北大大学院地球環境科学研究院教授 進化と生態の関係解明
十勝管内広尾町の国内最大のオオバナノエン レイソウ群落を主なフィ-ルドとし、その生活史 の解明に取り組んできた北大教授の大原雅さん。 詳しい生態が明らかになるにつれ、群落周辺の 環境全体を守る必要性をいっそう感じるようにな つたと話す。 広尾のオオバナノエンレイソウ群落を初めて目に したのは、北大助手時代の1989年。今後の研 究テ-マを模索しながら道内を旅していた。「弁 当を食べようと、たまたま海岸に近い林の方に行 ったら白い花が見えて、遠くからでも群落と分か った」。以来、繰り返し現地を訪れ、他の地域とも 比べた結果、広さ約五万平方㍍で、国内最大の群落という確信を強 めた。北米と東アジアに分布するエンレイソウの仲間は、ユリ科の多 年草で花弁と葉が三枚ずつあるのが特徴。ハルニレやヤチダモの林 に包まれた、やや湿った環境で育つ。道内では9種が確認されてお り、白く大きな花のオオバナノエンレイソウは、北海道のほか東北の 一部、サハリン、アリュ-シャン列島、ロシア沿海地方などに分布す る。清楚なたたずまいが好まれ、北大の校章にあしらわれているほ か、恵迪寮歌にも登場する。今も北大校内にはオオバナノエンレイソ ウが自生しているという。エンレイソウと言えば、北大を中心とする研 究者が60年代までに、世界に先駆けて進化の過程を遺伝子レベル で解明したことで知られる。大原さんはこの成果を踏まえ、自然界で の生態の秘密を探ってきた。「日本のエンレイソウが興味深いのは、 遺伝子的な特徴が異なる倍数体の種類が多いこと」と語る。植物は、 遺伝情報を伝達する染色体の最小単位を何組持つか(倍数)によっ て、異なる種に分類される。エンレイソウは二倍体や六倍体など倍数 体の種類が多く、ダイナミックに進化してきたことが分かる。そこで「進 化のプロセスと生活史の関係」の解明が重要な研究課題となってい た。生活史とは「植物の“生きた実態”」を意味する。オオバナノエンレ イソウの実生(種から発芽したばかりの状態)は、細長い葉が1枚だ け。翌年は丸い葉になり、5~6年けて3枚葉になる。花が咲き、種子 を作れるようになるまでは10数年かかる。寿命は短くとも数10年とさ れ、「延齢草」という日本名のイメ-ジにもふさわしい。大原さんの調べ で、十勝と日高のオオバナノエンレイソウにだけ見られる性質があるこ とも分かった。「おしべの花粉が同じ花のめしべに受粉しても、種子を 作れない。これを『自家不和合性』と言います」。このため、虫などによ る他個体からの花粉媒介が不可欠となり、勢い、大きな群落を作りた がる。逆に開発で群落が寸断されて孤立化すると繁殖が難しくなる。 広尾の群落は、地域の理解と協力で比較的良好な状態を保っている が、危険信号がともった群落もある。
「毎年花が咲き、保全されているように見えても、 実生が育っていなければ次世代に生命を引き 継げない。人間社会の少子化のような現象が起 きている」 エンレイソウの“生きた実態”を解明し、 群落周辺の生態系全体を保全する必要性を市 民に伝えるのも使命と考える。「環境保全の運動にかかわることも できるが、研究者としては科学の側からできることに取り組みたい」 と話、調査の傍ら、現地での観察会などを積極的に開いている。