勝手に利用 情報一人歩き
“唾液腺ホルモン”という名前を聞いたことがありますか?別名をパ ロチンといい、唾液腺から分泌されるホルモンであるとされていまし た。でも、私は学生時代、このホルモンの講義を受けたことはありま せん。現在の生理学の教科書をめくっても、このホルモンの話は出 てきません。なぜなら、このホルモンは、幻だからです。1944年(昭 和19年)、つまり戦争中に日本で発見され、老化防止に効果がある ということで一世を風靡したようです。図書館に残されている古い教 科書に名前を見つけることができます。だが、このホルモンの正体は 結局、明らかになりませんでした。タンパク質らしいという論文が出 ただけ。もし本当にタンパク質なら、現代の遺伝子工学の技術でたち どころに解明されそうなものですが、そんなことは全くありません。“唾 液腺ホルモン”は、実は存在しなかったからです。ところがインタ-ネッ トで調べると、たくさんのホ-ムペ-ジで、このホルモンのことが書か れています。医学の世界ではとつくに忘れ去られた幻のホルモンです が、古い文献を無批判に引っ張り出し勝手に利用している人が結構い るようです。困ったものです。発見者を批判するつもりはありません。 その時代の科学技術の限界を示しているだけだからです。しかし、自 分に都合が良い情報だけ選んで、あたかも科学であるように利用する 現代の“ニセ科学者”は、糾弾されるべきではないでしょうか。 (とうせ・のりつぐ=札医大医学部長)