電車の中でふと思い出したのは、建築家の前川國男さんが設計した団地のことだった。一度雑誌で見た写真と、そこに書かれていた「建て替え」の文字が浮かんだ。秩父の方まで行ってしまっても…と急行に乗っていたので、最初の停車駅は石神井公園だった。で、とりあえず公園に向かった。
石神井池のほとりで改めてその団地について調べると、阿佐ヶ谷住宅という名前がわかった。石神井からは10キロ以上は離れていた。おまけに、池の近くのバス停から阿佐ヶ谷行きのバスも出ていたのだが、とりあえず歩くことにした。
上石神井を超え、西荻窪を過ぎたところで「そーせーじ」という名のン屋さんを見つけた時には、歩き始めてか2時間以上経過し、そろそろおひるが食べたい時間となっていた。
お客さんも集まっていて、安心して店に入ったら、パイ生地でフランクフルトを包んだパンに目が止まった。すぐに食べられるもう一つと、家に持って帰るもう一つとを買い求め、再び歩き出した…が、すぐにパンを取り出し食べ始めてしまった。
サクサクとしたパイ生地と、ジューシーなあらびきフランク、そしてマスタードの辛みが絡み合い、元気をもらったところで再び歩き出した。
ようやく近くの公園まで辿り着きベンチに座ると、今度はなかなか立ち上がれなくなった。ここまでで3時間が経過した。だが、目的地はもうすぐだと思い、再び立ち上がり、川沿いを辿った。公園内にあったロケットを見ながら、「今年はどこに向かって飛んで行こう」なんて思いながら…
川を渡ってすぐに目的地に着いた。広々とした敷地に点在する建物のうち、前川國男さんが設計した低層住宅を「テラスハウス」というそうだ。老朽化はしているものの、その佇まいにはある種の美しさが感じられた。だが、既に建て替え計画が進んでいるからか、それとも、間取りなどが時代にマッチしなくなったからか、出入口や窓にベニヤ板が打ちつけられた区画も数多く、やはり寂しい。
(阿佐ヶ谷住宅については、こちらがいいか)
塔の上にタンクを戴くタイプとは異なり、こちらの給水塔はまた違った美しさを湛えている。
それでも、建て替え計画は揺るがしようがない。建てられた50年前に比べ、日本人のライフスタイルもだいぶ変わった。「ウサギ小屋」と呼ばれた住宅事情もこの間にかなり改善している。だが、このころこのような住宅で育まれた家庭と現在のそれとでは、しあわせはどれくらい増えたのだろう。いや増えたのだろうか。まあ、我が家など建て替えをしたからと言ってしあわせは訪れていない。
結局そのまま東中野まで歩いてしまった。おかげで足の付け根に痛みが生じ、今も残っている。
さて、阿佐ヶ谷住宅のテラスハウスは1棟くらい保存できないものか。江戸東京たてもの園に移築するというのもありなんじゃないかな。