熊本レポート

文字の裏に事件あり

政府が眼中にない五木村の再生

2012-07-07 | インポート

 五木村が、自ら導入した議員評価制度で揺れている。

 同評価制度とは同議会が二十二年、議会に導入した「報酬」の評価制度。

 自らの報酬を外部の評価に委ねるというのだから、「よくぞ議員が認めた」と喝采ものだが、実は井戸を掘った提案者が、同村の実力者だったから実現した理想の議会改革。

 五木村は川辺川ダム問題に翻弄されたという不幸な背景から五年間で、産業生産高は現在の同生産額の約46パーセントもの大激減を示している。

 その最大の理由は水没予定とされた同地の人口流失で、昭和35年の6161人から現在は1302人。しかも65歳以上が50パーセントの限界集落が36集楽の中に15集落、また準限界集落(55歳以上が50%)は9集落となると、公共的な機能が働きにくいというより、村そのものの維持が危ぶまれる。

「村の将来はない」

 こうした村民の不安は、国勢調査の推察からも明らか。

 そこで村は「平成30年までに三世代世帯を百五十世帯とする」と、数値目標を掲げて第五期基本構想を立てたのだが、これも看板だけであった。

 しかも村の借金における村民一人当たりの借金が県下一(一人当たり約249万円)なら、村議会予算の一人負担額も県下一(年約37万円)。

 これでは村民の間から

「危機感のない村議会などは廃止」

 と怒りの声が上がるのは当然。

 現在、議会は「評価制度は必要か否か」の振り出しに戻るような論議で手間取っているようだが、マスコミがまた評価委員化して「議長が…」、「評価委員長が…」、「村民は政争に嫌気」と煽り、さらにオブザーバーとして参加していた大学教授まで政治力学で突くものだから、その生産性のない動きは、レベルの低過ぎる幼児性の民主党政府と全く同じ。民主主義とは、確かに改革の足枷になる…。