万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日産のイギリスに対するEU離脱損失補償要求は無理筋では

2016年09月30日 09時24分07秒 | 国際経済
英政府は損失補償を=EU離脱後の関税負担―ゴーン日産社長
 EUからの離脱を選択したイギリスに対して、欧州市場への輸出関税が復活すれば損失を受けるとして、日産のカルロス・ゴーン社長が損失補償を求めているとの報道があります。この要求、サンダーランド工場への投資拡大の条件ともされていますが、事実上、補償に応じなければイギリスからの撤退も辞さない構えのようです。

 イギリスの離脱問題で驚かされるのは、欧米では、政府に対するビジネス側からの一種の”脅迫”がまかり通っている現実です。国民投票においても、残留派の主たる手法は、経済的マイナス効果を並べ立てる露骨な程までの脅しでした。尤も、イギリスにおけるEU加盟のメリットは経済効果に集中しているため、残留を訴えようとすれば、経済的マイナス効果に偏らざるを得ないのかもしれません。日産のゴーン社長の要求も、まさしく”脅し”なのですが、この要求には、幾つかの点で無理があります。

 第1の理由は、対英損失補償要求には、何らの法的根拠がないことです。EUの諸条約には、脱退に際して民間企業に損失を補償する旨を記した条項は存在していません。また、日産がイギリスに製造拠点を設けるに際して、EU離脱に予め備え、英政府の損失補償を約する契約を結んでいたわけでもないことでしょう。条約締結権は、国家の主権的権限でもありますので、特段の定めがない限り、加盟であれ、離脱であれ、それから生じる民間企業の経営上の特損について、政府は何らの法的義務を負ってはいないのです。

 第2の理由は、仮に、日産の要求を受け入れて損失補償を認めるとしますと、以後、EU離脱によって損失を被る他の全ての企業に対し、英政府は、同様の措置を認めざるを得なくなります。イギリスに拠点を設ける全世界の多国籍企業からの損失補償要求ラッシュともなれば、イギリス財政の負担能力を超える可能性があります。

 そして第3に挙げるべき点は、日産工場があるサンダーランドこそ、61%という高率で離脱派が勝利した都市であったことです。イングランド北東部の北海に面した港湾都市であるサンダーランドには、日産のみならず、エレクトロニクスや化学関連等の企業が犇めいています。当然に外国人労働者の数も多く(2011年の統計では市の南側に位置するMillfieldでのアジア系(インド人、バングラディシュ人、中国人、パキスタン人…)住民数が17.6%…)、進出した外国企業が、現地の国民ではなく、外国からの移民を積極的に雇用する構図が伺えます。サンダーランドにおける英国民の離脱支持の高率は、イギリス国民をEU離脱決定へとに導いた一因が、こうした外国企業の行動にもあることをも示しております(自ら蒔いた種…)。この点、日産は、自身の行動に対して無自覚であり、かつ、移民問題に対して無理解であると共に、進出先の国や国民に対して無責任でさえあるかもしれません。

 以上に三点ほど指摘してみましたが、EU離脱は、イギリスばかりが責めを負うべきものでもありませんので、日産が、自らの損失のみに拘泥し、その補償を脅迫まがいの手法で求める態度はエゴイスティックにも見えます。今日、グローバリズムへの反感が吹き荒れる理由を考慮すれば、企業に対して、より他者に対する”思いやり”や配慮を求めても罰は当たらないと思うのです。

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コメント (2)
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