒 | 鉄道模型
今日の夕方は、KATOのDD51形ディーゼル機関車・北斗星、2両と、KATOのEF81形電気機関車・トワイライトエクスプレス、1両に、付属パーツを取り付けて、完成車にする作業を行なった。
KATOのDD51・北斗星は、ユーザーが取り付けるパーツは、ナンバープレートのみである。
2両とも、カッターナイフでナンバープレートをランナーから切り離して、少量のゴム系接着剤で接着した。
ナンバーは、1両は1148、もう1両は1141にした。
こうして、北斗星色(JR北海道色)の2両のDD51形機関車は、完成車となり、当模型鉄道の所属車両に加わった。
いつかは、北海道を走った寝台特急を再現してみたいと思う。
続いて、EF81・トワイライトエクスプレスにも、付属のパーツを取り付けた。
それは、ナンバープレートとメーカーズプレートをランナーから切り離して取り付けるようになっている。
切り離したナンバープレートとメーカーズプレートは、車体に押し込むだけで取り付け出来るようになっているが、一部ゆるい箇所があったので、そこは、接着した。
ナンバーは、103にするつもりだったが、最後の一枚を取り付けようとしたとき、弾けて紛失したため(予備がない)、同じ日立製の113に変更した。
こうして、EF81形機関車・トワイライトエクスプレス色は、完成車となり、当模型鉄道の所属車両となった。
また、併せて、付属のトワイライトエクスプレスのヘッドマークもランナーから切り離し、機関車に装着した。
いつかは、トワイライトエクスプレスの客車を引いて楽しみたいと思う。

そして、夕食後は、マイクロエースの京阪800系に室内灯を取り付ける作業と、山陽電鉄3050系・新塗装にTNカプラーを取り付ける作業を行なった。
マイクロエースの京阪800系に室内灯を取り付けると、車体の両端の車幅灯(実車は路面も走るため、自動車との接触事故等の危険を防止するための灯火)も点灯するようになる。そこで、取り付けたのである。
なお、その製品は、ボディマウントカプラーに対応していないため、カプラーの換装は見送った。
車体から下回りを外すのは難しくはないが、組み立ての際、動力車の組み立てには苦労した。
車体から動力ユニットを外して、室内灯を取り付けたあと、車体にはめ込むのだが、なぜか、はめ込み式の窓ガラスが外れやすく、なかなかはまらない。
そこで、外れやすかった窓ガラスを両面テープで固定すると、簡単にはまるようになった。
それ以外の車両は、特に組み立てに難儀することはなかった。
そのあとは、山陽電鉄3050系のTNカプラー化に取り掛かった。
車体から下回りを外して、カプラーを換装するほうの台車を外して、そのあと、アーノルドカプラーをカプラーポケットごと外すのだが、なぜか、カプラーポケットを取り付けるツメが固くはまっていて、はずれなかった。
いままでは、細いマイナスドライバーで簡単に外すことができたのに、この製品は異常なほど固かった。
そこで、カプラーポケットを折って外すという荒技を使った。こうしてアーノルドカプラーを除去することができた。ただし、これで、台車マウントカプラーに復元することはできない。
それから、ボディマウント式のTNカプラーを取り付けて、台車をはめた。
使用したTNカプラーは、密自連形のグレーである。
TNカプラーに換装した車両は、元どうりに組み立てたのはいうまでもない。
次回は、京阪800系は、屋上配管への色差しと付属ステッカーの貼り付けを行なって、完成車とする予定。
山陽電鉄3050系は、ドアのモールドへのスミ入れと付属ステッカーの貼り付けを行なって、完成車とする予定。
それらの作業をいつ行なうかは、現在未定である。

以上が、本日の模型工作の内容である。
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11月9日の模型工作

2015年11月10日 22時39分48秒 | 鉄道模型
昨日9日は、119系5000番台の製作作業以外には、トミーテックの鉄道コレクションのJR九州キハ125形気動車・ロマンシング佐賀のラッピング車をNゲージ化する作業を行なった。
それは、RPGのロマンシング・サガのキャラクターの描かれた車体のキハ125形気動車が2両入っている。
わたしは、どちらの車両にも、動力ユニットを組み込むことにした。なお、カプラーは、ダミーカプラーのままとしたので、単行運転専用である。
まず、箱の説明書きを見ながら、直径1.0mmのドリルで穴を開けた。
そして、付属パーツの無線アンテナと信号炎管を取り付けた。
基本的にはめ込むだけだが、一部ゆるい箇所があったので、そこには、少量のゴム系クリアボンドで接着した。
そのあと、動力化する作業を行なった。
動力ユニットには、付属のNDC用スペーサーと台車枠を取り付けた。
そのあと、床下機器とダミーカプラー、スカートを移設した。
エンジン部分を外すのがやり難かった。
床下機器などの移設作業が済むと、付属パーツを取り付けた車体と組み合わせて、完成である。
こうして、2両のキハ125形気動車・ロマンシング佐賀ラッピング車は、完成車となり、当模型鉄道の所属車両となった。
いつかは、運転会などで走らせたいと思う。
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JR東海119系5000番台製作記(その5)

2015年11月10日 22時29分29秒 | 鉄道模型
昨日9日の昼頃から夕方にかけては、製作中の119系5000番台の車体の塗装を行なった。
前回、車体色のアイボリーを吹きつけたが、塗り残し箇所があったので、再度、吹き付けた。
使用した塗料は、グリーンマックスの21番、小田急アイボリー(現在の商品名はアイボリーA)である。
塗り残し箇所を中心に塗装し、乾燥後、帯色を吹きつけるために、マスキングテープを貼る作業を行なった。
前面付近のマスキングが大変だった。
製品では、帯の表現には、付属のデカールを使用するようになっているが、わたしは塗装することにした。
まず、帯の幅を残して、車体全体をマスキングした。
そして、滲みこみ防止のために、クリア塗料を吹き付けた。そのクリア塗料も、スプレーではなく、ビンの塗料を希釈したものを、エアブラシで吹いた。使用したクリア塗料は、ガイアカラーの007番のクリアーである。
クリア塗料を吹き付け、乾燥後、オレンジ色と緑色の2色(湘南色)で構成された帯色のうち、オレンジ色のほうを吹いた。
使用した塗料は、グリーンマックスの3番、黄かん色である。
それも、エアブラシで吹き付け塗装をした。吹き付けの際には、吹き付け幅を細くして、塗料のロスを少なくした。
それらの作業をしているうちに、暗くなってきた。
そこで、黄かん色を吹いて、乾燥させたあと、その日の製作作業は終了した。
次回は、帯の部分のうち、黄かん色で残す箇所にマスキングテープを貼って、緑色を吹き付ける予定だが、しばらく先になりそうである。
できるだけ早く進めたいのだが。
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更新情報

2015年11月09日 11時07分26秒 | マイ・ホームページ
本日、マイ・ホームページを更新しましたので、お知らせします。

更新内容は、
「鉄道写真展示室」に
特急『こうのとり』の画像の掲載を開始したことです。

道順は、
「鉄道写真展示室」→「関西・山陰特急列車」→「こうのとり」
です。

今後も、浜崎ヒカル交通館を宜しくお願い致します。
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通販で鉄道模型を購入

2015年11月05日 21時23分11秒 | 鉄道模型
今日の夕方、某ネットショップから荷物が届いた。
鉄道模型製品を注文していたからである。
宅配ドライバーに代金を支払って、荷物を受け取った。

今回購入したものは、以下のとおりである。
トミックス 0337 密連形TNカプラー(スプリング・グレー・6個入) 1セット
トミックス 0375 密自連形TNカプラー(スプリング・グレー・6個入) 1セット
トミーテック バスコレ 中央高速バス 5台セットB 1セット
トミーテック 全国バスコレクション<JB028>奈良交通 1台
トミーテック 全国バスコレクション<JB027>ジェイアールバス東北 1台
トミーテック TT-04R 鉄コレ走行用パーツセット(カプラーグレー)(※新価格品) 1セット
CASCO YP-526 バスコレクション収納ケース(ブラック) 1つ



TNカプラーは、マイクロエースの車両のリアルカプラー化に使用予定。
トミーテックのバスコレの中央高速バスは、予約していたので購入した。
全国バスコレクションの奈良交通とジェイアールバス東北も、予約していたので購入。
鉄コレ走行用パーツセットは、鉄コレ車両のNゲージ化に使用予定。
バスコレクション収納ケースは、バス模型の収納に使用予定。

以上が、今回の模型購入の内容である。
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JR東海119系5000番台製作記(その4)

2015年11月05日 21時15分52秒 | 鉄道模型
今日は、グリーンマックスのキットから製作中の119系5000番台の製作作業を行なった。
本日は、まず、クモハ119の側面ガラスを切り出した。窓ガラスには、キット付属の透明シートを使うように支持されているが、わたしは、東急ハンズで買った塩ビ板から切り出した。
切り出した窓ガラスは、紛失しないように、100円均一ショップで買ったケースに入れて保管した。
そのあと、クモハ119の屋根と、クハ118の側板に、グリーンマックスのねずみ色1号のスプレーを吹き付けた。
そうすることで、加工した箇所の仕上がり具合を確認するのである。
特にクハ118のトイレ窓周辺箇所の加工部分が目立ったので、その箇所を中心に、瞬間接着剤や紙やすりなどで修正した。
そして、再度、スプレーを吹き付けて、状態を確認した。
そのあと、車体の組み立てに取り掛かった。
前面または妻板と側板とをL字形に組み、接着した。接着には、タミヤのプラモデル用の接着剤を使用した。
L字形に組んで、それから、口の字形に組んだ。組み立ての際には、きちんと直角になるように気をつけた。そのとき、RMM200号の付録が役に立った。
そのあと、屋根板を取り付けるのだが、まず、それは、口の字形に組んだ車体に、マスキングテープで要所を仮止めしながら、歪みを修正した。
そのあと、タミヤの流し込み用の接着剤を、裏から流し込んで接着した。
その接着剤が乾燥後、瞬間接着剤を流し込んで補強した。
こうして、車体が箱状になった。
しかし、車体の合わせ目が残っていて、そのままだと目立ってしまう。
そこで、ゼリー状の瞬間接着剤で合わせ目を埋めて、乾燥後、紙やすりで削って、なるべく平滑になるようにした。
そして、ねずみ色1号のスプレーを吹き付けた。
そのあとも、何度か修正とスプレーを吹き付けを繰り返し、それから、車体の塗装にかかった。
車体には、グリーンマックスの21番小田急アイボリー(現在の商品名はアイボリーA)を吹き付けるのだが、それは、隠ぺい力が弱いといわれている。
そこで、下地色として、ガイアノーツの031番アルティメットホワイトを吹き付けた。
それらの吹き付けには、エアブラシを使用した。
久しぶりのエアブラシ塗装である。
最初に、希釈したアルティメットホワイトを吹くのだが、なかなか塗料が出ない。
やっと出たと思ったら、表面が荒れたうえ、糸をひいていた。
まだ塗料が濃すぎたようだ。
何度も希釈をし直し、やっと吹き付けることが出来た。
その頃には、暗くなりかけていた(外で作業をしていました)。
アルティメットホワイトの塗装を終えると、器具をMrカラー用のシンナーで洗浄し、小田急アイボリーを吹き付けた。
そのあと、器具を洗浄し、車体の状態を確認したら、塗り残し箇所があった。
薄暗くて塗装中、塗り残しに気づかなかったのである。
もう作業はできない。
次回の公休日に再度行なう予定である。

以上が、本日のJR119系5000番台の製作作業の内容である。
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東京・横浜方面へ旅行(その2)

2015年11月03日 21時38分12秒 | Weblog
今さら8月のことを記事化してすみません。

8月5日の夜は、父親に車で送ってもらい、岡山駅へ向かった。
駅に着くと、駅のコンビニで飲料水やパンなどを買ってから、夜10時過ぎに、岡山駅の改札を通った。
そして、しばらくして、ホームへいった。
寝台特急『サンライズ瀬戸』に乗るためである。わたし以外にも、『サンライズ』に乗るために待っていた人たちがいた。
『サンライズ』は、現在では数少なくなった夜行列車で、東京~出雲市を運行している『サンライズ出雲』と東京~高松を運行している『サンライズ瀬戸』の2列車が運行されている。
なお、東京~岡山は、2本の列車は併結運転される。
しばらくホームで待っていると、『サンライズ瀬戸』が入線してきた。
わたしは、前から6両目の9号車に乗車した。
車番は、サハネ285-201だった。



2階建ての車両で、1人用B個室「シングル」が主な個室寝台である。
わたしは、2階の個室の切符を購入していたので、その個室に入った。
まもなく、列車に衝撃が走った。
出雲市発の『サンライズ出雲』が連結されたのである。
こうして、7両ずつの2本の列車は、14両編成の1本の列車になって、東京へ向かって走る。
22時34分、『サンライズ』は、東京へ向かって発車した。
わたしが『サンライズ』に乗るのは、2年3ヵ月ぶりである。
前回乗ったときと大きく変わっていたのは、シャワーカードが自動販売機で購入するようになっていたこと(その日、岡山を出発した時点では完売していた)と、自動放送による案内放送が行なわれるようになったことである。
もちろん、車掌による案内放送もある。
岡山を出発すると、翌日、横浜到着前まで、放送は休止になった。
列車は、スピードを上げていった。
西川原・就実前、高島、東岡山、上道、瀬戸の順に、小さな駅を通過していった。
瀬戸駅を通過してまもなく、車掌が車内改札に来た。岡山車掌区の車掌だった。
岡山を出た『サンライズ』は、兵庫県に入り、しばらくして姫路に停車した。
放送は休止していた。
姫路を出た後は、日付が6日に変わり、それから、三ノ宮、大阪の順に停車した。
大阪駅を発車すると、静岡まで、乗務員交代などの運転停車を除き、停車しない。
静岡県に入ると、徐々に空が明るくなってきた。
そして、4時40分頃、静岡駅に停車した。まだ放送は休止したままだった。
静岡の次は、富士駅に停車した。
その途中から、富士山の姿が見えてきた。



5時過ぎに富士川の鉄橋を渡ると、数分後、富士駅に停車した。
富士の次は、沼津に停車した。
沼津駅は、JR東海管内の駅だが、JR東日本の電車も留置されていた。
沼津の次は、熱海駅である。
熱海の次は、横浜に停車した。
車窓の景色が徐々に市街地風景に変わっていった。
また、横浜駅到着前から、車内放送が再開された。
6時44分、横浜駅に停車した。止まったホームには、『サンライズ』ではなく、通勤電車を待っている人などが多数いた。
6時45分に、横浜駅を発車した。
そして、7時8分に、終点の東京駅に到着した。



東京駅に着くと、下車して、コインロッカーに大きな荷物を預けたあと、改札内の飲食店で軽い朝食をとった。



そのあと、いったん改札外に出て、丸の内側の駅舎などを撮影した。
わたし以外にも、撮影されていた方がいた。



それから、品川までの切符を買い、再び、改札内に入った。

都合により、今回は、ここまでとさせていただきます。
続きは、また後日書かせていただきます。
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本日の模型工作

2015年11月01日 20時58分57秒 | 鉄道模型
今日の夕方は、先日購入した、トミックスのED79形50番台、2両に付属パーツを取り付けて完成車にする作業を行なった。
まず、はじめは、説明書を見ながら、付属の治具と0.6mmのドリルを使って、第一エンド側の屋根に穴を開けた。
付属のGPSアンテナを取り付けるための穴である。
そのあと、GPSのアンテナをはめ込んだ。取り付け作業には、先端に両面テープを貼ったピンセットを使用した。
続いて、付属のヒューズ箱パーツを取り付けた。それも第一エンド用と第二エンド用のパーツがあり、間違えないようにしながら取り付けた。
そのあとは、信号炎管とホイッスルカバーを取り付けた。
信号炎管のパーツは、ランナーから切り離したあと、両面テープを貼ったピンセットで取り付けようとしたら、なかなか穴に入らない。
そこで、中指に両面テープを貼り、その指で押し込んだら、うまくいった。
ホイッスルカバーも同様である。
こうして、屋上のパーツをつけ終えると、手すりパーツを取り付けた。
パーツをランナーから切り離したあと、取り付け部分の先端を若干斜めにカットしたうえ、両面テープを貼ったピンセットを用いて取り付けた。その製品は、なぜか穴に入りにくかった。
そのあと、ナンバープレートを取り付けて完成である。
1両目に完成車にした車両は55番、2両目に完成させた車両は52番にした。
なお、2両目にパーツを取り付けた際は、なぜか、信号炎管や手すりの取り付けの部分がゆるい箇所があったので、少量のゴム系接着剤で接着した。
こうして、2両の電気機関車ED79形50番台を完成車両にして、当模型鉄道の所属車両に加えた。
いつかは、運転会やレンタルレイアウトなどで、貨物列車を牽かせて走らせたいと思う。

以上が、本日の模型工作の内容である。
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就職先探しで失敗しないためのポイント

2015年11月01日 10時15分30秒 | Weblog
来月、わたしは、現在の就業場所に就職して、6年になります。
今後も、末永く仕事をさせたいただきたいと思います。
現在、岡山県は、有効求人倍率は比較的高い水準ですが、6年ほど前は、まだ厳しい状況の中でした。
また、求人が増加している現在でも、求職者と求人とのミスマッチなどの問題や、応募したものの公表している内容と実態とが食い違っていたというケースはまだまだあると聞きます。
そういうわたしも、10年以上前のことですが、入社すべきではない会社に入社してしまい、経済的にも精神的にも大きなダメージを受けるなどの大きな不利益を被ったことがあります。
それは、ある年の12月に入社したある会社です。社名を書くわけにはいかないので、ここでは、X社としておきましょう。
学校向けの学習教材の発送の請負などをしている、岡山では知名度の高い会社です。
その会社は、毎年、秋から年末にかけて、大量の人数を募集します。
応募者には面接がありますが、ほとんど形だけの面接で、面接時の態度や服装などがよっぽど悪くない限り、ほとんどの人が採用されます。
そして、入社後から晩春にかけては、本来の勤務時間をオーバーして仕事をさせられます(一応残業代は出ますが)。
しかし、わたしが入社して半年足らずの6月初めになって、異変がおきました。
突然、使用者に勤務可能時間を大幅に削られ、その分、収入が大幅に減ってしまいました。
使用者が約束どおりに仕事をさせていれば、月20日以上はあるはずの勤務日が一ケタ台にまでされたうえ、勤務時間も2~3時間までに削られてしまいました。
さらに、使用者側の勝手な都合で仕事を休まされているのに、「次の勤務日はいつですか」と尋ねると、「まだわからないから、明日、お前が会社へ電話しろ」と言われるようになりました。
それで、午後2時頃電話すると、「まだわからないから、夕方かけなおしてくれ」と言われて、夕方かけなおすと、誰も出なかったことがありました。
また、収入の減少も激しく、ピークの月の4分の1を切ったことがありました。
それを、X社の事情をしらない、ある知人に話すと、「中高生のバイト代よりも少ないね」と言われましたね。また、別の知人には、「冗談でしょ、そんな会社、どこの世界にあるの?」とも言われました。
そのときは、減収による財産的な苦痛のほか、社会人としての誇りを踏みにじられたうえ、経歴まで汚されたという精神的な苦痛も大いに受けました。
と同時に、それまで苦労と努力を積み重ねて築いてきたものが一気に崩れ落とされた感覚になりましたね。
採用から半年足らずでそんな扱いを受けるのなら、のっけから採用されないほうがまだマシです!
X社がそんな会社だと知っていたら、お人好しなわたしでも応募しなかったでしょう。応募当時、他にも応募したかった求人が何件かありましたし。
また、その会社は、わたしが取得していたフォークリフトや大型免許の取得者を募集していたそうですが、わたしは、そんな会社に入るために取得したわけではありません。
はっきりいって、そんな会社、お世話になったとは微塵も思っていません。大いにコケにされたと感じています。
離職して10年以上経った今でも、そのときの酷い扱いが原因の後遺症がまだ消えていません。
わたしなら、知人に就職先探しをしている人がいても、その会社への入社は勧めたりはしないでしょう。そんな求人への応募を勧めること自体、人を愚弄するに等しいと感じています。
このブログをご覧のみなさんは、そんな会社へは入社したくはありませんよね。
求人状況が回復した現在でも、応募するべきではない求人を出す会社はまだまだあるかもしれません。
そういう会社へ入社しないためにも、注意すべきポイントをいくつか書きたいと思います。

まず、事業所の規模のわりには求人数が多い会社は要注意でしょう。
そういう会社は、毎年の離職率が高く、毎年大量に募集しなければ、必要な人員が確保できないからです。
そして、離職率が高いということは、その会社では、労働条件が著しく酷かったり、使用者が労働者との約束を守らないのが当たり前のようになっていることが多いです。

また、中途採用なのに、毎年、特定のシーズンにのみ求人を出す会社も要注意です。
それは、わたしが応募してしまったX社にも当てはまることですが、特定の時期には業務が忙しくて大量に人員が必要だが、繁忙期を過ぎると約束どおりに仕事をさせてもらえず、減収に追い込まれた結果離職する人が多いということも考えられます。

もう一つ、これは採用されて入社するまではわからないことですが、労働条件など、労使間の約束事を、口頭のみでしか伝えない会社も要注意です。
そういう会社は、使用者が本来の規則を無視して、労働者へ酷い仕打ちをしても、労働者側が使用者の違反行為を立証するのが困難だからです。
入社をお勧めできない会社には、そのような会社が少なくないともいわれています。

他にも注意すべき点はあると思います。

ところで、みなさんは、就職先探しの際には、どのような点に注意しますか?
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