熊本レポート

文字の裏に事件あり

豊洲問題よりもダーティーな熊本県の採石行政 第5-3回

2016-10-27 | ブログ
 一般市民に承知の方は少ないと思われるが昭和31年、天草を雲仙天草国立公園に編入した際、熊本県は御所浦島の東南部を除外した。日刊新聞は「白亜の地肌」と称賛し、漁業関係者は「魚が来なくなった原因」と嘆く採石場跡地(当時は全エリア操業地)である。
 当時、国土建設と生業の生活権を理由にして除外。そして、その大部分が終掘となって旧御所浦町、天草市は「跡地整備」を何回となく県に求めて来たが、未だに納得できる修復状況にはなく、県の「工事船を着ける桟橋がない」とか3年前、桟橋に階段を取り付ける工事だけを発注といった対応を考えると、そのやる気のなさだけは充分に理解。業界側からは「一部修復」の声も出るが、「自然公園法は除外されるとしても採石法、砂防法、景観条例は棚上げされた」(天草市)というのは当然で、熊本県のコンプライアンスは最低のレベル。
 例え無実でも個人的な思惑によっ ては逮捕という執行権が行使される場合もあるが、市民は市民のコンプライアンス(法の遵守)によって社会生活の秩序が維持される。だが法律を執行する行政は、それを管理、監督するサイドに察知されない限り、例えば議会や報道機関の機能が正常に働かず、その真実が市民に伝わらなかった場合は法の遵守など無視で通される。
 豊洲問題もそうだが、そこで発生する損失、責任所在が闇に葬られるとなると、色々な意味で市民にとっては大きな損失。議会や報道で問題化されると理解は当然だが、それを基本的な常識として日頃から注視している市民がどれだけいるであろうか。
 繰り返すが、国立公園の特別地域では「土石の採集、土地の形状変更を禁ずる(自然公園法第13条)」となっている。ところが熊本県は、「生業の生活権を重視」と同採掘権を更新。
 また採石業者は「採石権が消滅の時(終掘)、その土地を原状に回復し、又は原状に回復しないことによって生ずる損失については、それを補償する(採石法第8条)」義務にあるが、熊本県は終掘に際して3億5000万円の廃業補償を支出し、 さらに原状回復にあっては「採石場修復緑化事業」として該当業者にそれを継続発注(落札率99・7%)。その上にだ、そこに該当業者による建築廃材のリサイクルセンターを許可したのである。現場は熊本地震による大崩落の隣接地。
 また熊本県は、雲仙天草国立公園の特別指定地域にある採石場跡地(上天草市松島町高杢島)について、その責任を放棄して採石法、自然公園法、地方公務員法に違反。彼らから「環境省から指摘された経緯にない」と言い訳が出ると、阿蘇立野の大崩落も観光島の消滅にしても彼らには、その責任は環境省。
 熊本県の語る「規律、条例、法律」は手前都合の詭弁としか思われないが、それを証明する事例は採石場跡地問題でもまだまだ他にもあった…。

豊洲問題よりもダーティーな熊本県の採石行政 第5-2回

2016-10-20 | ブログ
 天草ジオパーク推進活動に応えて、日刊新聞が御所浦島の南斜面を「白亜の地肌」と報道するレベルなので、市民のジオパークもその程度の認識と誤解もされるが、観光が地元産業として振興される一方にあって、それを自治行政が自ら破壊していることも確か。 上天草市松島町の漁業関係者が「あれは採石業者が廃業(4社)で放置して逃げた形跡」と釣竿で指して見せ、「あの島は国民共有の資産である国立公園なんだ」 と嘆いて語った。 先に述べた跡地整備を県に肩代わりさせた(県民の未承諾)南阿蘇村立野の場合とは異なり、行政も後始末を放棄した採石場跡の島。しかもここは海に浮かぶ天草の博物館とも称される大小120余りの島々の一つで、雲仙天草国立公園のエリアにある。そこは上天草市の島々を一望できるという標高138メートルの上天草富士が頭を突き出す、桶合島の海水浴場からは歩いて渡れる高杢島である。 山頂には金比羅宮も建立され、地元では隠れた観光コースだと夢を膨らませたのだが、「残念ながら西側の半分が削り取られたままで登山、周遊には危険過ぎ、子ども連れに紹介できない点が実に残念」と嘆いて語った。 採石権は採石法第33条の規定に基づき都道府県によって許可されるが、同条の2項には採石にあたり自然公園法、砂防法、景観条例他を確約して許可されることが明記されている。 すなわち、「終掘の際は跡地整備」という確約で採石権は許可される。 南阿蘇村立野の場合は、その経過に問題を残しているものの終掘補償までして後始末をさせたが、上天草市の特別指定地域にあった採石場跡地は環境が破壊され、防災上も懸念される状態で放置されたままだ。 そして更に問題なのは、採石法によって跡地整備は許可業者の責任とされるが、未整備が3年も経過すると、それは地方自治法により自治体の責任だという点だ。これは明らかに熊本県の怠慢。 県民が寛容過ぎるから「地方公務員法」も宝の持ち腐れの感じにあるが、その該当者の中から「環境省から指摘された経緯にもない」と他人事のような言い訳が出た。 未曾有の大震災を経験させられた熊本県には、採石場跡地に関連するだけでも防災上の怠慢がまだまだ存在…。(第5-3に続く)

豊洲問題よりもダーティーな熊本県の採石行政 第5-1回

2016-10-10 | ブログ

 豊洲問題がそうだが、自治行政は地域住民、社会の側で常にあるとは限らない。殆どの住民は自治を信じて疑うことなど夢にもないが、彼らが特定の側にスタンスを置くことは多々あることで、誰かの手によってチェックでも入れない限り、独断の「パブリック」という解釈で彼らは反社会的な行動で暴走する。
 熊本震災で南阿蘇村立野の土砂崩れは阿蘇大橋まで延び、その赤大橋までも崩落させた。
 実はその犠牲者まで生んだ崩落現場から約200メートル東側、山の中腹に建築資材置き場、リサイクルセンターがあった。山の中腹という環境上の問題だけでなく、排水施設などの防災上の問題も浮上したことから許認可担当の熊本県北広域本部(菊池地域振興局農林部)に電話を入れたが、3回の伺いに返答はなかった。
 該当地は「国立公園内で見苦しい」(福島元知事)の一声で、熊本大同砕石の採石を廃止させた採石場跡地だが、それが同社の廃棄物処理場に衣替えしたとあっては、元知事の思いは覆されたということにはならないか。
 そもそも国立公園の特別地域では、「土石の採取、土地の形状変更を禁ずる(自然公園法第13条)」となっている。ところが当時、熊本県観光労働部長は「特別地域指定(昭和54年)以前から採石の許可を与えていた」として、「生業の生活権」を重視して許可の更新を図ってきたと説明。国定、国立公園特別地域内の採石を巡っては昭和49年以降、県外では5件の訴訟が起きているが、いずれも自治行政側の「採取不許可(非更新)」が認められていて、熊本県が法律よりも特定業者の生活権を重視しているかがよく理解される。
 しかもだ、その温情はそれだけではなかった。本来、採石法第8条において「採石権者(採石業者)は採石権が消滅の時(終掘)、その土地を原状に回復し、又は原状に回復しないことによって生ずる損失については、それを補償する」となっているが、逆に県は3億5000万円(該当業者他2社)の補償費を支払い、その上に原状回復で約7000万円を支出したのだ。該当地の場合、「採石場修景緑化事業」として該当業者他9社を指名して入札となったが、該当業者が落札率99・7%で自ら受注。
 環境及び景観、そして防災上から「周辺の樹木種を参考に植樹」と法律は規定しているが、補償費だけでなく、その原状回復費まで支払って、廃棄物中間施設を許可したとなると、熊本地震による山崩れとは因果関係にはないと誰が言えるだろうか。さらに紹介した事案について「問題」と理解、認識する県民にあっては、これを問題なしとして無視、また隠蔽してきた県議会、報道機関に対して、どう対応すべきか。それを冷静、論理的に考えてもらう上で、次回の「雲仙天草国立公園域から除外された特別区域の背景」を含めて、これから事案例4件を連載で公開…。

解散風が吹き始める中で西野大亮ッて知ってますか?

2016-10-09 | ブログ

 臨時国会が始まったばかりの永田町で衆院の解散風が吹き始めているが、その背景は「12月の日ロ首脳会談で北方領土問題を前進させ、その信を国民に問う」という安倍首相の政治決断というのが第一で、「来夏には国政選挙よりも重要な都議選を迎える」という創価学会の事情で、その「解散するなら早い方が良い」という理由が第二。
 だが、それだけ「勝てる」と与党に自信を持たせているのは何かというと、それは野党の体たらく。かって民主党支持で期待した官僚、政治学者らが揃って「民進党になってもレベルの低い政策から何ら魅力を感じさせない人材まで労組頼りでは、やがて社会党と同じ運命を辿る」と語るが、「万年野党」と冷ややかな目を向け始めた国民の分析も同じだ。
 そうなると小選挙区制度とは何だったのかとなるが、いち早く保守二党論を見せたのが熊本第二選挙区。
 現職は旧姓小立で、日中協会長を務めた野田毅代議士。自民党税制調査会長 、社会保障制度に関する特命委員長を歴任するなど政界屈指の政策通といわれ、一貫して自民党改革推進派のバックボーン的な役割を果たしてきた。
 それだけに中央官僚にも「野田代議士の紹介状は高値」の時期があって、秘書の二子石氏はそれを背景に「熊本6番目の代議士」とゼネコンはもちろん、福岡政財界にも高く評価されていたのも確か。
 ところが、それが永遠に続かないのは政治権力も同じで、同代議士に定年説が飛び出すほど総理官邸筋が距離を置き始めた。
 関係者からも次選挙までと勇退話が出て、それを裏付ける形で後継には二子石秘書の子息(三菱UFJ系証券マン)が指名されたと話が出回り始めた。
 だが、その後継者に先じて「引導を渡すのは私だ」という人物が現れた。それは野田代議士の後輩(東大・財務省)でもある西野大亮氏(だいすけ・平成15年財務省入庁・大臣官房前秘書課長補佐)。
 西野氏は熊本市旧飽田町の出身で、反野田・二子石氏の熊本第二区選挙区を地盤とする自民党市議、県議らが同氏の担ぎ出しで積極的に動き出した。
 新春の解散説を睨んで「最後の野田、そして二子石子息への禅譲に支援」の動きをとるか、それとも「熊本が生んだ新進気鋭の財務省キャリアに期待」とするのか、選挙区外の県民でも注目を引く一戦になることは明らか…。