チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

着物が繋ぐもの 153

2019年05月13日 09時22分54秒 | 日記
ここ一ヶ月かけて断捨離をしていた
特に仕事での写真ネガやメモ資料などはなかなか捨てがたく
まずその処分から始めたので時間がかかったようにも思う

着物や帯、帯留は何回も整理対象になっていたので今回は整理するものなし
しかし伏兵がいた半襟
チャコちゃん先生は半襟に異常に凝っていたのでその枚数たるや千を超える
かといって刺繍や色半襟は少ない三枚くらいか
すべて白

白い半襟に固執しているのは首もとを白で埋めるとレフ板の役目をすることに気がついたから
撮影現場にいるとレフ板の力がどれほどのものかを知る
顔にレフ板を当てると一気に顔が明るく華やぐ
それと同じことが半襟にも通じる

芸者さんの取材をしたときも白い半襟にどれだけ助けられているかという話を聞いた
芸者さんの場合は一回使ったら(襟元で汚れを落としながら実際は何回か使う)その半襟はもう二度と使わない
そこまで白半襟を顔映りの良いものと考えている

チャコちゃん先生の場合はそうは気前良くならない何回も何回も洗っては使っていた

特に24節気の半襟を身につけることに集中していた時があり
着物の仕事をし始めた当初
そして365日20年間着物を着ていた当時15日おきに半襟を取り替えていた
小寒までは古代縮緬 大寒まではうづら縮緬 立春明雲 雨水東雲 啓蟄綸子などなど
しばらくすると半襟機を壊すということになり込み入った半襟素材は生産がだめになった

半襟を扱っていた店の閉店を聞くとすぐさま飛んでいって買い取り
それを聞いた半襟やさんが店を閉めるときお声をかけてくださる
ということでたくさんの半襟が手元に集まりみんなで分けて楽しんだ

着物はたくさん買えないけど半襟の楽しみを昔の人は持っていたのだと思う
今でも呉服屋さんで「襟」とついた屋号は昔半衿専門店だったと思う
昭和の初期には半襟専門店に行列ができるほど半襟人気は高かった

母もなにかのお返しには必ず「半襟」を懐紙に包んで差し上げていた
その半襟を購入するところが「ゑり次」という和装小物やさんで今でもあるのだが
幼少の頃その店に母が半襟を購入するたびについていっていた
腰紐や襦袢の色が美しいということと何より必ず珍しいお菓子を出してくれるお菓子目当てだ

何年か前
「昔の半襟残ってない?」
と聞いたら茶箱の中から絽縮緬や楊柳、代わり縮緬、うずらなどが出てきて狂喜乱舞して購入した

しかしチャコちゃん先生の保管が悪く黄変したものも多く
またまた汚れが取れてないものもあり夏物単衣用のも泣く泣く処分

やはり茶箱が良かったのだと知る

#半襟 #着物 #二十四節気 #チャコちゃん先生 #レフ板 #中谷比佐子
コメント
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